第94話 磨き職人の帰還と、三人の愛弟子。
シュシュッ、シュシュッ! これです、この木肌の感触! 世界樹の息吹を宿した大自然の輝き……磨き甲斐がありますな!
森の入り口から現れたのは、かつて俺の迷宮で清掃を一手に引き受けていた、究極の磨き職人マスターポリッシュだった。相変わらず一点の曇りもない純白のクロスを手に、彼は新しく芽吹いたばかりの巨木に頬を寄せ、うっとりと目を細めている。
「ポリッシュ……本当にお前、どこにいても現れるんだな」
ジューゴが呆れたように声をかけると、ポリッシュは弾かれたように姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「主様! 迷宮が消えたと聞き、居ても立ってもいられず駆けつけました。……おや、そのお姿。ついに人間として歩み出されたのですな。そして、この森。……素晴らしい。実に素晴らしいおもてなしの気配です!」
「ああ。色々あってな。今はジューゴと名乗っている。……ところで、後ろにいるのは?」
ジューゴの視線の先には、ポリッシュの背後に一列に整列した三人の少女たちがいた。彼女たちは皆、清潔感のある使用人服に身を包み、緊張した面持ちでこちらを見つめている。
「ご紹介しましょう。私が領主邸で手塩にかけて育て上げた、自慢の愛弟子たちです。……さあ、挨拶を」
ポリッシュが促すと、先頭にいた背筋の伸びた女性が一歩前に出た。
「お初にお目にかかります、ジューゴ様。接客および教育を担当いたします、セリーヌと申します。師より、主様は究極のおもてなしの体現者と伺っておりますが……」
セリーヌは十九歳らしい落ち着いた声でそう言いながら、ジューゴの煤けた服やくたびれた顔を、鋭い鑑定眼のような目で見定めている。隣でテオが、彼女の無駄のない所作と厳しい視線に、どこか同族の気配を感じたのか、眼鏡の奥の目をわずかに見開いた。
「……まずはその姿勢と、お召し物のシワから直させていただく必要がありそうですね」
「あ、ああ。お手柔らかに頼む」
ジューゴが苦笑いしていると、隣から十七歳の元気そうな少女が身を乗り出した。
「アタシはマルタ! 調理補助と在庫管理の専門っ! 師匠から、伝説の料理人がいるって聞いて飛んできたっすよ。ザックさん、よろしくお願いします!」
マルタが期待に満ちた眼差しを向けると、呼ばれたザックは照れ臭そうに頭を掻き、ニカッと豪快な笑みを浮かべた。
「おいおい、伝説なんて勘弁してくれよ。オイラの本職はあくまで商売人だ。料理なんてのは客を呼ぶために趣味で始めたんだが、いつの間にか料理長扱いになっちまって……まぁ、これも商機の一つだな。よろしく頼むぜ、マルタ」
「えっ、商売人……? 趣味で料理長に……?」
予想外の答えにマルタが目を丸くしていると、背後からリナが「あはは!」と笑いながら口を挟んだ。
「マルタちゃん、驚くのも無理ないわよ。でもね、この人の趣味の料理、そこらのプロが裸足で逃げ出すレベルなんだから。……ねえアムネ、ザックの料理なら一生付いていけるわよね?」
「はい! アムネも、ザックさんのご飯のためならどこまでも付いていきます!」
リナとアムネの熱い保証を聞いて、マルタの表情がパッと明るくなった。
「ひょえぇ、商売の手段としてそこまで極めるなんて……。本物のプロ根性っすね! 師匠、アタシこの人に一生付いていくっす!」
(ちなみにアムネは『とのいの精霊』なので、本来は大地やユグドラシルの木々から魔力を吸収すれば、人間と同じ飯を食う必要はない。だが、その精霊が生存本能を無視して『食べたい』と願うほどの味……それがザック飯なのだ。商売人の趣味、恐るべしである)
「……まだオイラの料理、食ってねえだろうが」
ザックのツッコミが飛ぶが、マルタの瞳には既に尊敬の二文字が刻まれていた。最後の一人、十四歳の小柄な少女フィニは、顔を赤くしながらぺこりと頭を下げた。
「ふ、フィニです……。お洗濯と、ベッドメイキングが得意です……。あ、あの、一生懸命磨きますっ!」
「ふむ。ポリッシュ、お前、いい弟子を連れてきたな。だが、家もまだないこんな場所に、女の子たちを連れてきて大丈夫なのか?」
ジューゴの問いに、ポリッシュは誇らしげに胸を張った。
「ご安心を。彼女たちは私の磨き地獄を生き残った精鋭。野営など朝飯前です。それよりも主様、まずは拠点の建築に取りかかりましょう。この素晴らしい森には、それに相応しい至高の宿が必要です!」
ポリッシュの宣言と共に、本格的な家作りの火蓋が切られた。
ザックが設計図を引き、ジューゴが空間干渉のスキルで地盤をミリ単位で整備していく。そこへポリッシュと三人の弟子たちが加わると、作業効率は劇的に跳ね上がった。
「セリーヌ、柱の角度を確認しろ! マルタ、資材の搬入経路を確保! フィニ、運び込まれる木材を片端から磨け! 塵一つ残すな!」
「「「はい、師匠!」」」
三人の弟子たちの動きは、洗練された機械のようだった。ジューゴが空間を拡張して作り出した仮設の作業場は、彼女たちの手によって瞬く間に整理整頓され、まるで前世で訪問したことのある、大企業のオフィスのような効率性を発揮し始める。
「……これ、俺が手伝うより、彼女たちに任せた方が早いんじゃないか?」
ジューゴが呟くと、横で丸太を運んでいたリナが笑いながら肩を叩いた。
「何言ってるのよ。あんたの空間整備がなきゃ、このスピードは無理でしょ。ほら、ぼーっとしないで、次の部屋の土台、お願いね。ジューゴ」
「ああ、分かっているよ。……よっと」
ジューゴは腰の痛みを少しだけ堪えながら、再び地面に手を当てた。
かつてのボタン一つでの増築ではない。仲間たちの汗と、弟子たちの情熱。そして、自分たちの手で作り上げていく手応え。
「ごほぉぉー!」
キュイが気合を入れるように小さな火を吹き、空を舞う。
賑やかな森の中に、少しずつ、新しい平和な日常の骨組みが組み上がっていった。
ご拝読ありがとうございます。マスターポリッシュが弟子を連れて参上!彼だけは魔王の影響を受けずに生きながらえた、Fランクダンジョンの生き残り。ジューゴがコアだったことを証明する確かな存在ですね。
さて次回は、第95話『極上の湯船と、ポリッシュ流「磨き」の採用試験』をお送りいたします。お楽しみに!!




