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第11話 ギャル、等級審査を受ける

通知が来たのは、朝だった。


ギルドの掲示板ではなく、セリナから直接封書を渡された。白い封筒に、ギルド本部の印章が押してある。


「等級審査の通知です。支部長からの特例申請が通りました」


アタシは封を開けた。


木級冒険者・みるく殿へ。等級審査を実施します。審査日は三日後。審査会場はギルド本部審査室。


「三日後って、早くない?」


「通常は登録から半年以上かかります。支部長の特例申請がなければ、まだ先の話でした」


セリナの声は慎重だったが、どこか緊張している。

アタシはその緊張の質を体で読んだ。心配ではなく、期待とも少し違う。何かを見届けようとしている、という感じだ。


「審査って、どういうことをするの?」


「複数の格上冒険者が立ち会う形式です。実技と、対話の両方があります」


「対話?」


「みるくさんの場合は……その、少し特殊な審査になると支部長から聞いています」


そう言って、セリナは視線を少しだけ逸らした。



三日間、特別なことはしなかった。


いつもの依頼をこなして、夜は宿に戻って、朝になったらギルドへ行く。

レオニスとも特に審査の話はしなかった。

することがないから、というより、することがないことが分かっていたから。


審査に向けて準備できることが何もない、ということを、アタシは二日目の夜に理解した。


口撃は練習で鍛えるものじゃない。

ギャルズアイも、カリスマオーラも、全部「その場で起きること」に対して体が反応する性質だ。

事前に整えられるものじゃない。

昔やっていたゲームでいえば、スキルツリーに振った後のキャラクターをそのまま持ち込む形だ。

あとは実戦で動くだけ。


三日目の朝、レオニスが宿の前で待っていた。


「一緒に来るの?」


「同行者だからな」


それだけだった。アタシは少し笑って、並んで歩き出した。



ギルド本部の審査室は、普段のギルドフロアより天井が高かった。


石造りの壁に、等級ごとの紋章が並んでいる。木・鉛・青銅・銅・鉄・銀・金・白金。一番上の白金だけが少し離れた場所に飾られていた。


椅子が並んでいる。四人の冒険者が座っていた。


ギャルズアイが、四人の感情をざっと読んだ。


一人目は五十代くらいの大柄な男。銀級の紋章。表情は無表情に近いが、目の奥に好奇心がある。これがまぐれかどうか確認したい、という気持ちだ。


二人目は三十代の女性。銅級。警戒している。何かを怖がっている、というより、判断を間違えたくない、という緊張だ。


三人目は四十代の男。鉄級。退屈している。


四人目は年配の男性で、ギルド本部の紋章を付けている。審査の記録係だろう。


支部長が正面に立っていた。


「みるく殿、よく来た。今日の審査に立ち会うのは、銀級のガルドス、銅級のエレナ、鉄級のブレインの三名だ。記録係のホルトを合わせて四名。形式通り進める」


「はい」


ガルドスという銀級の男が口を開いた。


「まず聞かせてくれ。木級に登録してから、どんな依頼を受けた?」


アタシは整理して答えた。盗賊討伐、廃砦制圧、護衛、保護。

ガルドスは表情を変えずに聞いていたが、廃砦の件で「十数名を単独で」という部分で眉が一度だけ動いた。


「ほとんど近接もできるし魔法もできると聞いている。職業は概念職:ギャル、と記録にある」


「そうです」


「その……口撃、というのを見せてもらえるか?軽めで構わない」


アタシはガルドスを見た。


「いいですよ。でも少し待ってもらえますか」


「何故?」


「あなたが何を確認したいか、確かめてから使いたいので」


 ガルドスが初めて表情を動かした。驚き、ではなく、「なるほど」という感じの動き方だ。


「……俺は、これがまぐれか本物か確認したい。報告書に書いてあった内容が事実なら、相当なものだ。でも話が出来すぎている気もする」


「分かりました。では」


アタシは一呼吸置いた。


「あなたは今、自分の判断が間違いになることを一番恐れている。これが本物だと認めた後で「やっぱり違った」となることが、評価を下すより怖い」


室内の空気が、静かに変わった。


ガルドスの呼吸が、わずかに乱れた。銅級のエレナが手元の書類から顔を上げた。


「……当たっているか?」と聞いたのはレオニスだった。

壁際に立っていたレオニスが、静かに口を開いた。


「正確すぎるくらいだ」とガルドスが答えた。声が少しだけ低くなっていた。

「これは……確かに口撃だな」



次に、ガルドスが懐から小さな魔道具を取り出した。


銀色の細い腕輪で、薄い光を帯びていた。


「精神耐性付与の魔道具だ。これを装備した状態でもう一度やってみてくれ」


アタシは少しだけ考えた。

やってみないと分からない、という感覚と、たぶん減衰する、という予感が同時にあった。


「やります」


ガルドスが腕輪を左手首に装着した。薄い光が少し強まった。


アタシは同じように口を開こうとした。言葉を選んで、確信を乗せようとした。


でも、何かが違った。


言葉が届こうとする手前で、薄い壁に当たっているような感触がある。

完全に弾かれているわけじゃない。でも、いつもの「すとんと入る」感触が来ない。


「……さっきと違う感じがするだろう」とガルドスが言った。

「完全に防ぐわけじゃないが、干渉を鈍らせる効果がある。高位の精神術師でも、これがあると少し手間取る」


アタシは黙って、その「届かない感触」を確かめていた。


これが、口撃が通じない状態だ。


昔の記憶に、この感触に似たものを探した。届くはずが届かない、という経験。でも出てこなかった。これはこの世界でしか起きない感触だった。


アタシは一歩、前に出た。


その瞬間、何かが変わった。


言葉ではなく、みるくという存在そのものが前に出た感じだった。

空気の密度が変わる。周囲の視線が自動的に集中する。

ガルドスの集中が、腕輪があるにもかかわらず、わずかに乱れた。


エレナが息を呑んだ。


「……なんだ、今のは」


アタシは立ち止まった。


体の内側で、名前が浮かんだ。以前の職業判定でセリナが読み上げていたスキルの中にあった言葉。

オーラウォーク。威圧だけで相手の状態を変える、という説明。


口撃が届かないなら、存在で届かせる。

言葉を使わなくても、この体がそこにあるだけで場の空気が変わる。

口撃とは違うルートで、相手に圧力をかける。


「これ、アタシが意図してやってるんじゃないんですよね」


呟くように言った。


「どういう意味だ」とガルドスが尋ねた。


「口撃が届かないと体が判断した瞬間に、自動で別の手段に切り替わった感じがする」


ガルドスは腕輪を外しながら、静かに言った。


「最適化型だというのは、そういう意味か」



審査はその後、近接の実技と、魔法の基礎測定が続いた。


近接はレオニスが相手をした。本気ではないが、型を見せるには十分な内容だ。

魔法測定では水晶板がまた過負荷になりかけて、記録係のホルトが慌てて測定を止めた。


全て終わった後、四人が短く話し合った。


ガルドスが代表して言った。


「木級から鉄級への昇格を認める。3段飛びは異例だが、それ以外の判定ができない」


「ありがとうございます」


「ただ一つ言っておく」


ガルドスはアタシを真っ直ぐに見た。


「口撃は強力だが、それに依存しすぎるな。今日見た限り、お前の能力は口撃だけじゃない。口撃が届かない場面で、お前が何を持っているかの方が、長い目で見ると重要だ」


アタシは黙って聞いた。


「今日、少し分かりました」


「何がだ?」


「口撃が届かない感触が、どういうものか」


ガルドスは少しだけ間を置いてから、「それが分かるなら、十分だ」と言った。



ギルドを出た後、レオニスと並んで石畳を歩いた。


鉄級の登録証が左手に収まっている。木・鉛・青銅・銅・鉄。3段飛ばして4番目の等級になった。でもその実感より先に、今日の「届かない感触」の方が手に残っていた。


「オーラウォーク、今日初めて自覚した」


「あの一歩か」とレオニスが言った。「見ていて分かった。口撃とは別の圧力だった」


「無意識に切り替わった感じがした。意図してない」


「そういうものか、あの能力は」


「たぶん。セルフプロデュースが状況に合わせて自動で最適化してるんだと思う。口撃が届かないなら別の手段を使え、って」


レオニスは少しだけ考えてから言った。


「ということは、お前の能力には底がまだある」


その言葉が、少し遅れて体に沁みた。


底がまだある。これまで使ってきたスキルは、全部じゃない。

まだ使ったことがないものがある。使い切っていない深さがある。


「そうかもしれない」


「怖くないのか」


「怖くはないけど」


アタシは空を見た。夕方の光が石畳に伸びている。


「届かない感触は、少し怖かった。ちゃんと怖かった」


レオニスは何も言わなかった。でも隣を歩くペースが、昨日と同じだった。それが、なんか良かった。


「なあ」


少ししてから、レオニスが言った。


「お前が今日一番驚いていたのは、昇格でも、オーラウォークでもなかっただろう」


「……何だと思う?」


「口撃が完全には通じない相手がいると、体で知ったことだ」


アタシは少し笑った。


「正解」


「そうだと思った」


正解、と言ったくせに、その答えが何を意味するのかは、まだ整理できていなかった。

口撃が全部じゃない。

でも口撃が通じない相手が存在するということは、アタシが今まで「これで全部解決できる」と思っていたわけじゃないけど、どこかで「だいたい届く」と思っていた部分が、今日少し修正された。


それが怖いというより、先が長い、という感触だった。


鉄級の登録証を、もう一度だけ見た。


木から始まって、鉄まで来た。でもガルドスが言っていた銀級の腕輪一本で、アタシの主力が機能を落とした。この先には、それ以上のものが来る。


「街の外の依頼、そろそろ来るかな」


「お前が鉄級になった今日から、来るだろう」とレオニスが答えた。「明日、掲示板を確認しろ」


「一緒に確認する?」


「同行者だからな」


さっきと同じ答えだった。


次は掲示板、か。アタシは鉄級の登録証をポケットに押し込んで、歩き出した。

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