魔王の娘
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
賢者ハイセの予言。
曰く、このパーティの中に1人、
魔王の手先が居る。
既に冒険はラストダンジョン。
この魔王城の攻略中に裏切り者を特定しなければ
魔王に敗北する可能性となる。
とはいえ、その正体はまるで見えてこない。
ここで勇者は改めて、その賢者の言葉から考え直す。
(『手先』とは、なんだ……?)
裏切り者を示す言葉は他にも考えられる。
内通者。
自己の利益のため、情報を漏らす情報提供者。
信奉者。
相手に心酔し、その言葉を正しいと信じて動く者。
身内。
相手と縁があり、情で揺らぐ者。
ここまでは基本的に皆、個人の意思が残っている。
最終的な決定権は己の意思に左右され、
より強い『思い』で行動方針を上書きできる。
それが不可能な状態にまで支配が進んでいるなら、
『配下』もしくは『下僕』といった言葉が
使われることだろう。
では、『手先』とは何か。
様々な解釈が出来る言葉だが、
勇者はここで自分の『手』を見る。
(……俺の手は、その指先に至るまで
すべて俺の物だ。俺の意思通りに動く。
手も指も勝手に動かず、勝手に考えない。
つまり、手先とは……)
己の意思がない。ただ、使われるだけの道具。
だが、そう言葉の意味を考え直したとしても。
(全員、魔王と通じている様子がまるで見えない。
俺の目から見てもそうだが、
全員の行動を監視しているはずの
盗賊の目も欺いているのはありえない)
もう考えている時間はない。
ここに至って、俺は強引に確信する。
(俺達の中に魔王の手先はいない。
少なくとも、この城の主は無関係だ)
だからこそ。
「よく来た勇者よ……」
俺は今、後ろを信じて前を向き、剣を構える。
「いくぞ魔王! 最後の戦いだ!」
そして俺達は魔王を倒した。
万全を期してのここまでの旅。
最初から魔王に負ける要素など、
これっぽっちも存在しなかったのだ。
「やったで勇者のあんちゃん!
わいら、やったでぇぇぇぇええええ!」
盗賊シールは心の底から笑っている。
やはりこいつは、頼りになる仲間だった。
魔王が落としたドロップは、
すべてこいつに渡してもいいと心から思える。
「ふぅ、分裂とかしたら面白かったんですけどね」
魔道士メイは相変わらず範囲攻撃が苦手らしい。
常に数が少ない方につき、
1対多の戦いと炎に酔う狂人。
仲間割れから敵になられなくて本当に良かった。
「すべては神の御心のままに」
僧侶スターシはこんな時でも、
いや、こんな時だからこそ祈りを捧げる。
信仰に疎い俺も彼女の言う神に違和感は覚えるが
あくまで個人の主義。信仰は自由だ。
「……最後までキモかったな。クソオヤジ」
騎士イットはずっと優しく素直で純粋で、
最後の戦いでも頼りに……
うん? 今、なんて?
「い、イット? その……
今の、俺の聞き間違いじゃなければ、
なん、だが……その……」
「あぁ。もう隠す理由もないな。
あたいは魔王の娘だよ、勇者」
「な……」
「なんだってぇ!?」
「なんですってぇ!?」
「……はぁ」
「…………」
あ、2人知ってたやつらがいる。
ちくしょう、そういうことか。
「勘違いしないで、勇者。
あたいは自分の意思で親父と戦った。
あんたのことは……
いや、みんなことは仲間だと思ってるよ。
だから今は、みんなと同じ気持ちだ。
魔王を倒せた。旅がハッピーエンドで終わる。
だけど、その喜びに浸る前に。
少しだけクソオヤジに別れを言わせてくれよ」
「……わかった」
同じだ。今までの騎士イットと、同じだ。
どこまでも素直で、どこまで純粋で……
どこまでも誇り高い、騎士だった。
「ダメ、だったわね」
「スターシ……?」
魔王の遺体に祈りを捧げ、
魂の葬送を進めていく騎士に手を貸すこともなく、
僧侶はぼそりと俺に囁いた。
「私はあの子の正体を知っていた。
あの子を蘇生した時、
その心に触れてしまったの」
「あの時……」
そうか、だから騎士の秘密を……
騎士が魔王の手先で、
裏切り者の正体だと、知っていたのか。
「旅のきっかけはおそらく、
ただの思春期の反抗期だった。
けど、あの子はあの子なりの良心があり、
魔王の非道に怒る人の心があった。
あの子が父親への愛と、悪への怒り、
その2つに折り合いをつけることができれば、
こんな形でない結末が……
愛で戦いを終えることが出来たのかもしれない。
私にはそれが、少しだけ。
少しだけ、残念だわ」
「……そう、だな」
それが、スターシ、君が……
君が裏切り者がイットだと知りつつ、
ひた隠しにしていた、理由だったのか。
「……話してくれれば、俺にも。
俺にも何か、出来たかもしれないのに」
「無駄だよ」
つい、ぼそりと溢してしまった俺に
祈りを終えた騎士が決意の瞳で語りかける。
「キモ親父は狂っていた。
だから、それを止めるのも娘の役目だ。
これはあたいの役目で、
あたいの運命だったんだ」
「……そうか。ありがとう。
ありがとう、騎士イット」
俺達の旅はここで終わりだ。
ここから俺達はそれぞれの人生を歩む。
(イット、君は……
君はシールとどうか幸せに……)
ふっ、と笑って俺は仲間の、
いや、大切な友の笑顔を見ようと
振り向くのだが。
(……なんだその顔は。
ここは幸せで笑うとこじゃないのか?
お前さぁ……)
(まだなんか隠してるな?)




