裏切り者、処断
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
「まさかとは思っていましたが。
本当にここまで来られたのですか……姫様」
魔要塞を指揮する魔将軍。
カエル型の魔物ゲーロは、
幼い日の魔王の娘、イットを覚えていた。
「魔王様が気まぐれに襲った人間の女の娘……
やはり、幼い内に殺しておくべきでしたな」
仮に、魔王が突然崩御した場合。
魔王の血を引く者が残っていれば
魔王軍の内の権力闘争が厄介なことになる。
少なくとも、事実上のナンバー2である自分が
そのまま次期魔王に就けなくなってしまう。
同じようなことを考え、
幼いイットを亡き者にしようと企んだ魔将軍は
1人や2人ではなかった。
そんな幼少期の地獄が今のイットの
呪いと毒の完全耐性を形成している闇。
そんな幼少期の地獄を過ごしながら
素直ないい子に育った光。
騎士イットはまさに、光と闇の境界に立っていた。
「しかし……助かりましたよ、姫様。
あなたが勇者と共に来てくれてね。
あなたは勇者の隣に居てさえくれればいい。
それだけであなたは、
勇者パーティの裏切り者として機能するのです。
魔王様を裏切ったあなたが、ね」
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「第3波、来るよっ!」
「こんちくしょぉぉぉぉおおおお!!」
目の前で高価なオブジェクトを破壊された怒り。
誰にも当たれないその感情が盗賊のバフとなり
彼を無敵の狂戦士に変えていた。
(結果オーライ……か?)
一騎当千の無双をする盗賊背中を
勇者が神妙な面持ちで見守る。
(……隙だらけだな。今ならやれる。
あの時の、兄さんのように)
どくん、と勇者の鼓動が跳ねる。
裏切り者、盗賊シール。
その裏切りを未然に防ぐベストな方法が
裏切る前に消すことは、シンプルな帰結である。
(あの時の……ように)
勇者は既に覚悟のスイッチが入っている。
ここで盗賊を失うのは大きな痛手だが、
それでも魔王は十分倒せるはず。
なによりこの乱戦だ。
事故は自然に起きるもの。
あの時と同じように。
(悪いな、シール。
今までありがとう。
世界のためだ……死ね)
稲妻をまとった必殺の勇者の剣が、
盗賊の背中を、襲う。
確かな、手応えがあった。
「ぎゃぁぁぁぁああああ!」
「なっ……!」
「嘘……?」
「どうして……?」
その一瞬を見た全員が、目を疑う。
何故……
何故勇者は……
何故そのタイミングで盗賊を守れた?
(…………)
全員が驚く中、一番驚いていたのは勇者自身だった。
(突然、目の前に敵が現れた……!)
次の瞬間。
「あんちゃん! あぶねぇ!」
「っ!?」
突然感じた後ろからの殺気に
勇者が強引に体をひねって反応するが、
一瞬、間に合わない。
(やられる……っ!)
「やらせねぇぇぇぇええええ!」
盗賊の一閃が、今度は勇者を守った。
その直後、妖精が叫ぶ。
「テレポートです! 乱戦の中で
新手が直接送り込まれて来ています!」
「なっ……!」
「シールっ!」
「わぁっとるわドラちゃん!」
騎士が戦場を飛び、盗賊を回収。
渓谷の後方、僧侶と魔道士の後ろに
盗賊が再配置される。
直後、後方に敵がリスポーンした。
「挟撃される……!」
「防戦だ! 前を俺が! 後ろをシールが!
イットは中央の3人を守れっ!」
「了解や!」
ここまでの戦い、
なんやかんや疑心暗鬼にありながら
勇者も盗賊もお互いの背中を任せ合っていた。
故に効率的に敵を殲滅できていたし、
背中に隙が生まれていた。
逆に、最初から一人で全方位を警戒するなら、
唐突なリスポーンからの攻撃にも対応できる。
精神と肉体、特に精神面の消耗が大きいが、
この陣形ならテレポートを絡めた攻撃にも
対応が可能となる。
勇者パーティは一騎当千。
魔王軍の側にすれば、最初の不意打ちが
最初で最後のチャンスだった。
そしてその最後のチャンスが、
勇者による偶然の裏切りで、
打ち消されたのだ!
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「次っ!」
「ゲーロ様! もう戦力がありません!
これ以上テレポートで戦力を送り込めません!」
「くっ……勇者めぇぇ!」
テレポートには、マーカーが必要だ。
勇者たちは渓谷内のマーカーを破壊している。
しかし、マーカー無しのテレポートを
可能にする方法がある。
それが、事前に契約した個人の体を
マーカーにする方法である。
実際妖精は、パーティ分割に備えて
5人と馬車の馬と契約を結んでいた。
一方の魔将軍ゲーロ。
彼は、幼い日の魔王の娘イットを
マーカーとして契約登録していた。
これがゲーロが勇者パーティを始末するための、
必勝の策だったのだ。
が、しかし……!
「そこまでだ! 最後の魔将軍!」
その策が、今破られた。
もはやゲーロに手駒はなく、
彼の命運はここに尽きる運命だ。
「ちぃっ……!」
ゲーロが司令室に乗り込んできた一同から
騎士を見て睨みつける。
その無言の凝視には、意思が込められていた。
(姫様……!
あなたが魔王の娘なら、
今ここで後ろから勇者を……!)
一方の騎士は。
(こいつ、親父と同じくらいキモいな……
しかし、なんであたいのこと見てんだ?
明らかにやばいのは勇者だろ)
昔のことすぎて覚えていなかった。
そして。
(あーあ、言わんこっちゃない)
最後は、呆れ顔。
「覚悟ぉぉぉぉおおおお!」
意識の外からの勇者の一閃が、
ゲーロを一刀のもとに斬り伏せたのだった。
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こうして勇者パーティは魔要塞を攻略した。
が、ここにひとつ、
謎が残っている。
(どうやって敵を送ってきたんだ……?)
勇者からは既に妖精に質問が飛んでいる。
それへの回答は。
「わかりませんっ!」
嘘である。彼女は答えを知っている。
(騎士様がマーカーにされていました。
騎士様はどこかで敵と契約していた。
裏切り者は騎士様でしたか……意外ですね。
ま、居た方がいいので黙っときますけど。
全世界共通の敵である魔王を倒した後にあんのは
人間同士の血みどろの戦争だって
なんでわかんないんすかねあのアホ女神)
「ふむ……」
ともあれ勇者はこれを信じる。
彼はこの妖精を
ちょっと頭がおかしいマスコットと侮っており
完全にノーマークなのだ。
「しかし、そうなると……」
「えぇ。ヒントはさっきのこの子の話」
それはそれとして妖精の
サポーターとしての能力は信じている。
となれば勇者も僧侶も、
先ほどの妖精の説明を思い出す。
――現状私が記憶しているテレポート可能な地点で
一番近いのが50km手前の街の教会です。
あとはパーティ分割に備えて
馬車とみなさん個々を記録しているのみですね。
そう、個人をマーカーに記録は可能。
勇者も僧侶も、以前に同じ説明を受け
妖精と契約を結んだのを覚えていた。
「裏切り者の魔王の手先が、
マーカーとして契約されている」
故に、その結論に至って当然。
そして、その危険性は言うまでもない。
これを放置すれば、
寝ている間に敵を送り込まれるという最悪もある。
「ここまで寝ている間に送り込まれなかった理由は
おそらくテレポート可能な範囲の問題ね」
「あぁ。丁寧にダンジョンを潰した甲斐があった。
しかし、この先は魔王軍本拠地で、
鬱蒼とした樹海が広がっている。
この先は、寝首をかかれる範囲内だ」
つまりもう四の五の言えない。
ここで裏切り者を処刑するしかないのだ。
「さて……」
大きく息を吐いて勇者が振り向く。
その視線の先にあるのが。
「うっ……!」
この顔である。
「……もはや問答は不要だな。
何か最期に言うことはあるか?」
「う……あ……あぁ……」
ちらりと盗賊が騎士に横目を向けるが。
「…………」(ふるふる)
(女にも見限られたか……
哀れなやつ)
勇者はここに、この数日頭を悩ませた
賢者の言葉に端を発する裏切り騒動の
終わりを見ていたが。
(……本当に?)
僧侶はこの終わりが信じられない。
裏切り者は騎士。
彼女が魔王の娘である以上、
幼い日の彼女を知る魔将軍が
事前に契約をかわしていた可能性は極めて高い。
が……
(あの最後の魔将軍を見たこの子の目。
あれは明らかに他人に向ける目だったわ。
素直でいい子の騎士ちゃんなら、
少なからず狼狽が表情に出たはず。
なら、この子はマーカーじゃなかった?
マーカーは盗賊の坊やだった?
騎士ちゃんはただ魔王の娘という
境遇を持つだけで裏切りとは無関係だった?)
ともあれ状況は終わろうとしている。
ここで勇者が盗賊を処刑し、話は終わりだ。
と。その時。魔道士が動く。
「はぁ。もう……だから言ったじゃん。
ほら盗賊君。背中のそれ、出して」
「う……っ!」
「出して」
「……うす」
と、なくなく盗賊が背中から抜いた、それは……
「おまっ……これ!」
「で、出来心だったんや!
もったいなくてっ!
まだ機能するなんて思ってなかったんや!」
騎士が破壊した、あのテレポートマーカーの
オブジェ、その一部だった!
「こ、ここだけでも売れる!
高く売れると思って!
だから! だからぁ!」
「「「「…………」」」」
全員がため息をついて、そして。
「前の街まで、50kmだったか」
「え……?」
「妖精。こいつを飛ばしてやれ」
「あんちゃん!?
ゆ、許してくれんのか!?
わいを許してくれんのか!?」
「あぁ。だが妖精にも無駄な魔力を
使わせるわけにはいかんな。
慈悲は片道分だ。とっととそいつを売って
帰りの50kmは走って帰って来い! 以上!」
呆れ顔で消える盗賊を見送った
勇者の表情は複雑だった。
守銭奴のクソ。
使い勝手のいいコマ。
頼りになるヤツ。
そして。
命の、恩人。
(今度は避けてくれたよ、兄さん)
勇者一行、魔要塞攻略完了。
裏切り者は、まだ特定されず。




