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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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最後の夜汽車

作者: あおにぎり
掲載日:2025/12/15

夜の病院は静かだった。

機械の音だけが、律儀に時を刻む。


とおるは酸素マスク越しに息をしていた。

まだ高校三年生なのに、骨ばった肩と沈んだ目は、ずっと年上に見える。


妹のひかりは、椅子の上で丸く座り、兄の手を握っていた。

家族はもう帰った。

医者は「今夜が山だ」と、どこか遠い声で言った。


ひかりは兄の手を必死に温め続けた。

でも、温めれば温めるほど、兄の体温は静かに逃げていく気がした。


「ひかり…」

とおるがかすれた声で呼ぶ。


ひかりは顔を上げる。「なに…?」


「外、電車の音したね」

「うん、貨物のやつだよ。いつも深夜に通る」


とおるは薄く笑った。

「乗りたいなぁ…最後に、ふたりで。小さい頃みたいに」


ひかりは泣きそうになって、歯を噛んだ。

「乗ろうよ。乗れるよ。春になったら、絶対一緒に行くから…」


とおるは首を振った。

「春まで、持たないよ」


ひかりの喉がつまった。

その言葉が一番聞きたくなかった。


「じゃあ…じゃあ、ここで乗ろうよ」

ひかりは兄の手を引いて、腕で包み込んだ。

「ほら、今、電車きたよ。ガタン、ゴトン、ガタン…」


とおるは少し目を大きくした。

「ひかり…」


「いいの。想像でいいの。ふたりで夜汽車乗ってるんだよ。どこでも行けるやつ。…ねえ、お兄ちゃん、行きたいところある?」


とおるはしばらく黙って、窓の闇を見た。

そして、小さく答えた。


「……帰りたいな。家に。」


ひかりの目から涙が落ちた。

兄が望む「帰りたい場所」に、自分が入ってないことよりも、その一言があまりに切なかった。


とおるは目を閉じた。

「ひかり。ごめんね。…守れなくて」


ひかりは強く首を振った。

「守られてたよ。ずっと、ずっと。私、お兄ちゃんの妹でよかったよ」


夜汽車のような風が、窓を揺らした。

その瞬間だけ、兄の指が少しだけひかりの手を握り返した。

そして、そのまま——


機械の音だけが、静かに動き続けた。


ひかりは兄の手を離さなかった。

朝になっても、太陽が昇っても、誰かが呼びに来るまで。


外では、また電車が通り過ぎた。

ガタン、ゴトン。


ひかりには、それが兄の「最後の旅立ち」に聞こえた。

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