第7話 魔族幹部の査察と「安全第一」の衝撃
リリアが販売した「愛の結晶ポーションゼリー」は、ダンジョンの評判をロマンチックな方向に急上昇させた。コアのモニターには、連日、結婚資金やプロポーズの成功を祈る、殺伐とは縁遠い冒険者たちが映し出されていた。EXPも安定的に流入し、俺は今日も静かに、昇格を回避するための魔力調整を続けている。
そんな平和な日常を、根本から揺るがしかねない来訪者が現れた。
ダンジョンの入り口をくぐったのは二人組。一人は威圧感のある体躯を持つ男で、もう一人は技術者然とした細身の女だ。俺の魔力モニターは、彼らのステータスを表示した。
『魔族軍 序列第六位 査察官 ゼノン』
『ゼノン直属 魔術技術兵 リテア』
「人間に媚びを売る低級ダンジョンはここか?」
ゼノンは、ダンジョンコアのいる中枢へ直接繋がるはずの緊急通信回線で、無遠慮に問いかけてきた。
俺は即座に返答した。「その通りだ。ここは安全第一の低級ダンジョンだ。ご用件は?」
「ふん。前々から死傷者を出さずに、中級昇格ラインを超えてもなお成長を低級のままでとどめている異質な施設、と報告を受けている。我々魔王軍の管理下にある全てのダンジョンにとって、貴様は異端だ」
ゼノンはそう言い放ちながら、俺の部屋に直行せず、あえて冒険者と同じ初級フロアへと進み始めた。
「貴様に与えられた魔力の使い方、運営方針、全てをこの目で査定する。我々は貴様の中枢へは向かわない。貴様が日頃提供している『サービス』を、我々が体験させてもらう。普段通り、ありのままの姿を見せよ。内容次第では、このシステムは接収し、魔王軍の兵站施設としてリテアに運営させることになるだろう」
乗っ取り。やはりそう来たか。
しかし、彼らの望みが「普段通り」の体験ならば、俺にとっては好都合だ。殺傷能力ゼロの俺のダンジョンは、そのまま見せても彼らを傷つけることはない。だが、その平和的なシステムが、彼らの「魔王軍の効率化」という目的に利用されるのは心外だ。
「承知した。どうぞ、ごゆっくり」
俺は冷静を装い、彼らを第一のセクションへと誘導した。最初にゼノンたちが遭遇したのは、通路を丁寧に磨き上げている清掃ゴブリンたちだった。
「キッタネー!ここ、もっと磨くアル!」
ゴブリンの一匹が、ゼノンの豪華なブーツに付着した微かな泥汚れを見つけ、歓声を上げながら近づいてきた。
「なんだ、このゴブリンは。攻撃してこないだと?」ゼノンは警戒し、ゴブリンを蹴り飛ばそうとする。
その瞬間、リテアが静止した。「お待ちください、ゼノン様。これが例の『清掃ゴブリン』です。彼らは攻撃性よりも、清掃への執着が優位に立っている。ゼノン様のブーツに付着している泥は、このダンジョンの素材ではないため、彼らにとっては『未だ見ぬ征服すべき汚れ』なのです」
リテアの解析を聞き、ゼノンは興味深そうに腕を組んだ。ゴブリンは諦めずに、ゼノンのブーツに持参した『超研磨スライム液』を塗布し、熱心に磨き始めた。ゼノンは鬱陶しそうにしているが、攻撃はしない。
そして、次のセクション。落とし穴の罠だ。
ゼノンは罠の位置を正確に把握し、その魔力パターンを解析しようとした。「低級ダンジョンの罠など、紙同然だ」
しかし、一歩踏み込んだのは、ゼノンではなく、その魔力解析に気を取られたリテアだった。
ドスッという、鈍いが静かな音。
リテアは、底が高品質スライムクッションの落とし穴に、膝まで埋まってしまった。
「えっ?な、何ですか、これ!?」
リテアは混乱しているが、怪我は一切ない。ただ、全身がベリー風味のポーションスライムのゼリーでヌルヌルになっただけだ。
「くっくっく。笑えるな」ゼノンは鼻で笑った。
だが、ゼノンの目には、リテアが埋まった穴の底から、無数のポーションスライムたちがプルプルと揺れながら回復体液を放出している様子が映っていた。その回復量は微々たるものだが、リテアの疲労をわずかに取り除いていた。
「なるほど、殺傷能力ゼロを徹底している。徹底的に無害で、かつ、訪れた者に『何らかのメリット』を与える。これが貴様の運営方針か」
ゼノンは満足げに頷いた。しかし、その瞳の奥には、この平和なシステムをどのように「軍事利用」するかという冷たい算盤が見えている。
俺は、彼らの体験の最終段階として、ダンジョンの核心であり、最も経験値を稼ぐ場所へと誘導した。
――「生命の泉」へ。
ご拝読ありがとうございます。やはり来てしまいましたね。魔族の方々が。そりゃそうでしょう。ダンジョンは魔族軍の管轄なのだから。まれに、王国や帝国などの大国が管理運営しているものもありますが、基本的には魔族のものなのです。「頑張れ!!コア!!」弌黑はコアを応援します。それでは次回もお楽しみに!!




