第3話 ギャル、剣を抜く
朝の空気は、冷たくて少しだけ湿っていた。
石畳の街路を歩きながら、アタシは昨日のギルドの空気を思い出していた。判定結果が出た瞬間のあの静まり方。職業名を聞いて言葉を失った受付の女性の顔。困惑しながらもこっちを見続けていた冒険者たち。
あの場の感触が、まだ少し手に残っている。
「……朝からギルドとか、マジで早起きえらくない? アタシ」
自分で自分を褒めながら、冒険者ギルドの扉を押した。
入った瞬間、昨日とは少し違う目線が来た。昨日が「なんだこいつ」という困惑なら、今日は「また来た」という認識が混じっている。一晩で、ここにいる人たちの中にアタシの存在がうっすら定着した、ということだ。
「来たぞ、あの女」「例の職業ギャルの……」というひそひそ声が聞こえる。
気にせず受付へ向かった。セリナが、少しだけ困った顔で微笑む。
「おはようございます。みるくさん」
「おはよー。今日って依頼とかある感じ?」
「依頼……?」「登録したばっかだろ……?」という声が周囲から上がった。
まぁ、普通そう思う。でも何もしないで居場所だけ貰うのは、なんかダサい。それにただ待っているより、動いた方がこの世界の空気を掴める気がした。
「働けるなら働きたいじゃん。ここ、そういう場所でしょ?」
セリナは一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。「……はい。もちろんです。ただ、通常は最低ランクの依頼からになりますが」
「全然オッケー。むしろそれでいい」
セリナは掲示板をちらりと見てから、数枚の紙を取り出した。
「現在受注可能なのは、薬草採取、荷物運搬、そして――」
一瞬、言葉が止まった。
「盗賊の出没報告、ですね」
場の空気が、わずかに重くなった。
「街道沿いの小規模な盗賊団です。まだ被害は軽微ですが、商人からの不安の声が増えていて……」
アタシは依頼書を覗き込んだ。"討伐依頼:街道北側・3名程度の盗賊"。文字の端に消した跡があって、最初はもっと穏やかな表現だったのを書き直した感じがした。被害が増えている、ということだ。
「新人には推奨できません」とセリナが静かに言った。「戦闘経験が不明な状態で受ける依頼ではありませんから」
後ろから、低い声も飛んだ。「やめとけ」
振り返ると、昨日ギルドにいた中年の男が腕を組んでいた。棘のない、忠告だ。「薬草でも摘んでろ。命は1個しかねぇぞ、嬢ちゃん」
アタシはその言葉を、ちゃんと受け取った。
この人、本気で心配してる。昨日のあの困惑の目じゃなくて、今日はもう少し踏み込んだ目をしている。一晩でそこまで変わるんだな、と思いながら、依頼書を軽く指で叩いた。
「このまま放置したら、被害増えるんでしょ?」
誰もすぐに答えない。
「弱い相手しか狙わない盗賊ってさ、結局、護衛を雇えない人が一番困るやつじゃん。商人とか、旅人とか」
「……受けるなら、自己責任になります」とセリナが静かに言った。「怪我をしても補償は最低限。撤退の判断もご自身で行っていただきます。それでも?」
「それでも。だってアタシ、冒険者になったんだし」
場がざわついた。「無茶だ」「職業が分からないやつが?」という声が混ざる。でも昨日ほど刺さる感じじゃない。半分は呆れで、半分は興味に変わっている。この空気の変わり方が、なんか好きだった。人が「どうせ無理」から「でももしかしたら」に切り替わる瞬間の、あの微妙な温度差。
セリナは少しだけ迷ってから、ゆっくりと依頼書を差し出した。「では正式に受注登録します。討伐対象は3名。最終目撃は昨日の夕刻、北街道の林道付近です」
「オッケー。場所わかりやすいじゃん」
「……本当に、単独で向かうのですか?」
「まぁ、とりあえず様子見?ヤバそうなら普通に逃げるし」
後ろから、さっきの中年冒険者がぼそっと言う。「……逃げる判断できるなら、まだマシか」
アタシはくるっと振り返って笑った。「生きて帰るのが一番大事っしょ」
「……変な新人だな」と誰かが小さく呟いた。
アタシは依頼書を軽く振る。「じゃ、行ってくるわ。サクッと終わるといいけど」
扉へ向かって歩き出すと、背中にいくつもの視線が刺さった。期待と不安と、純粋な好奇心が混ざった目だ。アタシはそれを背中で感じながら、少しだけ気持ちが上がるのを覚えた。
見られるのは、嫌いじゃない。
ギルドの外に出ると、朝日が少しだけ高くなっていた。北街道、林道、盗賊3名。アタシは空を見上げて、小さく息を吐く。
「……さて」
口元が、自然に緩んだ。
「初戦闘とか、イベント感えぐくない?」
怖くないわけじゃない。でも、逃げるだけで終わるのはなんか違う気がした。それにこの職業が実際どう動くか、体で確かめてみたかった。頭で考えるより先に、そっちの気持ちが来た。
だからアタシは迷わず、北へ歩き出した。




