もぐもぐもぐもぐ(恍惚)
この作品はラブ要素が非常に薄く、ほぼコメディです。
「あれ?春日井さん、お昼そんだけ?」
「う、うん」
俺のクラスの男女は仲が良く、昼休みになると一緒にお昼ご飯を食べることが良くある。
高校生なので給食ではなく、持参したお弁当を持ち寄っての話だ。
今日は俺、玉手 雄武 を含めた六人で一緒にご飯を食べているのだが、女子の春日井の弁当があまりにも小さくてつい聞いてしまった。
だって卵焼き一切れにミニトマトが三個だけなんだぜ。小食の女子でももっと食べるだろ。
「山金さんも少ないし、薬師寺さんなんてサプリだけかい。そんなんで午後保つのか?」
ここ最近、女子の食事の量が妙に少ないとは思っていたが、今日のメンバーは極端すぎやしないか。
と思ったら男子達からツッコミを頂いてしまった。
「馬鹿だなぁ玉手。女子の気持ちを考えろって」
「そうそう。食べる量を控えめにしてダイエットしたいってことだろ」
そりゃあ俺だって最初はそう思った。
「いやいや、ダイエットなんてする必要ないだろ」
制服で隠れてはいるが、瘦せる必要がある女子なんていないように思える。
「あのなぁ。男から見た丁度良いと、女子の丁度良いは違うんだって」
「そうそう。女子は常に美しさを求めるものなのさ」
「へぇ~物見のくせに分かってるじゃん」
「男達の基準で考えないで欲しいよね~」
男共め、俺を共通の敵にすることで自分達の株を上げようとしやがったな。
だが俺は簡単に手のひらクルックルするような人間では無いのだよ。
「でも栄養しっかり取らないと成長しないぞ」
どこが、とは言わない。
センシティブな所も見ない。
その瞬間に俺は下ネタ大好き男子として認識されてしまうからだ。
もちろん俺の言葉は成長期の子供ならもっとしっかり食べなければダメだろうという普通の意味だ。
「どこ見て言ってるのよ。さいてー」
「授業中とかチラチラ私の胸見てくるもんね」
「何でそうなるんだよ!顔しか見て無かっただろ!授業中は授業に集中してるわ!」
くそ、しっかり対策してたはずなのにどうしてこうなった。
嫌そうにしてないで笑ってるから、単に俺を揶揄ってるだけか。
こういう時は大げさに反応して場の空気に乗るに限る。
「おんおんおん!俺は物見とは違うのに!」
「ばっ!何言ってるんだよ!」
「あれあれ?焦ってるってことはまさか本当に?」
「たーまーいー!」
そして俺を贄にしようと試みた男共を巻き込めばパーフェクト。
なんてふざけながらも、俺は内心で溜息をついていた。
「(ダイエットがブームとか最悪だ)」
俺にとって女子の最も魅力的だと感じる姿を堪能出来ないのだから。
このブームが去るまでは灰色の学生生活を送ることになってしまうに違いない。
「…………」
春日井さんとか、あんなに物足りなそうな顔しちゃって。
我慢しないで食べれば良いのに。
ーーーーーーーー
そんなある日のこと。
家族と一緒に回転寿司にやってきた。
「最近の回転寿司のラーメンはマジで美味いな」
「今日のびんとろちゃんと解凍されてるわね」
「お兄ちゃん、コーンとって」
「ほいほい」
「お兄ちゃん、コーンとって」
「ほいほい」
「お兄ちゃん、コーンとって」
「ほいほい」
「お兄ちゃん、コーンとって」
「コーン何個頼んだんだよ」
などと妹の相手をしながら俺も食べ進めてお皿を積み重ねて行く。
すると徐々に喉が渇いてきた。寿司を食べる時は基本的にお茶がセットだが、俺はお水も飲む。
「あ、お水がもう無い。入れに行ってくる」
テーブル席を離れ、水を補給しにお水コーナーへと向かった。
その帰りのこと。
「(うお、あの席の人達、めっちゃ皿積んでるな)」
俺は回転寿司では二十皿食べられれば多い方だ。
しかしその席では、いや、その席の一か所だけ山のように皿が積み重ねられている。
少なくとも四十皿は越えているだろう。
体育会系の男子だったりするのかな。
席に戻りながら皿の山に隠れたその人物をチラっとだけ見る。
「え!?」
思わず声が出て歩みを止めてしまったのは仕方のないことだろう。
だってその人物は、見るからに線が細い女子だったからだ。
しかも見知った顔だった。
「ん~~~~美味しい!」
クラスメイトの春日井さん。
ダイエット中であったはずの彼女が、お寿司を口の中に頬張り幸せそうにもぐもぐしている。テーブルの上にはまだ食べていないお寿司が五皿置かれていて、食べ終わるとすぐに次のお寿司を口に入れて、また幸せそうに頬を緩ませる。
可愛い。
超可愛い。
俺は女の子が美味しそうにご飯を食べる姿を見るのが大好きなんだ。
だからクラスの女子がダイエットだなんて言い始めて食べなくなったのが超寂しかった。
久しぶりに同世代の女子の幸福もぐもぐタイムを見られて、俺も超幸福。
「あの、うちの娘に何か?」
しまった。
足を止めてガン見してしまったことで、彼女の父親と思われる男性に訝し気に声をかけられてしまった。眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の人だけれど、その視線はとても厳しい。隣に座っている母親らしき人も、のほほんとした雰囲気の人に見えるけれどやはり視線は厳しい。
見ず知らずの男が自分の娘をジッと見ているのだから警戒するのは当然か。
「あ、ごめんなさい。クラスメイトがいるとは思わなくてびっくりして見てしまっただけです。俺は彼女のクラスメイトの玉手です」
自己紹介したら彼女の両親の雰囲気が柔らかくなった。
正体が判明したことで安心してくれたのだろう。
一方で雰囲気が悪くなった人もいる。
「え!?」
俺の存在にようやく気付いた春日井さんが、顔を真っ青にして俺を見上げている。
「や、やぁこんにちは。奇遇だな」
「…………」
回転寿司屋でクラスメイトに会っただけなのに、どうしてそんなに絶望的な顔をしているんだ。
「…………終わった」
「春日井さん!?」
突然白目を剥いて天井を見上げてしまった。
これで泡でも吹いたら俺が何かを盛ったのかと周囲に勘違いされそうでちょっと怖い。
代わりにガリでも顔に乗せておこうかなと悩んでいたら、彼女の父親が今の状況を説明してくれた。
「すまないな。娘は知り合いに大食いということを知られたくなかったらしいんだ」
「そうなんですか?」
「元々沢山食べる子だったのだが、学校で酷いことを言われたらしくてね。知り合いに見られるかもしれない外ではなるべく食べないようにしてたんだ」
「それなのに俺に見つかったからこうなっちゃったってわけですか」
かなり離れた隣町の寿司屋に何故いるのかと思ったらそういうことだったのか。
ちなみに俺は久しぶりに親戚の家に行くついでに寄っただけであり普段はこっちまで来ないので、彼女にとって運が相当悪かったということになる。
しかし気になるな。
学校で酷いことを言われたってどういうことだ?
別にいじめられているとかケンカしている様子は無かったが。
「食べることが好きなら、学校でも遠慮なくそうすれば良いのに」
「君もそう思うか?」
「はい。さっき食べてた姿、とても可愛かったです!」
「玉手君!?」
おっと、俺はクラスメイトの女子の父親に向かって何を言ってるんだ。
でもおかげで春日井さんが正気に戻ってくれた。
「そうだろうそうだろう。健花はとても可愛いんだ」
あ、この人親馬鹿だ。
てっきり自分の娘に色目を使っているだのと思われて怒られるかと思ったのだが助かったぜ。
ちなみに健花は春日井さんの名前である。
「特に食べる姿が可愛くてな」
「お父さん!?」
「分かります。女の子が美味しそうに沢山食べる姿って健康的で可愛いですもんね」
「玉手君!?」
「分かってくれるか!」
「はい!」
「二人とも何言ってるのおおおお!?」
この人とは良い酒が、いや、まだ俺は未成年だから良いお寿司が食べられそうだ。
「冗談は辞めてよね!」
「冗談じゃないぞ。さっきの春日井さん、超可愛かった。結婚して」
「玉手君!?」
「はっはっはっ」
し、しまった。春日井さんのお父さんの様子がおかしい。何故か突然笑いだした。流石に調子に乗りすぎたか。
「健花は食費がかかるぞ」
「それで彼女を幸せにできるのなら、必死で働きます!」
「合格!」
「やったー!」
「お父さん!?」
この人、ノリが良くて大好き。
「ならさっそく式場を探さなければな」
ノリ……だよな?
なんか表情に本気感が滲み出てるんだが。
「あなたったら、気が早いわよ」
良かった。
春日井さんのお母さんが止めてくれた。
「おっとそうだったな。健花を好きになる男なんて今後現れないかと思うとつい焦ってしまった」
ガチだったじゃねーか!
ありがとうございます!
「まずは逃がさないように、同棲させて既成事実を作らせないと」
お母さま怖ええええ!
でもありがとうございます!
春日井さんのご両親とは良い関係を築けそうだ。
「三人とも、恥ずかしいから止めてよ!」
「春日井さんは気にせず遠慮なく食べてて」
「この状況で食べろって意味分からないよ!?」
「もぐもぐしてる可愛い姿を見たいからだよ?」
「何で心底不思議そうな顔してるの!?」
むしろ何で目の前に大好きなお寿司があるのに食べないの?
「玉井君もお父さんとお母さんと同じタイプの人だったんだ……」
「惚れた?」
「ああもう玉井君は黙ってて!それと私がこんなに大食いなことは絶対に秘密だからね!」
「何で?こんなに可愛いのに」
「ムキー!いいから秘密なの!もしもばらしたら食べる姿を一生見せてあげないんだから!」
なん……だと……
いやまて。
まだ慌てる時間じゃない。
逆に考えるんだ。
ばらしたら食べる姿が一生見られないということは、だ。
「ばらさなければ食べる姿を一生見せてくれるってことか!」
「どうしてそうなるのよおおおお!」
Q.E.D.
完璧な証明だったな。
「玉井君と言ったかな?」
「あ、はい」
今度はまたお義父さんが話しかけて来た。
「お父さん!絶対に言わないでよね!」
「ああ、分かってる」
春日井さんが何故大食いを秘密にしているのか。
その理由を家族には話してあったのかな。そしてそれを言わないようにと止めているのだろう。
「玉井君、娘を困らせないでやって欲しい。年頃の女の子にとって『う〇ちの量が多い』と思われるのは辛いだろうから」
「お父さん!?」
なるほど、そういうことだったのか。
春日井さんは大食いとは思えない程に、身体が小柄でスレンダーだ。
体に肉としてつかない以上、それはある場所から排出されるというのが自然なこと。
恐らく彼女の太らない体質を羨んだ誰かから、沢山食べるのに太らないってことは便の量が多い、だなんて話をされたのだろう。そしてそれを恥ずかしく思った彼女は外で沢山食べるのを控えているのか。
「言わないでって言ったのに!お父さんの馬鹿!」
「言わないで欲しいと言うのはこっちのことだったのか?てっきりどれだけ食べても胸が大きく……」
「ふん!」
「ぐはぁ!」
あ~あ、お義父さんついに殴られちゃったよ。
「玉井君!」
「は、はい!」
「君は何も聞いてなかった!良いね!」
「…………」
「胸を見るなああああ!」
「ぐはぁ!」
なんという綺麗な右ストレートだ。
お義父さんがダウンするのも当然だな。
だがここで倒れるわけにはいかない。
まだ聞くべきことが残ってるんだ。
「うう……そ、それで結婚はいつにする?」
「玉井君!?本気なの!?」
「本気だ!春日井さんが美味しそうに食べる姿を見て、虜になったんだ!もう俺の心の中には君しかいない!」
「こんなところで何叫んでるの!?」
おっとそうだった。
ここは回転寿司屋の中。
俺の唐突な告白に周囲の視線が集まって来た。
「おいお前ら見るな。彼女が食べる姿を見て良いのは俺だけだ」
有象無象の視線から彼女を守るように、身体でガードする。
「さぁ、春日井さん。安心してたんとお食べ?」
「この状況で食べられるわけないでしょう!?」
「でもせっかくのネタが渇いちゃうよ」
「…………」
あ、食べた。
可愛い。
「もぐもぐ……もぐもぐ……玉井君」
「何だ?」
「私、今は代謝が良いから太らないけど、歳を取ったら太るよ? 本当にそれでも……」
「良い」
はっはー!
食い気味で答えてやったぜ。
そりゃあ化け物みたいな見た目だったら嫌だけど、春日井さんは自分の容姿をちゃんと気にしてるし、ふくよかになっても酷いことにはならんだろ。それに恰幅の良いおばちゃんって嫌いじゃないんだよな。
「質問はそれだけか?なら式の日取りを……」
「隣に座るなー!お父さんもお母さんもスマホでゼク〇ィのページ開かないの!」
「一体俺の何が不満なんだ」
「何がって、玉井君のこと何も知らないし、好きか嫌いかも分からないし……」
そりゃそうだろうよ。
それなら彼女にとってのメリットを提示してやろう。
「俺の夢がさっき決まった」
「え?」
「料理人になって、沢山稼いで、美味しい料理を春日井さんに作ってあげること!」
「えぇ!?」
そのためのハードルはかなり高いだろうが、好きな人のためなら必死になって努力するぜ。
「毎日お腹いっぱい、美味しい料理を食べられるんだぜ」
「…………ごくり」
「もちろん外食だって制限しない。食べたいものを食べたいときに食べちゃおうぜ」
「…………ごくり」
なんか好感度バーが急上昇したのが彼女の頭上に見えた気がしたんだが。
この子チョロすぎない?
心配になって来たよ。
「ということでお義父さん、お義母さん、今後ともよろしくお願いします」
「うん。よろしく頼む」
「良かったわぁ」
「私を置いて話をしないでー!」
ーーーーーーーー
結局どうなったのかと言うと、まずは付き合ってみるという話に落ち着いた。
「もぐもぐ。う~ん、この唐揚げ美味しー!」
とはいえ学校で大食いを見られて恥ずかしいことは変わらないようで、俺達は昼休みになると人気の無い場所へと移動して、二人っきりでお昼を食べている。もちろん彼女の弁当箱は最低でも三段重の大きさがあり、それを楽しそうに食べる姿を俺は心ゆくまで堪能する。
美味しそうに食べる女の子は正義!
回転寿司で好きなのは『えんがわ』『サーモン』『かっぱ寿司のサラダ軍艦』