第6話 Fランクダンジョンの「求婚者」
マスターポリッシュの成功と、その後の監査による「五つ星」の評価は、低級ダンジョン界隈に静かな波紋を広げた。
「あのFランクダンジョンは、もはやFランクではない。新たなビジネスモデルを構築している」
そんな噂が広まる中、次にダンジョンを訪れたのは、これまでの冒険者や評論家とは全く異なる、非常に特殊な目的を持つ客だった。
その客は、一見すると普通の若い女性冒険者に見えた。しかし、彼女のステータスは、戦闘や探索能力を示す数値が軒並み低く、代わりに『交渉』『投資』『縁結び』といった、冒険とは無縁のスキルが異常に高かった。
彼女の名はリリア。彼女の目的は、このダンジョンの「特異性」を利用した、結婚資金稼ぎだった。
モニターに表示された彼女の思考を読み取った俺は、思わずフリーズした。
(よし。このダンジョン、『ポーションスライムが落とし穴から落ちてくる』ってギミックが、最近のギルド誌のおまけで『キュン死する可愛さ』って記事が載ってたのよね。あれを集めて、「永遠の愛を誓うポーションゼリー」として加工すれば、市場で絶対売れるわ!その収益を元手に、夢の結婚式を挙げるんだから!)
彼女は、殺伐としたダンジョン運営とは最も遠い、「ロマンチック」というベクトルで、俺のダンジョンを商売の場にしようとしていた。
リリアは、落とし穴のエリアに到着すると、通常の冒険者のように警戒するどころか、持参した巨大な「ファンシーな捕獲ネット」を広げ始めた。
「さあ、可愛いポーションスライムちゃんたち!愛の結晶になってね!」
彼女は、次から次へと落とし穴に落ちてくる、ゼリー状のポーションスライムを丁寧にネットで回収していく。ポーションスライムたちは、殺傷能力がないため、落下するだけで無邪気に「プルプル」と震えているだけだ。
俺にとって、リリアの行為は転売屋ザックのケースとは全く異なる。
殺傷能力: ゼロ。
環境破壊: ゼロ(むしろ落とし穴を定期的に使ってくれることで、メンテナンス代が浮く)。
得られるEXP: ポーションスライムのドロップ率が高まるため、討伐報酬が増える。
便宜上、彼女は「優良顧客」なのだが、あまりにもダンジョンの「尊厳」に関わる。このままでは、ダンジョンが「素材工場」ではなく、「愛のゼリー工場」になってしまう。
しかし、彼女の瞳に映る結婚への強い意志と、EXPの増加という現実的なメリットを前に、俺は完全に動きを止められてしまった。
(待て。ここで安易に排除するべきではない。彼女の目的は「幸せな結婚」。ならば、その商売がダンジョンの評判を上げ、同時にEXPも稼げるような方向に「誘導」すればいいのではないか?)
俺はすぐに、彼女の収益を最大化し、かつダンジョンの名誉も守るための、新たなギミック開発に着手した。
リリアが収集ネットを満たしたとき、俺はポーションスライムの体液の配合を微調整した。
魔力注入: 『縁結び』のスキルに反応し、スライム液が通常の「ベリー風味」から「ブーケの香り」へと変化する魔力を注入。
形状固定: 収集袋の中で崩れないよう、スライム液が「ハート型」に固まるように微細な重力操作を施す。
リリアが袋の中身を確認した瞬間、小さな歓声を上げた。
「見て!見て!ただのゼリーじゃなくて、ハート型に固まってる!しかもお花の香り!これなら『愛の結晶』として市場で爆発的に売れるわ!」
彼女は感謝の言葉を述べながら、大量のハート型スライムゼリーと共にダンジョンを後にした。
翌日、リリアの販売した「ダンジョン特製・ブーケ風味のハートポーションゼリー」は、この低級ダンジョン近くの街で「プロポーズアイテム」として大ヒット。ダンジョンの評判は、「安全で、ロマンチックな場所」として、さらに急上昇した。
コアのモニターには、リリアの成功に伴い、宣伝効果による新たなEXPと、次々にゼリーを求めてやってくる「ロマンチック冒険者」たちのステータスが流れ込んできた。
(ふむ。ダンジョンマスターは、時に「結婚プロデューサー」も兼ねるわけか)
俺は今日も、平和と、ちょっとした商魂が同居する、低級ダンジョンでの日常を楽しんでいる。
ご拝読ありがとうございます。安全第一に、婚活を支援する要素を取り入れることになったダンジョン。そのうちデートスポットもできてしまいそうです。ですが、そういつまでも上手くいくはずもなく…。さてさてどうなることやら、それでは次回もお楽しみに。




