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Fランクダンジョンの平和な日常〜ダンジョンコアになって十数年いろんなことがありました〜  作者: 弌黑流人
【第二部】 第一章 新しい名前と賑やかな開拓の始まり。

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第97話 磨き抜かれた魂、意外な合格者。

 「ジューゴ様、例の件についてご報告がございます」


 翌朝、宿の建築もひと段落し、俺が森の散策から戻った際、セリーヌがいつになく感心したような、それでいてどこか複雑な、言葉を選びあぐねているような表情で迎えにきた。彼女は完璧な一礼の後、俺の目を見て告げた。


 「露天風呂の掃除員採用試験……ついに合格者が出ました。師匠も『この磨きは、もはや芸術の域だ。私の右腕として迎えたいほどだ』と唸っております」

 「あのポリッシュが、右腕だと? 一体どんな奴なんだ。元Aランクの冒険者か、あるいは王都で名の知れた高名な職人か?」


 ジューゴの問いに、セリーヌはふっと視線を斜め下に逸らした。その反応は、期待していた「頼もしい人材」とは少し毛色が違うことを示唆していた。


 「……いえ。百聞は一見に如かず、です。言葉で説明するよりも、その目で確かめていただくのが一番早いかと。皆様で見に行きましょう」


 期待と、それ以上の不安を胸に、俺たちは完成したばかりの露天風呂へと向かった。


 そこには、朝日に照らされて鏡のように輝く岩肌と、立ち上る湯気の中で、奇妙なリズムで黙々と布を動かしている影があった。


 「――そこだ。左角。光の入射角から計算するに、コンマ数ミリの曇りが残留している。……許されざる汚れなり。我が理論を汚す不純物……滅せよ」


 聞こえてきたのは、ひどく低く、どこか世捨て人のようなボソボソとした声だった。呪文を唱えているようにも聞こえるが、その内容はあまりに掃除に特化しすぎている。


 そこにいたのは、筋骨隆々の大男でも、熟練のメイドでもなかった。


 使い古され、裾がぼろぼろになったローブを纏い、顔の半分が隠れるほど長い黒髪を振り乱した、妙に目つきの鋭いひょろりとした青年だった。


 「あいつは……確か、以前ギルドで『変屈な魔導具師』として有名だったやつじゃねえか?」


 ザックが小声で指摘する。商売人としてのネットワークを持つザックの記憶によれば、彼は魔導具の研究に没頭するあまり、周囲との交流を完全に断ち、ついには研究費が尽きて食い詰めていた「変人」のはずだった。


 「彼、一体何をしているの……? 掃除、よね?」


 リナが不思議そうに、首を傾げて覗き込む。青年の動きは、普通の掃除とは明らかに一線を画していた。


 彼は岩肌に直接触れるのではなく、指先を数ミリ浮かせた状態で、魔法の術式を展開していたのだ。


 「物理的干渉による洗浄は、石材への微細な傷を招く。……故に、超高周波の微細振動魔法を岩石の分子構造に同調させ、付着した有機物のみを剥離させる。……よし、これで不純物の九十九・九パーセントが排除された」


 指先から放たれる微かな青白い光。それが岩に触れるたび、目に見えないほどの塵が霧のように舞い、消えていく。それは掃除というより、魔法実験か精密機械のメンテナンスを見ているようだった。


 「……ふぅ。これで良し。この反射率こそが、光の屈折における最適解。これ以上の曇りは、私の存在意義を否定するに等しい」


 青年が立ち上がると、そこには一切の妥協がない「聖域」としての露天風呂が完成していた。


 もともとジューゴが用意した良質な岩石ではあったが、今のそれはまるで、宝石をカットして並べたかのような輝きを放っている。湯面が揺れるたび、その反射が周囲の木々を万華鏡のように映し出していた。


 「素晴らしい。魔法を磨きのためだけに使うその執念。効率と美学の両立……正に私が求めていた逸材です。ジューゴ様、彼を正式に採用したく存じます」


 ポリッシュが彼の横に立ち、自分と同じ「磨き」の深淵に到達した者を見るような、恍惚とした表情で頷く。


 「……あ、ああ。本人がそれでいいなら、俺に異論はないが……。えっと、君、名前は?」


 ジューゴが恐る恐る尋ねると、青年は一瞬だけ、前髪の隙間からこちらを射抜くような鋭い視線で見た。しかし、すぐに興味を失ったのか、再び岩の隙間を指差しながら答えた。


 「……カイル。……おもてなし、などという情緒的な概念には興味ない。だが、この森……そしてこの岩。私の魔法理論を完璧な『鏡面』として具現化し、維持できる環境には、極めて高い興味がある」

 「なるほど。つまり、納得いくまで磨かせてくれ、ってことだな?」


 ジューゴの言葉に、カイルは短く「肯定」とだけ答えた。


 その様子を後ろで見ていたテオが、手帳を閉じながら感心したように呟く。


 「理論的裏付けのある掃除……。セリーヌさん、これは我が宿の衛生基準が、従来のギルド規定を大幅に上回ることになりますね。彼の魔法式、興味深いです」

 「ええ、テオ様。ですが、彼のこの集中力……客が入ってきても磨き続けそうで、そこだけが不安ですね」


 セリーヌの危惧はもっともだった。カイルは既に、ジューゴたちの存在など忘れたかのように、次なる岩の角度を測定し始めていた。


 「ひょえぇ、魔法ってあんな風に使えるんっすね。師匠、アタシも負けてられないっす! パントリーの棚、あんな風にピカピカにしてやるっすよ!」


 マルタが対抗心を燃やし、拳を握る。一方で、フィニはカイルの迫力に少し圧倒されたのか、アムネの影に隠れて「す、凄すぎて、ちょっと怖いです……」と震えていた。


 「大丈夫だよ、フィニちゃん。カイルさんは、きっとこのお風呂を大事にしてくれる人だから。ほら見て、お湯がとっても嬉しそう!」


 アムネが精霊の感覚でそう言うと、カイルが磨き上げた湯船に満ちた温泉が、朝日の光を反射してキラキラと踊るように揺れた。


 「……ふん。まぁ、これだけ綺麗なら、客も文句は言わねえだろう。カイルと言ったか。オイラの宿の『看板風呂』、任せたぜ。その代わり、仕事の後はオイラの飯を食え。ガリガリすぎて見てられねえからな」


 ザックが豪快に笑いながらカイルの肩を叩こうとしたが、カイルは「……振動が狂う。触れるな」と冷たくあしらった。それでもザックは「ハハハ、こいつは面白い!」と全く気にしていない様子だ。


 新たな仲間に加わったのは、少々、いや、かなりの癖が強すぎる掃除の天才魔導具師。


 ジューゴは、ますます賑やか――というより個性的すぎて収拾がつかなくなりそうな宿のメンバーを眺め、頭を抱えつつも、どこか誇らしい気持ちで嬉しい悲鳴を上げるのであった。


 「ごほぉぉー!」


 キュイが、カイルの磨き上げた岩に自分の顔が一点の歪みもなく、実に凛々しく映っているのを見て、嬉しそうに火を吹いた。


 その瞬間、


 「火の粉が散ります! 研磨面に煤が付着するでしょう!」

 「不浄! 即座に排除!」


 セリーヌとカイルが、驚異的な反応速度で同時に動いた。セリーヌが特製タオルで火の粉を空中で叩き落とし、カイルが素早く風の魔法で塵を飛ばす。


 「キュ、キュイ……?」


 二人からの同時攻撃(?)に、キュイはしょんぼりとジューゴの足元に隠れる。


 「……おい、キュイ。ここではお前が一番立場が弱いかもしれないな」


 ジューゴが苦笑いしながらキュイの頭を撫でる。


 最高に騒がしくて、それでいて一点の曇りもないほど清潔な「おもてなしの宿」の朝。


 今日もこの森は、熱量と、こだわりと、温かさに満ち溢れていた。


 ご拝読ありがとうございます。クセのつよいお風呂の掃除人が現れましたね。魔法とはいかに便利なものなのか。とはいえ、何事も使い手次第。これならそろそろオープンしてもよいですね。

 さて次回は、第98話『プレオープン初日! 驚愕の「森の恵み」と熟成リキュール』をお送りいたします。お楽しみに!!

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