僧侶と魔道士の懺悔
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
「みんなどこ行っちゃったんでしょう……」
「深い森の霧ではぐれたみたいね。
大丈夫よ、絶対そのうち合流できるから」
不安げな魔道士に対して
何の不安もなくマイペースの僧侶。
方位磁石も効かない樹海の中、
僧侶は魔道士に手を引いて歩き続ける。
「僧侶さまは……」
「ん?」
「僧侶さまは、どうしてそんなに強いんですか?」
「……そうねぇ」
僧侶は少しだけ悩んだ後、
ぎゅっと魔道士の手を強く握って。
「今のあなたになら、話してもいいわね。
長い話になると思うけど、
最後まで聞いてくれるかしら?」
「もちろんです!」
確認を取ってから、軽くため息をついて。
「私はとても貧しい家に生まれたの」
「魔物のせい、ですか?」
「魔物とは関係ないわ。
むしろ、魔物が暴れてるおかげで
貧しい私の家が人間社会全体で言えば
平均的な貧しさの家になっていた。
魔物がいなければ、小さい頃の私は
もっと強く己の貧乏を意識して
卑屈になっていたと思う。
魔王と魔物はそうやって、
世界を平等化してるのよ。わかる?」
「そういう考え方もあるんですね……」
僧侶は言葉を探しつつ、
ゆっくりとした口調で
出来るだけわかりやすく語ろうと
努力しながら説明をしているように見えた。
そうでなければ、アホの子寄りの魔道士には
説明が通らないと思っているのだろうか。
「私のお母さんは敬遠な女神の信徒だったわ。
日々女神に祈り、信仰を大切にすれば
貧しい暮らしの中でも心だけは
豊かに暮らせると教えてくれたの」
「いいお母さんですね!」
優しい言葉に優しい返答。
そんな心温まる会話が。
「本当にそう思う?」
「っ……!」
唐突に、終わる。
「あ、あの、手……
少し、痛いです……」
「あぁ、ごめんなさい」
魔道士は一瞬ちらりと自分の片手を見下ろす。
白い肌には、僧侶の爪の痕が残っていた。
「別に教会にお金を寄付しすぎたとか、
教会での祈りに時間を無駄に使いすぎたとか、
そういう話ではないわ。
うちには最初から寄付するお金も、
無駄にする時間もなかったから。
むしろ、教会には感謝してる。
週に1度の教会のパンとシチューが、
幼い私の毎週の楽しみだったから」
「あ、そ、そうなんですね。
なら、その頃の経験があって僧侶さまは僧侶に……」
「えぇ。絶対なるもんかと思ったわ」
「え……?」
「信仰はね、言い訳なのよ。
祈れば幸せになるんじゃない。
祈れば幸せになると盲信するから幸せになるの。
かわいそうな私はかわいそうなままでもいい、
しょうがない、どうしようもない。
そういう思考停止が信仰なの」
「そ、それは……」
「人が幸せになる方法は2つしかないわ。
わかる?」
「え、えっと……えっと……
勉強で獲得できる知識の力と……
あ、知識を気付かせてくれる友達の会話!
あと、美味しいご飯とか、よく寝るとか……」
「カネと愛よ。それ以外にないわ」
極論も極論。
だが、僧侶の目には有無を言わせない力があった。
「知識。それも重要ね。
友達も、美味しいご飯も大切。
趣味を持つのもオススメだし、
ゆっくり寝たり、時には旅も悪くない。
ペットを飼うのもいいわね。
私は猫派。あなたは?」
「ウサギ派です……」
「そう。でもね。
今のすべて、カネがないと成立しないの。
といっても、盗賊の坊やの生き方は違う。
カネを目的にする人生は愚かだわ。
あれは結局カネに支配されているだけ。
カネは道具よ。幸せになるための道具。
そして、これが一番重要なこと。
カネがあっても幸せになれるかは人それぞれ。
でもね、カネがないと100%不幸になるの」
「100%……」
「そう。100%。そしてその数字は、
信仰じゃ絶対に改善しない。
貧乏と理解したらね、
カネを稼ごうと努力するしかないのよ。
貧乏を受け入れたら終わりなの」
「なるほど……それは、わかりました。
でもその、えっと……もう片方の……」
「セックス」
「そ、それ! それはわかんないです!」
「そうね。けど、すればわかるわ。
人間も動物だから。ケモノだから。
セックスすると幸せだと勘違いしちゃうの。
そういう悲しいサルなのよ、人間って」
「そんな言い方は……」
「人間も動物よ。
ただし、社会を作る動物。
だから、社会で幸せになるためのカネと、
動物が幸せになるための愛。
これが結論なのよ」
「……えっと」
有無を言わせぬ圧力に。
「反論できる?」
「……その」
息が。
「反論しなさいよ」
「…………」
詰まる。
「できない……です……」
「はい。証明終了。
だから女神の言葉は無意味で、
私が信じる神様の言葉だけが真実。
世間で言われる、邪神の言葉がね。
話は終わりよ。そして、あなたも終わり」
「っ!?」
どくんと鼓動が跳ね、胸が痛み出す。
咄嗟に胸を押さえるが、もう、
息が、でき、な……
「即死魔法なんて字面だけで見れば
インスタントに殺せるように見えるけどね。
時間がかかるのよ、これ。
だから話に付き合ってもらった。
それに私、最近祈る時間が作れてないからね。
こうしてわかりやすい言葉にして
反論できないことを証明してあげないと
私自身が信じられなくなるのよ。
この狂った教義をね」
「……っ! ……っ」
「残念ね。本当に残念。
エルフちゃんの知識を共有し、
私の心にも踏み込んだ影なら、
反論してくれるかも思ったのに。
反論さえしてくれれば、
あなたに食われても良かったのに」
「……っ……ぁ…………」
「じゃ、さようなら。
あなたにも私は救えないわ」
僧侶が握った片手を、離す。
同時に魔道士の影の体が崩れ落ち、
まもなく、動かなくなった。
「はぁ……」
ひと仕事を終えた僧侶はため息をついて。
「知識をコピーしても、
性格や趣味嗜好はコピーされないの、
少し面白かったわね。
どこで入れ替わったのかわからないけど、
あなたはエルフちゃんじゃない。
エルフちゃんであるはずがない、
致命的な理由があったのよ」
息絶えた遺体を埋葬することもなく、
僧侶は適当に歩き続ける。
しばらく歩き進むと、
足元に息絶えた魔道士の遺体が見えてきた。
即死魔法で死んだ、目を見開いた遺体が。
「同じとこに戻ってきちゃった。
樹海って方向感覚狂うのよね。
まぁいいわ。絶対そのうち合流できるから」
そして僧侶はまた、歩き続ける。




