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第12話 ギャル、感情で戦う

翌朝、掲示板を見ると、レオニスの言った通りだった。


 鉄級以上対象の依頼が、昨日まで見えていなかった段に並んでいる。護衛、討伐、調査。どれも報酬が銅級や木級の依頼と桁が違う。


「これ、昨日まで見られなかったやつだ」


「等級で閲覧できる依頼が変わる。鉄級から対象になる依頼は、それなりのリスクがある」


 レオニスが隣に立って、掲示板を一緒に見た。


 1枚の依頼書に目が止まった。


 "隣町・ランクルへの商品護衛。荷車2台。往路のみ。依頼者:織物商ベルテ。報酬:金貨3枚。注意事項:道中の北森林帯を通過するため、魔物との遭遇リスクあり"


「北森林帯、ってどのくらいの危険度?」


「鉄級指定になっているということは、単体の魔物では鉄級程度の脅威がある。群れで出れば銀級以上の対応が必要になる場合もある」


「レオニスは?」


「問題ない」


 アタシは依頼書を手に取った。


「受ける」



 依頼主のベルテは、50代の小柄な女性だった。白髪交じりの髪をきっちりまとめて、目が細くて鋭い。商人の目だ、とアタシは思った。値踏みしているというより、取引の相手として正確に評価しようとしている目。


「みるくさんとレオニスさん、ですね。昨日付けで鉄級と聞きました」


「そうです」


 ベルテはアタシとレオニスを順番に見た。値踏みするというより、取引相手として測っている目だ。


「実績のない鉄級に頼まないのが私の方針です。ただ急ぎで、いつもの冒険者が空いていない。あなた方の話は支部長から聞いています」


「どんな話を聞きました?」


「口撃で人を無力化する、と。私には関係のない能力ですが」


「魔物には使えないんで、今回は普通に戦います」


 ベルテの目が、少しだけ動いた。

「正直なのはいいことです。一つ聞かせてください。北森林帯で魔物に遭遇した場合、荷車を捨てる選択をしますか?」


 アタシはレオニスを見た。レオニスが小さく頷いた。


「荷より人が先。でも捨てる前に全力で守ります。そっちの方が依頼主も納得しやすいでしょ」


 ベルテの口元が、わずかに動いた。笑ったのか、それとも別の何かか。


「出発は明朝。荷車2台、御者が2名。よろしく頼みます」



 翌朝の空気は冷たかった。


 街門を出た瞬間、アタシは空気の変化を体で受け取った。石畳が土道に変わる。馬の蹄の音が変わる。

街の生活音が薄くなって、代わりに鳥の声と風の音が前に出てくる。


 街の外だ、と体が先に感じた。


 荷車2台が前を行き、レオニスとアタシがその後ろと側面に分かれて歩く。

御者は2人とも無口な中年男性で、依頼に慣れているらしく余計な話をしない。


「北森林帯まで、どのくらい?」


「2時間ほど歩いたところから入り始める。通過するのに30分程度かかる」


「魔物はどこから出やすい?」


「木が密になっているあたり。視界が悪い場所を好む種類が多い」


「どんな種類が出る?」


 レオニスは少し考えてから答えた。

「この道では牙狼の上位種か、あるいはラッシュボアの群れが多い。ラッシュボアは単体では大したことないが、群れると突進の圧力が増す。盾で受けるより横に捌く方がいい」


「ラッシュボアって、猪みたいなやつ?」


「ほぼそれだ。ただ知っている猪より頭が小さく、脚が長い。俊敏性が高い」


 アタシは頭の中で整理した。牙狼は以前に倒している。感情がない、という感触は知っている。

でもその時は2体で、しかも人間の盗賊を制圧した後だった。群れ、というのは想定していなかった。


「今日出るとしたら、どっちが厄介?」


「ラッシュボアの群れだ。数が多いと対処が分散する。荷車を守りながら戦うのは、2人では難しい」


「でも受けた」


「お前がいるから」


 さらっと言った。アタシは少しだけ考えてから、「どういう意味?」と聞いた。


「お前は単体の処理速度が異常に速い。数が来ても、1体ずつ潰していけるなら対応できる。俺は荷車の前に立って盾を構える。役割を分担すれば成立する」


 なるほど、とアタシは思った。レオニスはアタシの能力を計算に入れた上で依頼を受ける判断をしていた。

アタシが依頼書を見て「受ける」と言った時、レオニスはすでにそこまで考えていた。



 北森林帯に入った途端、空気の密度が変わった。


 木が高い。冠が重なって、空が細い帯になる。日差しが届かない場所が増えて、影が濃くなる。土の匂いが強くなる。

鳥の声が、さっきとは違う種類になった。


 アタシは感覚を全部、外に向けた。


 気配の掴み方は、人間相手と少し違う。人間は呼吸のリズムがあって、感情の揺らぎが空気に出る。

でも魔物は呼吸が静かで、感情の揺らぎがない。代わりに、体の重さが地面に伝わる振動がある。草が揺れる。枝が動く。


「右側」


 アタシが言った瞬間、レオニスが盾を構えた。


 草むらから飛び出してきたのは、確かに猪に近い形をした魔物だった。でも頭が小さくて脚が長い。目が赤い。1体——ではなかった。


 3体。


「後ろにも来る」とレオニスが言った。


 振り返ると、さらに2体。荷車の御者が手綱を握り締めて馬を宥めている。馬が鼻を鳴らして、後退りしようとしていた。


 アタシは口を開こうとした。反射だった。


 でも言葉が出る前に体が知った。これには届かない。


 目の前の3体を、アタシはまっすぐ見た。感情がない。戦意がない。

ただ、目の前に動くものがあるから突進してくる。あの目に「届く言葉」は存在しない。


 ダガーを抜いた。


 1体目が突進してくる。

低い、速い。脚の長さが知っている猪と違う分、踏み込みのタイミングが読みにくい。

アタシは一歩横に出て、肩口に向かってダガーを振り抜いた。手応えがあった。魔力を乗せる。1体、止まった。


 2体目が続いてくる。


 そこで初めて、アタシの中で何かが変わった。


 口撃が届かない。それは分かっていた。分かっていたけど、体の奥で「届かない」という事実が改めて焼き付く感覚があった。

いつもの戦い方が使えない。じゃあ、どうする。


 その焦りが、何かに変換された。


 熱い、という感覚が体の芯から来た。怒りではない。でも感情が直接、体に燃料として流れ込んでくる感触だった。

足の速さが上がった。踏み込みの深さが増した。ダガーを握る指先に、いつもより強い魔力が通った。


 2体目を潰した。3体目に向かう。


 後ろではレオニスの盾が低い衝撃音を立てていた。「1体処理した」という声が聞こえた。


 アタシは3体目の横に回り込んで、首元に一閃。止まった。


 振り返ると、後方の2体もレオニスが1体を盾で弾いて動きを止め、剣で仕留めていた。

残り1体がアタシに向かってくる。一歩踏み込んで、デコレートバーストを足元で小さく炸裂させて体勢を崩し、仕留めた。


 静かになった。


 5体。終わった。


 御者が荷車から見ていた。馬が落ち着きを取り戻している。レオニスが周囲を確認してから、「問題ない」と言った。



 しばらく歩いてから、アタシは体の感触を整理した。


 さっき、体の奥で何かが変わった瞬間がある。口撃が届かないと分かった時の焦りが、体の燃料になった。

感情が、そのまま戦闘力に変換された。


 テンションブースト。セリナが読み上げていたスキルの中にあった名前。感情エネルギーを戦闘力に変換する、という説明だった。


 使ったことがなかったのは、今まで人間相手の戦いでは感情を燃料にする必要がなかったからだ。

口撃があれば、強い感情を戦闘に向ける前に決着がついていた。

でも今日は違った。届かないと分かった瞬間に、そっちのルートが自動で開いた。


「さっきの、見てた?」とレオニスに聞いた。


「2体目に向かう前に、動きが変わった」


「分かった?」


「速くなった。踏み込みが深くなった。何か切り替わった感じがあった」


「感情が燃料になる感触があった。口撃が使えないと分かった時に」


 レオニスは少し考えてから言った。「それは……口撃が使えないことが、逆に能力を引き出したということか」


「そう。焦りが直接力になった」


「厄介な能力だな」


「どういう意味?」


「普通、焦りは判断を鈍らせる。でもお前はそれを燃料にできる。感情が多いほど、戦闘力が上がる可能性がある」


 アタシはその言葉を受け取った。


 感情が多いほど。口撃が「言葉に確信が乗るほど深くなる」のと似た構造だ。感情の濃さが、能力の深さに比例する。


「人間相手と魔物相手、全然違うなぁ」


「何が違った?」


「人間はギャルズアイで読める。感情が見える。だから言葉をどこに置けばいいか分かる。でも魔物は、読む層がない」


「そうだな。魔物には社会がない。関係性も、過去も、後悔もない。ただ今、目の前にあるものに反応するだけだ」


「それが、こんなに違う戦い方になるとは思ってなかった」


 レオニスが前を向いたまま、静かに言った。「人間を相手にしてきたお前には、新しい領域だ」



 ランクルの街に着いたのは昼過ぎだった。


 ベルテが待っていた。荷車と御者の状態を確認して、「無事で何より」と言った。


「北森林帯で何かありましたか?」


「ラッシュボア五体。全部仕留めました」


「……5体。2人で?」


「レオニスが荷車の前で盾構えて、アタシが潰して回りました。わりと普通に終わりましたよ」


 ベルテはしばらくアタシとレオニスを見比べた。


「来月も荷を動かす予定があります。帰りは別の護衛に頼んでいますが、その時もあなた方に声をかけていいですか」


「依頼が来たら見ます。そん時の状況次第で」


「それで十分です」


 ベルテが報酬の金貨を渡した。手の中で重さを感じた。金貨3枚。街での仕事と桁が違う。



 ランクルの宿を取って、夜、アタシは天井を見ていた。


 今日起きたことを整理しようとして、整理しきれなかった。


 口撃が使えない場面は、これからも来る。今日のラッシュボアだけじゃない。ガルドスが腕輪を使った時もそうだった。

この先には、もっと本格的に「届かない相手」が来るかもしれない。


 でも今日、届かない感触の中で体が別の答えを出した。


 感情を燃料にする。焦りが力になる。それがアタシの中に最初からあった能力だったということ。

昔ゲームをやっていた時の「ビルド効率を最大化する」という考え方とは全然違う感覚だ。効率じゃなくて、感情そのものを使う。


 計算じゃなくて、感性で動く。


 それがギャル職ということなのかもしれない、とぼんやり思った。

でも「たぶん」しかまだ言えない。答えを確定させるには、まだ経験が足りない。


 隣の部屋からレオニスの気配が聞こえた。静かに座っているか、書き物でもしているか。どちらかだと思った。

 まだ、全部は掴めていない。でも今日、一つ増えた感触がある。

そこまで考えたら、いつの間にか眠っていた。

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