第4話 清掃ゴブリン、スカウトされる。
転売屋ザックの件から数日。床は清掃ゴブリンの活躍で、再び光を反射するほど磨き上げられていた。
モニターに映る累積経験値のゲージは、相変わらずギリギリのラインを保っている。とっくに中級ダンジョンに昇格できるだけの経験値は貯まっているのだが、俺はそれを意図的に制御している。
(中級に昇格すれば、死者を出さない運営は難しくなる。それに「踏破」の概念もついてくる。踏破=俺の破壊だ。そんなスリルのあるダンジョンライフは求めていない)
平和と安寧。そのために、俺は今日も静かに、経験値を「特殊素材の生成」や「魔力調整による環境改善」に回し、昇格を回避している。
その日の午後のことだ。一人の奇妙な客がダンジョンを訪れた。
スーツをぴしりと着込んだ、貴族の使用人風の男。魔力モニターには「冒険者ではない」と表示されている。彼が持っているのは、剣ではなく、最新式のカタログと分厚い契約書だった。
「恐れ入ります、ダンジョンコア殿。私はファインブルック家の使用人、アルフレッド・ウェストウッドと申します。貴殿のダンジョンが輩出された、あの優秀な清掃ゴブリンたちの件で、正式な契約のご相談に参りました。」
アルフレッドは清掃ゴブリンの群れに向かって、丁寧な口調で尋ねた。その目的は、討伐でも素材でもなく、清掃ゴブリンの「スカウト」だった。
アルフレッドは、このダンジョンのゴブリンたちが驚異的な清掃能力を持っていることを聞きつけ、主人である大貴族のファインブルック家邸宅のハウスキーパーとして、正式に「人材派遣契約」を結びたいと言うのだ。
「特に、あの小さな体に似合わない、超研磨スライム液の的確な配合技術には感銘を受けました。我が主人の銀食器を磨くには、彼らの力が必要なのです」
俺は、一瞬フリーズした。ダンジョン運営が、急に「人事」の仕事になった。
俺は、清掃ゴブリンたちがいるエリアの魔力を集中させ、意思疎通を行う。
(ゴブリンたちよ。人間社会へ行って、仕事がしたい者はいるか?)
ゴブリンたちの間で、小さなざわめきが起こった。
「キ、キッタネー!汚い場所、磨きたいアル!」
「人間の屋敷、ピカピカにしたい!」
彼らは殺生ではなく、「物を磨く」ことに喜びを見出す種族だ。人間社会の巨大な屋敷は、彼らにとっては「磨きがいのある聖地」に見えているのだろう。
しかし、人材流出はダンジョンの品質に関わる。俺は、ゴブリンの代表を一匹選び、男との交渉に入った。
【コアの要求条件(ゴブリンの意思を代弁)】
労働環境: 「磨く対象」が豊富に存在すること。
福利厚生: 最新式のモップとブラシを支給すること。
スキル維持: 定期的にダンジョンに戻り、スライムと触れ合い『超研磨スライム液の配合技術』を維持するための研修期間を設けること。
報酬: チップではなく、高品質の魔石(ゴブリンの成長に繋がる)。
アルフレッドは驚きながらも、全ての条件に快諾した。「これほどの高度な契約は、冒険者ギルドでもありません」と感心している。
最終的に、最も技術力の高い一匹のゴブリン、通称「マスターポリッシュ」が、一年間の期限付きで貴族の屋敷へ派遣されることになった。
「行ってくるアル!人間社会の汚れ、全部磨くアルよ!」
マスターポリッシュは、ピカピカの真新しいスーツと、最新式のモップを装備し、誇らしげにダンジョンを後にした。
俺のモニターには、ゴブリンのステータスと、そのゴブリンが稼いでくる報酬(EXP換算)が表示された。
(なるほど。モンスターを派遣することで、EXPを稼ぐという手もあったか。しかも平和的だ)
ダンジョン運営は、討伐だけでなく、人材派遣業という新たな局面を迎えた。コアは、この予想外の「人事問題」の解決に満足し、今日も静かに、低級ダンジョンとしての平和な日常を享受するのだった。
御一読ありがとうございます。一芸に秀でることに憧れ、憧れで終わったことなんて山ほどある弌黑には、今回の展開は非常に羨ましいと感じました。皆さんはどう思いましたか?ご感想お待ちしております。それでは次回もお楽しみに!!




