騎士と盗賊の逢瀬
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
「ドラちゃん!」
「シール!!」
霧の中。不安に怯えていた騎士に
盗賊の声が届いた。
安堵でつい騎士の目から
涙が流れてしまう。
「大丈夫だったか?
心配したで」
「うん! なんとか……」
「そかそか!
この森、おかしな魔物がおるでな。
もう会ったか?」
「おかしな魔物?
いや、まだ……」
「あー、いや、ええんや。
悪いな、不安になること言ってもうて。
大丈夫やで、ドラちゃんは
わいが守ったるわ!」
「シール……!」
今日の盗賊はいつもより優しい。
いつもより、かっこいい。
いつものようないい匂いはしないが、
その言葉に騎士の乙女心が揺らいでしまう。
「頼むでドラちゃん。
わいを信じて欲しいんや。
わい、ドラちゃんになら
なんでも話すさかい……
ドラちゃんもわいに、
全部話してくれや。な?」
「うん……うん!
わかった! わかったよシール!
シールにならあたいの秘密も
全部話すから!」
にじりにじりと騎士に近づく盗賊。
乙女のスイッチが入ってしまった騎士は
盗賊が背中に隠したナイフも目に入らない。
(はっ、チョロいぜ、
勇者パーティとやらもな。
あと3歩近づけば、
回避を許さず首斬って終わりだ。
さようならだな、恋する竜の騎士さんよぉ)
その正体は影の魔物。先刻盗賊と遭遇し、
盗賊の姿と記憶を完全にコピーした魔物は、
その場での盗賊との接触を避けた。
その理由がこれ。
魔物は盗賊の記憶を読み、
騎士が自分に惚れていることを理解し、
騎士に甘い言葉を囁やければ、
このとおり簡単に殺せると理解したのだ!
……記憶読まれた魔物にすらわかるのに、
なんで本物はわからないんだ?
「……シール」
「なんや? 大丈夫やで。
わいを信じて。
信じて近くにきてや」
あと2歩……
「いいの?
本当に近くに行っていいの?」
「もちろんや!
わいはドラちゃんのこと、
全部受け止めたるで!
せやから……」
あと1歩……
「うん……じゃぁ。
それじゃぁ……」
「っぅ!?」
ぞくりと謎の悪寒で、足が止まる。
が、もう遅い。何故ならば……
「もう、食べちゃうね」
「!?!?!?」
相手の触手の方が、射程が長いから。
「あっ……がっ……!」
「えへへ……」
「や、め……」
「いひっ……うぇひっ……」
「あ……ぎ……」
「うぇひひひひひひ……」
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「ドラちゃん!」
「シール!!」
霧の中。不安に怯えていた騎士に
盗賊の声が届いた。
安堵でつい騎士の目から
涙が流れてしまう。
「大丈夫だったか?
心配したで」
「うん! なんとか……」
「そかそか!
この森、おかしな魔物がおるでな。
もう会ったか?」
「おかしな魔物?
あ、うん……会ったような、
会ってないような……
でも、なんだかとっても
楽しい夢を見てたような……
あっ! シールは!?
シールは大丈夫だったんだな!?
その傷、大丈夫なの!?」
「あー、うん。
全部返り血やさかい。
大丈夫、大丈夫、なんやが……」
「ほんとに!? ほんとにだよね!?」
距離を詰めようと駆け寄る騎士に対し
無意識で距離をあけてしまう盗賊。
目をそらしつつ、己の獲物を構えたまま。
盗賊はまだ、命の危機を覚えていた。
そして。
(まずいで……わいは……
わいは、大変な秘密を知ってもうた……)
その命の危機アラートは、
おそらくこれからも永続的に響き続ける。




