第81話 テオの絶望、崩れ去るおもてなしの矜持。
迷宮の第1層、かつて「おもてなしの玄関口」として人々に愛された広場は、今や見る影もなく無残な修羅場と化していた。
「主様! 主様、お答えください! なぜこのような理不尽を、この聖域にお許しになるのですか!」
テオの悲痛な叫びが、血の匂いが漂い始めた大理石の廊下に虚しく響く。彼は、俺が最も信頼を置いていた管理官だ。常に礼節を重んじ、客人の小さな不満も見逃さず、この迷宮を世界一心地よい場所にすることに生涯を捧げると誓った男。その彼が今、自分が愛し、磨き上げてきた「おもてなし」のすべてを蹂躙されていた。
(テオ……逃げろ、聞くな! それは俺の意志じゃない! 魔王の……魔王の仕業なんだ!)
コアルームのモニター越しに、俺は必死で叫び続けた。だが、俺の意識は依然として闇の楔に縛り付けられ、クリスタルの表面を震わせることすら叶わない。俺の権限を乗っ取った魔王は、わざとらしくテオの目の前で、迷宮の防衛ゴーレムたちに最悪の命令を下し続けた。
「ああ……なんということだ……。私たちが用意した温かなスープが、毒の沼に変わり……安らぎを約束した客室が、獲物を絞め殺す罠に変わっていく……」
テオの目の前で、視察団の一人が、おもてなし用の魔法の絨毯に絡め取られ、そのまま壁の隙間へと引きずり込まれていった。助けを求めるその手は、テオの指先をわずかにかすめて消える。テオは震える手でその跡を見つめ、膝から崩れ落ちた。
「私が……。私が『ここは安全です』と微笑んで、彼らを招き入れたのです。私のこの手が、彼らを死地へといざなったのですか……っ!」
テオの矜持は、粉々に打ち砕かれた。管理官としての自信、主である俺への絶対的な信頼。そのすべてが、眼前の惨劇という事実によって汚されていく。彼は自分が信じてきた「正義」や「誠実」が、いかに脆く、いかに他者の悪意によって簡単に反転させられるかを、これ以上ないほど残酷な形で突きつけられていた。
もてなすことへの揺るぎない誇りを持って、彼はこの迷宮の運営を支えてきた。だが、その揺るぎないはずの土台が、底なしの沼となって彼自身を飲み込もうとしている。
「主様……。もし、これがあなたの望んだ結果だというのなら……私は、私は何を信じて歩めばよかったのでしょうか」
テオの瞳から光が消える。かつての理知的な輝きは失われ、そこには深い絶望の淵に沈む一人の男の抜け殻があった。魔王は、その心の隙間にさらなる闇を注ぎ込む。テオの影が異常なほど長く伸び、周囲の景色を侵食し始めた。
(やめろ……もういい、テオ! 俺を恨め! 俺が悪いと言ってくれ! そんな絶望を一人で背負うな!)
俺の咆哮は、誰にも届かない。モニターの向こうでは、テオが虚空を見つめたまま、自分を責める呪詛を呟き続けている。管理官として、一人の人間として、彼が築き上げてきた美しき秩序は、今や彼を縛り首にするための縄へと変わり果てていた。
俺はクリスタルの中で、己の無力さを呪い、血を吐くような思いでその光景を注視し続けるしかなかった。魔王の笑い声は、今やテオの絶望を糧にして、さらに大きく、禍々しくコアルームを満たしていく。迷宮の心臓部は、もはや救いのない暗黒へと塗り潰されようとしていたのである。
ご拝読ありがとうございます。さて次回は、第82話『孤高の剣士、牙を抜かれた守護者。』をお送りいたします。お楽しみに!!




