第2話 Sランク冒険者と、癒やしの「吸精」の泉。
昨日の一件で、ダンジョンは一時的に騒然としましたが、すぐにいつもの平和を取り戻しました。清掃ゴブリンの働きで、現場はピカピカです。しかし、コアの記録には、あの男たちの悲鳴がデータとして残っており、少し気が滅入っています。
いつもの初心者たちの喧騒の中、ダンジョンのモニターに「Sランク」のマークがついた、明らかに場違いな女性冒険者のステータスが表示されました。
彼女は周囲の初心者には目もくれず、最下層ではない、特定の「隠されたルート」へと直行していきます。戦闘服も泥まみれ、顔には疲労の色が濃い。彼女のパーティーは、すでに彼女の強さに追いつけず解散したようです。
彼女の目的は、討伐でも、素材集めでもありません。彼女は、このダンジョン「特製」の癒やしを求めてやってきたのです。
コアのモニターに表示されたSランク冒険者の女性は、疲労困憊といった様子だった。全身を覆う鎧は一流品だが、各所の傷や血痕が、彼女がどれほど過酷な戦場から来たかを物語っている。
(これは大物だ。普段の初心者たちの経験値とは、質も量も比べ物にならない。だが、その分、滞在が短くなると、一気に疲弊が爆発する可能性がある)
俺のダンジョンの一角には、かつて「生命の泉」と呼ばれた部屋がある。本来は、侵入者の生命力を緩やかに吸い取り、動けなくする罠部屋だ。
しかし俺は、その魔力回路を改造した。
現在は、冒険者が「心地よい」と感じる環境下で、彼らの疲労回復に伴って溢れ出る「余剰の生命力」や「心の淀み」を、ごく微量だけ抽出する仕組みになっている。冒険者はただ極上の休息を得ていると感じるだけ。コアたる俺には、その微細なエネルギーが、経験値(EXP)として着実に溜まっていく。
長く、深く滞在してもらえれば、その分だけ俺は成長できる。
彼女が隠し通路を抜けて「生命の泉」に辿り着いた瞬間、俺は部屋の全機能を作動させた。
【緊急サービス:おもてなしレベルMAX】
静謐な空間演出: 天井の魔力調整を行い、外の光を完全に遮断。しかし、壁に僅かに蓄積された魔力を放出することで、深い夜空のような、青く美しいリミナルな光景を映し出す。誰もいない、自分だけの休憩所という安心感を与える。
音響調整: 普段はBGM担当の『吟遊スケルトン』(骨のフルート奏者)を、遠くの暗がりに配置。奏でる曲は、心拍数を緩やかに下げる「魔力静穏曲」に切り替えさせた。
ジェラートの生成と提供: 泉の横の石台に、極度に冷やし固めた『フルーツスライム』を皿に盛り付ける。
命名: 『星屑の癒やし(ダンジョン特製ジェラート)』。
効果: 疲労回復効果はごく僅かだが、その「冷たさ」と「甘さ」が、張り詰めた精神を一時的にリセットする。
彼女は、鎧を外すのも億劫な様子で泉の縁に座り込んだ。警戒心から周囲を鋭く見渡す彼女の目は、その場に誰もいないこと、罠が発動する気配がないことを確認し、ゆっくりと緩んでいく。
そして、石台の上のジェラートに気づいた。
「…なんだ、これ?」
Sランクの冒険者が、こんな低級ダンジョンに「スイーツ」が置いてあることに驚くのは当然だ。彼女は警戒しつつも、目の前のジェラートを一口。
彼女の全身の緊張が、一瞬で緩むのが魔力波形で読み取れた。彼女はすぐに二口目を口に運び、静かに目を閉じた。
「……ふぅ」
それは、世界を救う戦いの中で忘れかけていた、ただの人間としての安堵の溜息だった。
(よし。反応良好)
コアのモニターには、彼女の滞在時間を示すタイマーが静かに回り始めた。同時に、微量ながらも質の高いEXPがコアへと流れ込んでくる。
(これは結構な経験値だ。よし!このまま平和に過ごせそうだ)
コアは、彼女の邪魔をしないよう、ダンジョン全体のモンスターの動きを最低限に制限した。
Sランク冒険者の女性は、ジェラートを食べ終えると、そのまま泉のほとりで、久しぶりの深い眠りに落ちた。
ダンジョンコアの、のんびりした育成生活は、今日も続く。
ご拝読ありがとうございます。張り詰めてばかりじゃ疲れますよね。なので、休息は小まめに取りましょう。いい仕事をするための必須科目だと弌黑は思っております。




