魔王の内通者
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
俺達は、今までの長い旅の道のりの逆、
凱旋の帰路を歩んでいた。
立ち寄る街々で俺達は大歓迎を受ける。
そこでの人々の笑顔を見るたびに、
俺達は自分達の成し遂げた成果を実感する。
魔物の脅威は消え、
世界に平和もたらされた。
その平和を勝ち取ったのは、
俺達5人+1の勇者パーティだ。
達成感と開放感が合わさり、
幸せの中で笑うそれぞれの仲間たち。
俺達6人の中の笑顔になれているのは。
いや、笑顔になれていない者は。
3人だ。
「よっ。なんやずっと気難しげな
顔しとるやないかい、勇者のあんちゃん」
「……鏡見て言えよ」
その内の1人が、盗賊シールだ。
あの魔王城の戦いで魔王にトドメを刺して以来。
俺はこいつの笑顔を、見ていない。
「イットは?」
「腹一杯飯食って寝とるわ」
「そうか。ならお前も
俺に本当の話が出来るってことだな」
盗賊は無言で酒瓶を差し出す。
俺は軽くため息をついてグラスを返した。
盗賊が俺のグラスに酒を注いだのを待って、
俺はそのまま酒瓶を貰い受け、
軽く瓶を確認してから、
こちらでグラスを選んで、
瓶の口をぐるりと一回転させつつ酒を注ぐ。
キン、と乾杯の音色が響いた後。
俺は酒に口をつけるふりだけして横目を見る。
盗賊は何かに怯えたような表情のまま、
無警戒に酒を口に入れて、ため息をついた。
それを見て俺も酒を煽る。
「わいな、内通しとったねん」
「……そうか」
知っていた、わけではない。
だが予想はしていた。
それほど驚くような話でもない。
「最初から、ずっとや。
わいは、オニワバンを通して
魔王軍の誰かからカネを受け取り、
オニワバンを通してあんちゃんらの情報を
魔王軍に流しとったんや」
「……そうか」
今更だ。今更何も、言うことはない。
魔王は滅び、魔王軍ももうない。
それになにより。
「俺達4人から受け取る友達料の方が、
途中から多くなってたんだな」
「あぁ。友達割引込でな」
……ギリギリ、だったのか。
あの時のダンジョンで、
魔将軍から裏切りを唆された瞬間は。
「まぁ、強い魔物ほどやたらカネを落とすからな。
魔王城に近づくにつれ魔物が強くなるのなら、
どこかで額が逆転するのも当たり前だったな」
「この世界のインフレ率どうなっとんねん」
それは俺も思う。
最初の国の宿屋は4Gだったのに、
この村の宿屋は1200Gだぞ。
「裏切り者のわいを、斬るか?」
「……なんのことかわからんな。
お前はカネ次第で平然と嘘をつくやつだ。
俺は今更お前の言葉なんて信じない」
微妙な顔を隠すようにそっぽを向いて
酒を煽る俺。顔が赤いのは、酔っているせいだ。
「……ありがとな、あんちゃん」
「そう思うならここはお前が奢れ」
「それとこれとは話が別や」
……あぁ、本当に。
本当にこいつは。
守銭奴の、クズ野郎だ。
「で? 話は終わりじゃないだろう?
本題に入れよ」
「…………」
びくりと盗賊の背筋が震え、
赤くなっていた顔が青くなる。
やはり、ここからだ。
「……わい、ドラちゃんに惚れられてるらしい」
「らしいってなんだよ。
どう見ても惚れられてんだろ。
お幸せに。今晩もお楽しみじゃねぇのか?」
そう冗談めかして言うと。
「あんちゃんはどーてーだから
そんなことが言えるんや!!」
突然大声でセンシティブなことを叫ぶもんだから
酒場内の目が一斉にこっちを向く。
この野郎……!
俺は勇者だぞ……!
全世界に顔が割れてるんだぞ……!
近い将来確実に英雄譚が書かれることになる
俺のプロフィールの右端に
『※どーてー』と書かれたらお前のせいだぞ!
「……そんなにイットは凄いのか?」
「すごいなんてもんやない。
人間やないんやで、ドラちゃんは」
「すまん。そんな震えた声で言われても
俺には惚気話にしか聞こえん」
「わいの体が持たんのや!!」
「あーはいはい。ごちそうさまごちそうさま。
もうお前の話には付き合ってられん。
くそっ、心配して損した。
ただ女の尻に敷かれてるだけじゃねぇか。
せいぜい首輪でもつけとくんだな」
「わいはそんな変態じゃないんやぁぁああ!」
まったく。本当にくだらない話だった。
ま、お前とイットに子供が生まれたら、
名前くらいは俺が考えてやるよ。
お幸せにな、相棒。
まったく……
いいんだよ、どーてーで。
俺はまだ右手が恋人でいい。
そう、俺の戦いは、まだ終わってない。
むしろここからが本当の戦いだ。
「そうだろ……兄さん?」
夜風の中で星を見上げた俺の前に
軽いそよ風と同時に香水の香りが流れてきた。
そう、戦いはまだ終わっていない。
終わっていないから、笑顔になれない。
それは君も同じだろう?
「こんばんは、勇者サマ。良い夜ね」
裏ボスとの戦いは、これから始まる。




