魔要塞攻略前夜
この物語はフィクションです。
この物語には社会的倫理観から
著しくかけ離れた描写があります。
「イット、少しいいか?」
「勇者? あたいに何か用か?」
騎士イットに声をかけた勇者。
騎士はいつものような
素直で優しく純粋で、
それでいて騎士の誇りを感じる信念を持った
顔つきを返したのだが。
(気の所為でなければ、
表情になにか違和感が見えたな)
この違和感自体は気の所為ではない。
生物的本能から勇者を恐れる騎士。
ここまでの旅で培った信頼補正はあれども、
根源的な恐怖感情は決してゼロにならない。
そして勇者がその小さな違和感に気付いた理由が
僧侶が騎士を疑っているというバイアスだった。
(今はもういつものイットだ……
優しく、素直で、純粋で、誇り高い。
とても信頼できる仲間。
この子が裏切るなど、想像できない。
スターシ、一体君はイットの中に
何を見ているんだ?)
「おいおいあんちゃん、
何怖い顔してんのや。
にらめっこか?
ドラちゃんが怖がるやろ」
「シール!」
無意識に勇者の足が半歩下がる。
勇者の中での本命、盗賊シール。
そんな彼が駆け付けてのイットの顔を見て
勇者は理解した。
(……君、シールが好きだったのか)
どーてーの勇者ですら一目で気付く真実。
盗賊の目は節穴らしい。
(となると、まずいな。
そういうことだったのか)
つまりは、こうだ。
盗賊は魔王軍に買収されていた。
が、その額は友達料の合計より少ない。
よって盗賊は前と同様、
買収された『ふり』だけをして
『まだ』俺達の味方で居る。
しかし、その複雑な動きを
素直な騎士は理解できなかった。
愛する盗賊が買収され、
既に裏切っていると誤解した騎士に魔王軍が接触。
愛する男の力になるため、
彼女に裏切りを決意させた。
一方の盗賊はそれを知って泳がせる。
騎士を通してより魔王軍の情報を入手し、
いざというタイミングでは
騎士から自分への好意が裏切りを防ぐと信じた。
だが、それまでに追加の賄賂が渡されれば
当然盗賊は裏切るし、渡されずとも
騎士との恋の炎が燃え上がった上で
向こうに傾けば2人で裏切る。
僧侶がこの事実を知っていたのはおそらく
同性ということで騎士から恋の相談をされたから。
流石に騎士も同性というだけで
あの頭のおかしい2人には相談するわけがない。
(親父がいつも言っていた。
政治家は女を近くに置くなと。
女への好意は、いつだって俯瞰視点を曇らせ
正しい判断力を失わせる。
確かに俺はどーてーだが、
役割を考えればこそ、俺の恋人は右手でいい。
すべてを失って女1人を手に入れたいと願うほど
俺はロマンチストじゃない)
これこそが合理主義のマキャベリスト。
最強の勇者の思考である。
勇者は2人に背中を向けず、
にじりにじりと後退りで距離を取る。
2対1は、勇者でも厳しい。
「逃げないで話を聞きなさい。
あなたも男の子でしょう?」
「っ!?」
と、そんな勇者を背中から
軽く突き飛ばす僧侶。
一瞬だけ心臓が跳ねたが、
すぐにホッと安堵の息がこぼれる。
(助かったよスターシ。これで2対2だ)
勇者は僧侶を信じ切ったわけではない。
だが少なくとも今のパーティで
2番目に信頼できる仲間で、
最も頼りになる仲間だ。
(裏切っているはずがないと
一番信頼できるのは魔道士なんだが
頼りになるかで言えば別だ)
うーん、株価が勝手に下がる女。
ともあれ突き飛ばされてしまったので
その勢いでよろけたふりをして盗賊に接触。
一方の僧侶もにやにや笑いで騎士に接触し。
「お前、どこまで進んだ?」
「あなた、どこまで進んだの?」
その問いに2人は首を傾けて悩む。
(魔要塞の内部調査の結果なら
全部伝えてるつもりやけどなぁ。
何のことやねんあんちゃん)
(人類種の言うABCって
エナジードレイン、触手貫通、洗脳じゃないよな。
どういうプロセスなんだっけ)
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「では改めて、魔要塞の攻略計画を説明する」
妖精を含めた5人の前で
勇者はここまで悩みに悩み抜いた
魔要塞の攻略計画を話し始める。
「正面突撃。以上だ」
「「「「「はぁぁっ!?」」」」」
5人全員が驚きで立ち上がる。
残された魔王軍最大の拠点を前にして
あの時の支配魔城以上に難攻不落の要塞。
それに無策で正面突撃するというだけで
信じられないバカプランだが、
それが『この』勇者の口から出たのが
何より信じられない点だった。
「驚くのはわかるが、まぁ座ってくれ」
まぁまぁと5人に座るよう
ジェスチャーを取って。
「俺達はもう十分強い。
支配魔城の時とはレベルが違う。
魔王討伐も問題なく可能で、
敵が数百万だろうが無双できる。
むしろ、ここを魔王戦を前にしての
最後の経験値稼ぎの場とする。
目指すのは魔要塞の突破でも攻略でもない。
ここに巣食う魔物を全滅させてのレベリングだ。
もちろん、宝箱もすべていただいていく!」
石橋を叩いて壊して鉄橋をかけるのがこの勇者。
勇者は今ここに、魔王蹂躙に至る
最後の鉄橋をかけようと言うのだ。
「だが1つ。1つだけ懸念事項がある。
それは……」
改めて勇者が魔要塞周辺の地図を広げ、
とんとんとペンを叩き。
「この長い渓谷。前と後ろからの、挟撃だ」




