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第2話 ギャル、冒険者ギルドでギャル(職業)判定される

街道を歩きながら、アタシはまず匂いで街を掴んだ。


 焼いた肉、干し草、革、金属、それと汗。近づくにつれて層が増えていく。前世の繁華街とも、ショッピングモールとも全然違う匂いだけど、人が密集している場所特有の、あのごちゃついた熱気だけはそのままだ。街って、どこでも同じ体温がするんだな、とぼんやり思った。


 石造りの外壁と木製の大扉。上部に簡素な紋章。槍を持った兵士が2人、左右に立っている。


 門の近くまで行くと、兵士の1人がこちらを向いた。目が合った瞬間、わずかに言葉が詰まる。アタシはそれを見て、内心で少しだけ息をついた。


 こういう反応、知ってる。


 前世でも、ギャルの先輩と一緒に歩いていると、通りすがりの人がこういう顔をした。警戒でも好意でもなくて、ただ目を離せない、でも正面から見るのも気まずい、という感じの。相手が何かをしたわけじゃないのに、空気の側が向こうから来る。


「……身分証はあるか?」


「無い。来たばっかなんだよね、この辺」


 兵士は怪訝そうに眉を寄せたが、じきに視線がふっと逸れた。それ以上踏み込んでこない。


「……旅人か」


「そんな感じ。街入るのって有料?」


「初回の入街は無料だ。問題を起こさなければな」


「りょ。気をつけるわ」


 自然に会話が終わった。強引でも、へりくだりすぎでもない。ただ、相手がそれ以上何も言ってこなかった。


 門を抜けると、街の喧騒が一気に広がった。石畳の通り、露店、鍛冶屋の音、パンの焼ける匂い。看板の文字は見たことのない字体なのに、意味が自然に頭に入ってくる。言語の補正が入っているらしい。


 歩きながら、街の空気を掴む。


 人の流れの速さ、声のトーン、目線の向き方。殺気立っていないし、沈んでもいない。生活が回っている街の、普通の昼間の空気だ。交易拠点か、それに近い場所だと思う。


 目的の建物はすぐに見つかった。大きめの木造建築で、入口上部の看板に交差した剣と盾の紋章がある。


「はい、ギルド確定っと」


 扉を押して中に入る。


 瞬間、複数の視線が来た。


 好奇心と警戒と困惑が混ざった目だ。判断に迷っている顔、とも言える。でもアタシにはそれより、この空間全体のトーンの方が先に届いた。張り詰めてもなく、緩みきってもない。冒険者ギルドって、こういう空気なんだ、とじわじわ飲み込む。


 受付カウンターへ向かった。女性の職員が、最初こそ目を丸くしていたが、すぐに落ち着いた表情に切り替えた。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか」


「登録したい。新人」


「かしこまりました。では、登録手続きと職業判定を行います」


 彼女は小さな水晶板のような装置をカウンターに置いた。内部に魔力が循環しているのが感覚で分かる。


「こちらに手を置き、力を抜いてください。適性職業を自動で判定します」


「りょーかい」


 軽く手を置いた。


 その瞬間。


 水晶板の内部の光が、一瞬で強く明滅した。通常の反応じゃない。複数の波形が同時に発生して、装置側が解析しきれていない動き方だ。受付の女性の表情が固まる。


「……え?」


 光が収束しない。ギルド内の他の冒険者たちも、依頼書から顔を上げ始めた。「なんだ今の」「水晶板が壊れたか?」という声が聞こえる。こちらを見る目の数が、じわりと増えていく。


 やがてカチ、と小さな音が鳴り、水晶板の表面に文字が浮かび上がった。


 受付の女性がそれを見て、完全に動かなくなった。画面と、アタシの顔を、数秒間交互に見比べている。


「……あの」


「はい」


「判定結果、出てます?」


「出て、います」と答える声が、わずかに上ずっていた。


「じゃあ教えて」


 1度だけ深呼吸してから、彼女は口を開いた。


「適性職業――概念職。唯一指定。名称――」


 周囲が静かになっていくのが分かった。近くのテーブルで話していた2人組が会話をやめている。奥の方から誰かが立ち上がる足音がした。


「ギャル」


 ギルド内の音が、すとんと落ちた。椅子を引く音だけが、やけに大きく響いた。


 誰かが「……は?」と漏らした。1人じゃなかった。でも誰も続かない。騎士でも魔法使いでも商人でもない、存在しない職業名の前で、言葉の続きを見つけられていない。


 受付の女性も慌てて水晶板を再確認しているが、表示は変わらない。


「か、解析不能補助情報が付随しています……高位概念適性。精神干渉特化。自己最適化常時発動。交渉成功率上昇……魔法適性、極めて高……近接適応あり……パッシブスキル複数……その中に……ギャルズアイ、とあります……対象の感情・関係性・背景を瞬時に読み取る高位観察系スキル……」


 読み上げるたびに彼女の声が小さくなっていく。奥のテーブルから「全部高水準じゃないか」という囁きが聞こえた。


 アタシはその反応を、ぐるりと見渡した。


 困惑してる。全員、アタシをどう扱っていいか分からなくて困惑してる。でも敵意じゃない。この感じも、なんか知ってる。


 前世で、ギャルが違うコミュニティに入った時のあの空気だ。「どう接すればいいか分からない」「でも目は離せない」「何かすごそうだけど何がすごいか言語化できない」という、あの独特の間。場が固まる前の、一番やわらかい瞬間。


 ここで笑っておくと、全部ほぐれる。


「……やっぱギャルなんだ」


 そう呟いて、口元を自然に緩めた。


 その瞬間、"場の重心"がこちらへ寄った。威圧でも支配でもなく、ただ空気の向きが変わる感じだ。空気掌握、これがそれか、と思った。場の流れを有利に変える、という説明だけでは分からなかったことが、体で分かった。


 近くの冒険者が小声で言う。「なんだ、その職業……」


「アタシも初めて聞いたわ。でもさ」


 水晶板の文字を見下ろす。概念職〈ギャル〉――唯一。


「世界が認識してるなら、存在は正式ってことでしょ?」


 水晶板がもう1度だけ淡く発光して、判定結果が完全に固定された。


 受付の女性が呆然としたまま呟く。「……前例がありません」


「いいじゃん、初物ってレアだし」


 軽く言いながら、カウンターに少しだけ身を寄せた。圧をかけない距離感で、でも視線は外さない。


「で、新人登録は普通にできる?」


 彼女はぱっと我に返り、書類を取り出した。「で、できます! 職業が未知でも、登録自体に問題はありません!」


「ならそれで。ランクは一番下からでしょ?」


「はい。木級からの開始となります」


「オッケー。じゃ、冒険者デビューってやつね」


 ギルドのざわめきはまだ収まらない。遠くのテーブルで「概念職って、本当に存在するのか」という声が聞こえた。困惑と警戒と、説明のつかない何かが混ざった空気だ。


 受付の女性が、登録証の準備をしながら恐る恐る尋ねてきた。「あ、あの……最初の依頼は、どのようなものをご希望ですか?」


 アタシは依頼掲示板へ視線を向けた。討伐、護衛、採集、雑務。それから口元に、自然に笑みが浮かぶ。


「んー。とりあえずさ」


 静かに答える。


「実戦系ある?この職業、どう動くか試してみたくて」

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