第91話 更地からの再建、新しいおもてなしの形。
【第二部】 第一章 新しい名前と、賑やかな開拓の始まり。
頬を撫でる風が、土の匂いを運んでくる。
かつて迷宮の第一層があった場所は、今や見渡す限りの更地となっていた。魔王との決戦によってあらゆる構造物は崩壊し、俺がこれまで丹精込めて作り上げてきたシステムの残骸すら、今は砂塵となって風に舞っている。
俺は、少し汚れたシャツの袖を捲り上げ、目の前の荒野を見つめた。
視界の端に浮かんでいたはずの管理ウィンドウはもうない。地脈の魔力残量を告げるアラートも、侵入者を知らせる警告音も聞こえない。ただ、耳に届くのは、遠くで鳴く鳥の声と、仲間たちが地面を歩く足音だけだ。
「主様、そんなところで突っ立っていると、また腰を痛めますよ」
呆れたような、けれど慈愛に満ちた声と共に、リナが俺の隣に並んだ。彼女の手には、近隣の森から拾い集めてきたであろう、焚き木にちょうど良さそうな枝が抱えられている。
「……ああ、分かってるよ。ただ、こうして自分の足で地面を踏みしめているのが、まだ少し不思議な感覚でな」
俺は苦笑いしながら、自分の手を眺めた。
目つきが悪く、頬の痩〈こ〉けた、くたびれたおっさんの手。
かつてクリスタルコアの中で万能感を抱いていた頃の俺なら、指先一つでこの更地に壮麗な城を建て直すこともできただろう。だが、今の俺にできるのは、この節くれだった手を使って、一つずつ石を拾い、一本ずつ釘を打つことだけだ。
「主様、休憩の準備ができました! ザックさんが腕を振るってくれたんですよ!」
少し離れた場所に立てられた簡素なテントから、アムネが元気に手を振っている。彼女の足元には、キュイが少しだけ誇らしげに胸を張り、小さな口から火を吹いて焚き火の火力を調整していた。かつてのように魔力で制御された厨房ではない。煙に目を細め、煤で顔を汚しながら、ザックが大きな鍋をかき混ぜている。
「よし、行こうか。……腹が減るっていうのも、案外悪いもんじゃないな」
俺はリナと共に、仲間たちが待つ「拠点」へと歩き出した。
今の俺たちには、宿るべき屋根も、守るべき壁も、もてなすべき豪華な料理もない。あるのは、魔王の呪縛を解き、自分たちの意志でここに残ることを選んだ絆だけだ。
「いらっしゃいませ……なんて言うには、まだ少し早すぎるか」
鍋を囲み、ザックが差し出してくれた素朴なスープを口に含む。
熱い。そして、驚くほど旨い。
演算上の「味覚再現」では決して到達できなかった、五臓六腑に染み渡る本物の栄養。テオが隣で「これからの物資調達計画」を熱心に語り、リナがそれを聞き流しながら肉を頬張る。アムネはイグニスと語らい、枯れ果てた大地にどうやって再び緑を呼ぶかを相談している。
俺は、その賑やかな光景を眺めながら、確信していた。
迷宮という箱は失われた。けれど、俺たちが培ってきた「おもてなし」の精神は、何一つ失われていない。むしろ、便利すぎるシステムという殻を脱ぎ捨てたことで、それはより純粋な形へと磨かれようとしていた。
「……なぁ、みんな。俺はここに、宿を建てようと思う」
俺の言葉に、全員の視線が集まる。
「迷宮じゃない。誰でも立ち寄れて、腹一杯食って、安心して眠れる……そんな、世界一普通の、けれど最高に温かい宿だ」
俺がそう告げると、テオは深く頷き、リナは不敵に微笑んだ。ザックは力強く包丁を握り直し、アムネは花が咲くような笑顔を見せた。
「いいですね。主様の新しい冒険、私たちが全力で支えさせていただきます」
テオの言葉を合図に、俺たちの「第二部」が静かに動き出した。
かつてはFランクと揶揄された俺たちの日常。だが、これからはランクなんて関係ない。
一人の人間として、愛する者たちと共に土を耕し、汗を流し、新しい「おもてなし」を築いていく。
俺は、空っぽのスープ皿を置き、立ち上がった。
まずは、今日を生き抜くための家を作ることから始めよう。
おっさん勇者の、そして元ダンジョンコアの、新しい物語が、この何もない更地から力強く芽吹き始めたのである。
ご拝読ありがとうございます。魔王との戦いを経て、集った仲間たちと共に新たな生活が始まる、おっさんの異世界サードライフをこれからはお届けしようと思います。
さて次回は、第92話『最初の建築、おっさんの知恵とみんなの力』をお送りいたします。お楽しみに!!




