第4話 ギャル、言葉で戦う
北街道は、街を出るとすぐに視界が開ける道だ。両側に畑が続いて、しばらく行くと雑木林に変わる。歩きながら、アタシはこの世界の空気の感触をじわじわ掴んでいた。
湿度の高さ、土の匂い、風の向き。前世の郊外とは全然違う質感なのに、人が生活しているということの体温だけはどこも同じだ。遠くに農作業している人影が見えて、朝早くからちゃんと動いてる、と思った。
林道に入った途端、音が変わった。虫と風だけになる。
アタシは腰のダガーに指先を触れた。魔導デコレートダガー。握った感触は軽いが、魔力との通りが異常に良い。触れているだけで微細な流れが掌に伝わってくる。
人の気配は、林道に入って少ししてから感じた。
気配の掴み方は、たぶんゲームで鍛えた部分もあるけど、それより前に体が反応した。枝を踏む音の間隔、息のリズム、鳥の声が途切れるタイミング。隠れるの、下手すぎ。
わざと足を緩めて、向こうが動くのを待った。
30秒ほどで、草むらから男が3人現れた。
アタシは剣より先に、3人の顔を見た。
最初に出てきた男は、思ったより若かった。20代前半くらい。目が少し泳いでいる。その隣の大柄な男は口を引き結んで表情を殺そうとしているが、肩に力が入りすぎている。3人目はほとんど前に出ようとしない。
この3人の関係性と、それぞれの怖がり方が、一瞬で体に入ってきた。
あ、これだ、とぼんやり思った。職業判定の時にセリナが読み上げていたスキル。ギャルズアイ。対象の感情・関係性・背景を瞬時に読み取る、というやつ。ゲームで鍛えた観察眼だと思っていたけど、そうじゃなかった。もっと根本的に、人を見る回路が違う。
前世でもこういうグループ、見たことがある。外から見ると1枚岩に見えても、中でそれぞれ全然違うことを考えている集まり。誰かが強がって、誰かが怖くて、誰かが後悔している、という。ギャルのコミュニティにいると、この感覚が自然に育つ。
「運が悪かったな、お嬢ちゃん」
大柄な男が言った。声は低いが、どこか上ずっている。
アタシは答えなかった。ダガーを抜いた。
キィン、と金属音が林道に響いた。それだけで、若い男の肩が跳ねた。
「ねえ」
静かに口を開いた。
「昨日も商人から荷物を奪ったんでしょ」
3人の表情が、同時に変わった。
「……何で」
「確認したいんだけど」
ダガーを下ろす。刃先を向けるでもなく、ただ自然に持つ。
「そういうの、何回目?」
沈黙。若い男の視線が、大柄な男に向いた。
「……関係ねぇだろ」と大柄な男が答えた。でもその声から、さっきまでの勢いが消えている。
「関係あるよ」
一歩前に出た。
「昨日奪った荷物に、布が入ってたんじゃない?この季節、市場に向かう商人が多いから」
3人が黙った。後ろの男が、完全に動かなくなった。
アタシは大柄な男の手を見た。農作業で出来たような胼胝がある。若い男の靴の磨り減り方も、盗賊というより、長い距離を歩き続けてきた人間のそれだ。
こういうの、前世でも見てきた。
事情があって、でも引き返せなくて、でも最初からこうしたかったわけでもない、という人の顔。ギャルのコミュニティにもそういう子はいた。外からは強そうに見えるのに、近くで話すと全然違う話が出てくる子。
「アンタたち、盗賊歴そんなに長くないでしょ。でも今更やめられない理由があるんでしょ?」
長い沈黙があった。
最初に崩れたのは、後ろの男だった。剣を下ろして、その場にへたり込む。次に、若い男の手から力が抜けた。剣を持ってはいるが、もう構えていない。
大柄な男だけが、まだ立っていた。目が、揺れている。
「……なんで」
搾り出すような声だった。
「なんで、お前みたいなやつが、こっちに来る」
アタシはその目を、しばらく見返した。怒りじゃない。これは諦めに近い何かだ。
「依頼を受けたからに決まってんじゃん」
静かに答えた。
「でも、ここで終わりにしといた方がいいよ。次は、アタシより強い人が来るかも」
言葉に魔力が乗った。意図したわけじゃなかった。ただ、言葉に確信があったから、そのまま出た。これが、口撃というやつか、とぼんやり思った。精神干渉特化、という説明の意味が、少しだけ分かった気がした。
大柄な男の膝が、ゆっくりと折れた。剣が、地面に落ちた。
3人とも、もう立っていない。
アタシはダガーを納めながら、林道をもう一度だけ見渡した。他に気配はない。
「討伐、完了だね」
口に出してみたが、あまりしっくりこなかった。




