第93話 ユグドラシルの種子、急速に芽吹くおもてなしの森。
ジューゴという新しい名が決まった翌朝。俺たちは、拠点とする更地の中央に集まっていた。
空は突き抜けるように青く、風はまだ少し冷たい。魔王が消え、迷宮がなくなったこの地は、生命の気配が希薄な、ただの土の塊に過ぎなかった。
「よし。それじゃあ、アムネ、イグニス。例のものを頼む」
俺の言葉に、アムネが大切そうに抱えていた小袋を解いた。中から現れたのは、淡い金色の光を放つ、親指ほどの大きさの種子だ。ユグドラシル――世界樹の意志が宿った特別な種。魔王との決戦の後、イグニスが大精霊の依代としての役割を果たした際に、感謝の印として授かったものだ。
「はい、ジューゴ様。この子をここに植えれば、きっと素敵な居場所になってくれるはずです」
アムネが膝をつき、丁寧に土を掘って種を埋めた。その上からイグニスが手をかざすと、柔らかな熱気が種へと注がれる。精霊の祈りと魔力の鼓動。だが、それだけではこの枯れ果てた土地に森を呼び戻すには、あまりに時間がかかる。
「……俺の出番だな」
俺は一歩前に出ると、地面に掌を当てた。
視界にウィンドウは出ない。だが、かつて15年もこの地の魔力を管理していた感覚は、俺の魂に刻み込まれている。地脈がどこで淀み、どこを整えれば効率的に栄養が行き渡るか。俺は、魔王を倒して新たに得たスキル――空間干渉(整備)を意識した。
「……整備開始。根の動線を確保し、地中の魔力密度を最適化する」
脳裏に浮かぶのは、宿場町を優しく包み込むような、緑豊かな迷路のイメージだ。俺の意識が地面に浸透した瞬間、掌から眩い光が溢れ出した。
ドクン、と。大地が心臓のように拍動した。
「きゅ、きゅーうぅぅー!」
キュイが驚いたように声を上げ、俺の背中にしがみつく。
次の瞬間、地面から黄金の芽が噴き出した。それは目に見える速度で太い幹となり、天に向かって枝を伸ばしていく。一本の木ではない。世界樹の種から放たれた生命力は、俺が整備した地脈を伝い、周囲一帯へと伝播していった。
「すごっ……! ジューゴ、これ、とんでもないわよ!」
リナが剣の柄に手をかけたまま、呆然と上を見上げている。
彼女の目の前で、何もない更地が瞬く間に深緑の森へと塗り替えられていく。ただ生い茂るのではない。俺が空間を干渉し、整備した通りに、木々は道を空けて並び、木漏れ日が最も美しく差し込む角度で葉を広げていく。
「……ふぅ。……はぁ」
作業を終えて手を離すと、膝が笑っていた。魔力を使い果たしたというより、全身の関節が軋むような、生身の人間特有の疲労感だ。39歳の肉体に、空間そのものをこねくり回す負担はなかなかに重い。
「大丈夫ですか、ジューゴさん」
テオが慌てて俺の肩を支える。ザックも、どこからか汲んできた水を差し出してくれた。
「ああ、なんとか……。少し腰に来ただけだ」
「無理しちゃダメよ、おっさんなんだから」
リナが軽口を叩きながらも、心配そうに俺の背中をさする。その手の温もりが、元コアの俺には何よりも心地よかった。顔を上げれば、そこには昨日までの荒野はなかった。
ユグドラシルの若木を中心に、適度な間隔で並ぶ巨木たち。枝と枝の間には天然のアスレチックのような空間があり、風が吹くたびに木々が歌うような音を奏でている。俺が空間を拡張した場所は、見た目以上に奥行きがあり、一度足を踏み入れれば心地よい迷路のように人々を迎え入れるだろう。
「……これが、俺たちの新しい『おもてなしの森』だ」
「素晴らしいです、ジューゴ様。これなら、宿泊施設を作る場所も選び放題ですね」
アムネが喜びに満ちた表情で森を駆け抜ける。イグニスも満足げに、森を照らす小さな灯火となって飛び回っている。
森はできた。次は、この中心に建つ家だ。俺たちは、新しい森の香りに包まれながら、本格的な拠点の建築へと意識を向けた。
「よし、次は建物だが……」
俺が言いかけたその時、森の入り口の方から、妙に規則的な音が響いてきた。
シュッ、シュッ。シュッ、シュッ。
それは、何かを一心不乱に磨き上げるような、聞き覚えのあるリズムだった。俺たちは顔を見合わせた。この場所を知っていて、このタイミングで現れる、掃除と磨きに執着する男。
「この音……まさか」
木々の間から姿を現したのは、純白のクロスを肩にかけ、一点の曇りもない笑顔を浮かべた男だった。
ご拝読ありがとうございます。空間干渉というスキルで新たなダンジョンが作れそうですね。これはこれで色々と夢が膨らみます。
さて次回は、第94話『磨き職人の帰還と、三人の愛弟子』をお送りいたします。お楽しみに!!




