第16話 ギャル、断れない
掲示板に向かおうとしたら、セリナに呼び止められた。
「みるくさん、少しよろしいですか」
「王都の依頼、確認しようとしてたんだけど」
「それについてのお話です」
セリナの顔が、いつもと違う。仕事の顔だけど、その下に何か別のものがある。ギャルズアイを向けるまでもない。
「支部長室に来てください」
支部長室に入ると、見知らぬ男がいた。
40代。背筋が真っ直ぐだ。装備が上質すぎる。冒険者じゃない。貴族か、それに近い立場の人間だ。
支部長が「みるく、こちらはアルノ殿。王家に仕える方だ」と言った。いつもより声が低い。緊張している、というより、慎重にしている声だ。
アルノがアタシを見た。ギャルズアイを向けた。感情が制御されている。仕事で来ている人間の層だ。でも奥の方に「これが本当にギャルか」という感触がある。値踏みじゃない。確認している目だ。
「初めまして」とアルノが言った。「単刀直入に申し上げます。概念職・ギャルを王都に召喚したい」
「なんで」
「ガレード様がご指名です。詳細は王都でお伝えします」
ガレード。白金級の人間だ。名前しか知らない。
「断れる?」とアタシは聞いた。
支部長が少し間を置いた。「……難しい状況だ」
「つまり断れない」
「王家からの召喚を、ギルドとして——」
「分かった」とアタシは言った。「行きます」
アルノが「ご快諾いただき——」と言いかけた。
「快諾はしてない」とアタシは言った。「断れないから行くだけです」
室内が少し静かになった。
アルノが「……承知しました」と言った。感情が動いた、という感触があった。どう動いたかは読み切れなかった。少し間があって「ガレード様が気に入るかもしれません」と言った。褒めているのか、それとも別の意味があるのか、判断できない言い方だった。支部長が小さく息を吐いた。
支部長室を出た後、支部長が廊下で少し話してくれた。
「すまない。こういう形になるとは思っていなかった」
「支部長が謝ることじゃないと思います」
「それでも——お前は自分で選んで仕事をしてきた。今回はそうじゃない」
アタシは少し考えた。「納得はできないけど、行きます。それだけです」
「……ガレード様は信頼できる人間だ。それだけは保証する」
「どんな人なんですか」
「変わった能力を持つ人間を好む。お前のことを聞いて、直接確かめたいと思ったんだろう」
「面白がって呼んだってこと」
支部長が少し間を置いた。上司の話を正直に言っていいか、一瞬だけ迷った顔だ。「……そういう側面もある」
「正直でよかった」とアタシは言った。
支部長が何も言わなかった。でも顔が少し緩んだ。
レオニスを探したら、ギルドの入口の近くにいた。
「王都に行くことになった」とアタシは言った。
「聞いた」とレオニスが言った。「支部長から連絡が来た」
「早い」
「同行を打診された。断った」
アタシは少し間を置いた。「なんで断ったの」
「お前が断るかもしれないと思っていた」
「断れなかった」
「……そうか」レオニスが少し考えた。「なら、俺も行く」
「さっき断ったって言ったじゃん」
「状況が変わった」
「そういうもんなの」
「そういうもんだ」とレオニスが言った。「お前と一緒に行くなら、問題ない」
その言い方が、すっきりしていた。理由とか説明とかじゃなくて、ただそう決めた、という言い方だ。
「明後日出発でいい?」
「問題ない」
「じゃあ今日は飯食って終わりにする」
「……それでいいのか」
「王都のこと、今日考えても分からないし」とアタシは言った。「食べながら整理する」
レオニスが「……そうか」と言った。呆れているが否定していない言い方だった。
食堂で夕飯を食べた。
窓の外が暗くなっていた。夕方の光が石畳に伸びて、それが消えていく時間だ。
ガレードという人間のことを考えた。白金級。変わった能力を持つ人間を好む。面白がって呼んだ。
どういう人間なんだろう、とアタシは思った。怖い、とは思わなかった。ただ分からなかった。分からない人間に会いに行く。それだけだ。
「レオニス」
「何だ」
「王都って、どんなとこ」
レオニスが少し考えた。「大きい。人が多い。匂いが違う」
「匂いが違う、か」
「石の密度が高い。建物が詰まっている分、空気の逃げ場が少ない」
「行ったことあるの」
「一度だけ」
「どうだった」
レオニスが少し間を置いた。「……居心地は良くなかった」
「正直だ」
「聞いたから答えた」
アタシは少し笑った。レオニスが「笑うな」と言った。でも怒っていなかった。
食器の音と、外の夜の音が混ざっていた。明後日出発だ。今日は今日で終わりでいい。




