魔王の手先
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
「おはようございます、総代表」
朝、執務室に入った俺を
秘書にクラスチェンジした妖精ティカが出迎える。
相変わらずのギャン中アル中ヤニ中ではあるが、
前と同様仕事に関しては優秀だ。
「ありがとう。午前中の予定は?」
「珍しく何もありません。
3年振りの暇な午前です」
この3年間、俺は神聖人類同盟の
総代表として身を粉にして働いた。
今この世界の教会権力を取りまとめる
教皇サマの前で3年前に宣誓した通り、
貧民の救済と、泥棒貴族の粛清を進めていった。
流れた血の量も、決して少なくはない。
「本当に珍しいな。
普通なら何か適当な予定を
ねじ込むじゃないか、君が」
「御主人様のメンタルコントロールも
出来る秘書の務めというものです」
確かにその通り。毎日本当に助かっている。
優秀な秘書のサポートと、
諜報と汚れ仕事を一手に引き受ける忍者の暗躍と、
俺を全肯定する神の言葉を語る教皇の後見と、
残された魔物との橋渡しである魔王姫との同盟。
このどれが欠けても、
今の俺の安定した世界統治はありえない。
だがそれはそれとして。
「なるほどな。ところで、
観光復興計画の一貫のグランカジノ、
今日でグランオープン1ヶ月だな」
「……そうですね」
「だいたい1ヶ月らしいな。
スロットの高設定」
「…………」
「午後の仕事は3時からだ。
それまでに戻ってくれ」
「かしこまりっ!!」
あいも変わらずどいつもこいつも、
頼れるクソ野郎共だ。
「やれやれ……」
欲望は、コントロールできる。
金持ちは喧嘩しないのだ。
だが道徳は、コントロールできない。
凶行に走るヤツは皆必ず正義を叫ぶ。
人間の本質は悪だ。
正義とか愛とか勇気とか、
そういうのはすべて、
社会がなぁなぁに動くためのお題目でしかない。
契約するなら友情よりも、カネの方が信頼できる。
信仰の中でも、狂信は絶対に揺るぎない。
強固な同盟は、婚姻と子供が利用される。
その子供の生まれ方など関係なく。
オンオフは重要で、適度なギャンブルもいい刺激だ。
そう、俺達は知っている。
綺麗な理性で生きる人間よりも、
欲望を制御下に置いた人間の方が強くなれる。
綺麗事では世界は動いていないのだから。
「ただひとつ言えるとしたら。
俺達はきっと全員、
マシな死に方は出来ないだろうな」
そうため息をついて、
俺は昨日の夜のニュースを再生する。
『神聖人類同盟を支配する勇者、
ヤツはもはや魔王と何も変わらない!
あの魔王を討たずして、人類に未来はない!
ヤツがどれだけの人間を殺したのか!?
どれだけの人間から土地とカネを奪い、
無意味な浪費を行ったのか!?
我ら正統連合王国は、
魔王とその支配を受け入れるゴミ共を
一掃するまで、決して戦いをやめん!
ヤツらの言う一方的な話し合いなど、
最初から最後まで無意味である!
我々は戦う! 我々は魔王に抗う!
そう、我らこそが勇者なのだ!』
よく言う。権力にしがみつく貴族共が。
だが、あれこそが人間の、本当の姿なのだろう。
「……警告は何度もした。
市民の退避勧告も入れた。
まだ残っているなら、俺はもう知らん」
俺は今、魔王と呼ばれている。
仕方のないことだ。
全員を幸せにすることなんてできない。
人類は奪い合うことしかできない愚か者だからだ。
だからこの世界もいずれ滅ぶ。
俺が滅ぼさずとも、誰かが世界を滅ぼす。
俺に出来るのは、
それを少しでも先延ばしにすることだけ。
その中で、最大多数の幸福を確保するだけだ。
俺は自分の行動が正しいとは思っていない。
そもそも、絶対に正しいことなど、
世間知らずの女神様の脳内にしか存在しないのだ。
どれだけ己の行動を正当化しようとも、
俺が大勢の人間を殺したという
数字的な事実は変わらない。
悪人も善人も同じ1人なのだから。
仮に何もしなければ5万人が死ぬ未来を
俺が1万人を殺して回避したとしても。
俺は4万人を救った勇者ではなく、
1万人を殺した魔王になってしまう。
何故ならその死んだ5万という数は、
死んだ『かもしれない』数でしかないからだ。
さて。俺がその判断を下すとして、
たった1人がそんな大勢を殺す方法。
そんなもの1つしかない。火だ。
人類の歴史は、火の発見と共にある。
この星のあらゆる生物の中で
人類だけが火を使う。
たとえ火が大勢の命を奪うとしても、
どれだけ人が火を恐れたとしても。
火はあくまで道具でしかない。
火は意思を持たない。
そうだ。火は、人類の手先だった。
人は弱い。どこまでも卑怯な臆病者だ。
それでも俺は力を振るおう。
その力を振るう、意思を示そう。
だから、誤解しないで欲しい。
悪いのは俺で、俺の嫁となった彼女ではない。
彼女は、魔王の手先でしかないのだから。
賢者の予言は正しかった。
確かにあの時の俺達の中には、
魔王の手先が紛れ込んでいた。
そして勇者は、魔王の手先によって敗北する。
ここに今、予言は成就する。
その正しさは後の歴史が決めるだろう。
平和を愛する欲しがりの臆病者が書くことになる、
歴史というフィクションが。
この物語はフィクションである。
そのフィクションから、考えて欲しい。
『力』という手先の意味と、その使い方を。
だがひとつ。ひとつだけ言うとすれば。
悪行を成したクズにハッピーエンドは、訪れない。




