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黄昏時のスーベーニール  作者: 辰巳りん子
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神に隠され

 ハッと目を見開くと目の前数メートル先に古木の翁が立っていた。

 翁は実に面白くないと云うような顔付きで小夜子でもないあらぬ所を凝視していた。小夜子はずっと表情の変わらなかった翁の苦々しい表情を見て、やはり少し溜飲が下がる思いでいた。見渡せばあの時と同じ様に苔むした地の真ん中に古い切り株が鎮座して居り、しかし先だっての様にヒカリゴケの精霊は姿を見せなかった。

「なんの用だ」

 隠すのは得意でも送り込まれるのは初めてなのであろう翁は少しく戸惑っている様にも見えた。小夜子は恐れる気持ちも何処へやら、「どうか私をある場所へと送って欲しいのです」と翁に丁寧に答えた。父の元、我が家の元へ。もう二度と、帰るものかと思った場所へ。

「ふん」

 翁は鼻で笑ったのかそれともため息を漏らしたのか判らない息を漏らし、「良いだろう」と答えた。小夜子はまさか翁がこんな簡単に小夜子の願いを聞いてくれるとは夢にも思わずはしゃぎそうになったけれど、「ただし」の一言で夢から覚めた。

「わしにも何か見返りをもらおうか」

 小夜子は途端に怖気たったけれど、それがガァちゃんを救う唯一の道ならば仕方ないと心に決めた。考えあぐねている時間などないのだ。こんな間にもガァちゃんは踠もがき苦しんでいる。ガァちゃんのためなら何でも出来る。それが仮令己を見失うことであっても。

「心と体、どちらが良い」

 心と体?それはどちらかを差し出せと云うことなのだろうか。

 小夜子は意地悪な翁の策に嵌まらぬ様慎重に言の葉を紡いだ。そんなもの考えずとも決まっている。

「貴方に捧げるのなら『体』です」

 翁は少しく仰天したような顔付きをして、そうして歯噛みした。ぎりり。

 幼きモノを己は未だ侮っていたようだ。

「契約は成立ですよね?」続けて小夜子は問う。

「行って戻っての数分間、その対価としては十分でしょう?私は彼の地の危機を救えたのなら必ず貴方の元へ赴きます。この、今は有るのか判らない体を捧げに」

 そう云って翁をスクと見上げた。

 その瞳は数百年の、もしくは一千年もの時を満たしたかも知れぬ翁を脅かすほどに澄んでいた。

「良いだろう、では何処に行き、何処へと還る」

 小夜子の強い眼差しの虜となった翁は素直にそう呟いた。


「私の父の書斎へ。そして…事が済んだらガァちゃんの元へ」


 翁は胸にチクとした痛みを覚えたけれどその正体の行方は分からず、「余り時間はないと思え」と一言添えて、小夜子を今となっては懐かしい、小夜子の父の書斎へと飛ばした。


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