第98話 プレオープン初日! 驚愕の「森の恵み」と熟成リキュール。
「――よし。これより、我らが拠点のプレオープンを宣言する!」
ジューゴの力強い声が、ユグドラシルの若葉が揺れる森に響き渡った。
更地だった場所に建ったのは、木の温もりと石の重厚さが調和した見事な宿だ。その看板には、全員で話し合って決めた名前が刻まれている。
宿の名は、『悠久の憩い亭』。
かつてのFランクダンジョンが提供していた「安らぎ」を、地上でも提供し続けるという決意の現れだった。
「さあ、マルタ! 仕込みは万全か?」
「バッチリっすよ、ザック師匠! この黄金イノシシのベリーソース添え、森の恵みが爆発してるっす!」
ザックとマルタが厨房で火花を散らす。食材は、アムネが森を整えたことで自然と集まってきた動植物たちだ。ユグドラシルの魔力を受けて育った食材は、どれも生命力に溢れ、ザックの「商売人のこだわり」が詰まった味付けによって、至高のジビエ料理へと昇華されていた。
「テオ、セリーヌ! 外の案内はどうだ?」
「順調です。非戦闘員の方々にはバードウォッチングと、安全なアスレチック体験を。血気盛んな冒険者たちには、アムネさんとキュイが管理する狩猟迷路を案内しています」
テオが冷静に状況を報告する。アムネが空間の気を読み、キュイがパトロールする狩猟エリアは、獲物が逃げ込みやすく、かつ追い詰めがいのある複雑な地形に整備されていた。
「キュイッ、キュイ!」
キュイは「迷い込んだら教えるよ!」とばかりに胸を張り、森を飛び回っている。
そして、この日の目玉は、ジューゴとアムネが裏庭で密かに用意していたものだった。
「……アムネ、そろそろいいか?」
「はい、ジューゴ様。精霊の魔力は十分に満ちています」
二人の前には、ユグドラシルの根元に実った希少な果実を漬け込んだ樽が並んでいる。本来なら、この果実が芳醇な酒になるには、数年から数十年は寝かせなければならない。
だが、今のジューゴには「空間干渉」の力がある。
「空間干渉――『時空加速・小規模熟成』。……一気に、時間を飛ばすぞ」
ジューゴが樽に掌をかざすと、空間がわずかに歪み、黄金色の光が樽を包み込んだ。樽の中で、果実の糖分が分解され、アルコールと溶け合う時間が超高速で進んでいく。
「完成だ。この森の最高傑作、リキュール『ユグドラ・ドロップ』だ」
その琥珀色の液体を一口飲んだリナは、驚愕に目を見開いた。
「ちょっと……これ、ジューゴが作ったの!? 信じられないくらい濃厚で、魔力が体中に染み渡るみたい!」
ジューゴは誇らしげに、ザックに向けて「在庫リスト」を提示した。
「ザック、これを見てくれ。二十年熟成を年間限定十二本。十五年を二十四本、十年を四十八本、七年を九十六本……そして大衆向けの三年熟成を百九十二本だ」
リストを見た瞬間、ザックの目が金貨の形に変わった。
「に、二十年ものだぁ!? ジューゴ、お前、金の卵を産む鶏どころか、金の樽を産む勇者じゃねえか! 貴族共にこれを見せりゃ、宿泊予約で街がパンクするぜ!」
「カイル、グラスはどうだ」
「……不純物ゼロだ。酒の分子を邪魔する曇りは、私の手ですべて滅した」
カイルが磨き抜いたグラスに、琥珀色の酒が注がれる。プレオープンの客として招かれた近隣の村人たちは、その美酒と料理に酔いしれた。
そんな賑わいの中、リナとテオがジューゴに歩み寄った。
「ジューゴ。宿もできたことだし、そろそろ街のギルドに登録しに行きましょう。管理責任者としての顔を通しておかないとね」
「ああ、そうだな。勇者だなんだと騒がれるのは嫌だが、商売の筋は通しておかないと」
ジューゴはリナとテオを連れ、最寄りの街にある冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの重厚な扉を開くと、一人の美しき受付嬢、ミラベルが、まるで待っていたかのように満面の笑みで出迎えた。
「お待ちしておりました、ジューゴ様! いえ……『元・管理者の勇者様』とお呼びすべきでしょうか?」
「なっ、なぜそれを……?」
驚くジューゴの前に、奥の執務室からガッシリとした体格の男が現れた。ギルドマスターのガリウスだ。彼は豪快に笑いながらジューゴの肩を叩いた。
「王宮から親書が届いてるぜ、ジューゴ。お前さんがあの『おもてなしの迷宮』の元管理者だったことは、ギルドの上層部と王族には共有済みだ。むしろ、あの快適な空間を失いたくないって連中が必死でな」
ガリウスは一枚の書状をジューゴに手渡した。
「お前さんの開拓したあの森は、以前と同様に『Fランクダンジョン(地上型)』として正式認定された。さらに、王族の直轄保養地としての認定も下りている。つまり、ジューゴ。お前さんは今日から、公認の『森の管理者』だ」
「……マジかよ」
「ジューゴ様、こちらにサインを。これであなたは、名実ともにこの国で最も注目される宿のオーナーですよ!」
ミラベルが差し出した登録用紙に、ジューゴは呆然としながらもペンを走らせた。
勇者として世界を救った報酬は、自由だけではなかった。
王族さえもが喉から手が出るほど欲しがる「おもてなしの聖域」の主としての地位。
「やれやれ……スローライフへの道は、まだまだ遠そうだな」
ジューゴが苦笑いしながらギルドを後にすると、背後からリナの明るい笑い声が追いかけてきた。
「あはは。……あと、ジューゴに必要なのは、……お嫁さんくらいかしら……」
「ごほぉぉー!」
キュイがギルドの前で誇らしげに火の粉を吹き、リナの言葉をタイミングよくかき消し、新しい「管理者」の誕生を祝う。
今日もこの森は、最高に騒がしくて、そして未来への期待に満ち溢れていた。
ご拝読ありがとうございます。プレオープン大盛況! Fランクダンジョン(地上型)の管理者としての登録! 王室の保養地も継続! またまた忙しくなりそう。
さて次回は、第99話『招かれざる(?)大物客と、温泉掃除人の矜持』をお送りいたします。お楽しみに!!




