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Fランクダンジョンの平和な日常〜ダンジョンコアになって十数年いろんなことがありました〜  作者: 弌黑流人
【第一部】 第八章 終焉の胎動と侵食される聖域

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第86話 ダンジョンコアの苦悩と決断

 無機質なコアルームに、地響きのような魔物の咆哮が幾重にも重なって響き渡る。モニターの向こう側では、俺が丹精込めて作り上げた迷宮の各階層が、もはや俺の知る姿を留めていなかった。


 俺が演算し、最適化し、人々が笑顔で過ごせるようにと配置したすべての設備が、今は魔王の手によって「効率的な殺戮兵器」へと作り替えられている。宿泊エリアのふかふかのベッドからは無数の針が飛び出し、優雅な噴水からは致死性の毒液が噴き上がる。俺が「おもてなし」のために積み上げてきた知識と技術のすべてが、今は負の方向に反転し、罪のない人々を追い詰め、その命を刈り取っていた。


 「く、くく。どうだ、この機能美は。お前が作ったシステムは、実に素晴らしい『苗床』だった。おかげで、これほどまでに洗練された地獄を完成させることができた」


 魔王の嘲笑が、亀裂の入った俺の核に冷たく突き刺さる。彼の足は、依然として俺を物理的にも精神的にも踏みつけたままだ。俺はクリスタルの中で、声にならない悲鳴を上げ続けていた。


 モニターには、逃げ惑う王都の視察団や、異変に気づいて駆けつけた冒険者たちが、SSSランクへと変貌した魔物たちの餌食になる光景が映し出されている。彼らの絶望に満ちた瞳、そして【なぜ!?】という声なき問いかけが、俺の意識を絶え間なく打ち据える。


 俺は「平和な日常」を求めていた。争いのない、穏やかな迷宮運営を。だが、そのために俺が構築した「完璧な管理」こそが、魔王に付け入る隙を与え、最強の侵食を許す原因となってしまったのだ。


 「お前のシステムは、お前の手を離れても正しく機能しているぞ。見ろ、あの自動防衛騎士たちの動きを。お前が教え込んだ『侵入者の排除』という命令を、忠実に、そして残酷に遂行している。……実にお前らしい、正確な仕事ぶりではないか」


 魔王の言葉は、猛毒となって俺の存在そのものを腐らせていく。


 俺は自身の無力さに吐き気を覚え、そして激しい自己嫌悪に陥った。俺は「管理者」として失格だったのだ。俺がこの場所に居座り続け、このシステムを維持し続ける限り、魔王はこの迷宮を拠点にして世界を滅ぼし続けるだろう。


 (……もう、いい。終わらせる)


 俺の意識の中に、一つの極端な選択肢が浮かび上がった。


 それは、ダンジョンコアとしての全権能を暴走させ、迷宮そのものをこの世界から消滅させる「完全自爆シークエンス」の発動だった。


 これまでの演算能力をすべて、迷宮を構成する魔力の結合を断ち切るためだけに集中させる。そうすれば、魔王が構築したこのSSSランクの地獄もろとも、俺自身も塵となって消えることができる。


 イグニス、キュイ。仲間たちを連れて逃げてくれて、本当にありがとう。お前たちが外にいる今なら、俺は心置きなく「終わり」を選べる。


 (せめてもの贖罪だ。……魔王、貴様を道連れにして、俺はこの世から消えてやる)


 俺は砕けかけたクリスタルの深淵で、最後にして最大の魔力充填を開始した。システムが過負荷を告げ、警告の赤光がコアルームを染め上げる。魔王は、俺が何をしようとしているかを察知し、わずかに不快そうに目を細めた。


 「心中か。……矮小な存在が考えそうな、実にありきたりな幕引きだな」


 だが、俺の決意は揺るぎなかった。これまで一度として「情」に流されず、論理と数値だけで生きてきた俺が、人生で初めて下した「論理的ではない、感情による決断」。


 俺は、すべての意識を爆縮の特異点へと集約させていった。


 視界が真っ白に染まっていく。


 膨大な熱量がクリスタルを内側から焼き、俺の存在が分解され、宇宙の塵へと還っていく感覚。


 「さようなら」と、俺は誰に届くとも知れない別れを告げた。


 意識が完全に途切れる寸前。


 俺の聴覚に、いつかどこかで聞いたような、懐かしく穏やかな女性の声が響いた。


 『……本当に、それでいいのですか?』


 真っ白な光の中に、一人の女性の影が揺らめいているのが見えた。


 それは、俺が今の人生を歩み始めるずっと前……この「Fランクダンジョン」に転生する瞬間に立ち会った、あの女神の姿だった。


 俺の「管理者」としての終わり、そして「一人の男」としての真の始まり。運命の歯車が、自爆の爆音を超えて、大きく、激しく、逆回転を始めようとしていたのである。


 ご拝読ありがとうございます。自爆の刹那、現れたのは転生の女神。このあと、どのような展開が待ち受けてあるのか。火熱迷宮は、コアは、魔王は、……。

 さて次回は、第87話『女神からの祝福を思い出す』をお送りいたします。お楽しみに!

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