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黄昏時のスーベーニール  作者: 辰巳りん子
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真の姿

 「アレがあやつの真の姿なのであろう」

 そう静かに呟いたドラゴンの瞳には些か疲弊の色が宿っていた。

「あの姿が、ガァちゃんの…?」

「ああ、名は『タラスク』とでも云ったか。人間の世界では罪なき人々を蹂躙し最後は耶蘇キリスト教に退治されるだけの哀れな身よ」

 タラスク?…それは『水木しげる妖怪入門世界編』に出ていた『タラスキュ』のこと?でも水木さんのタラスキュはこんな容貌ではなかった!だからと云って先ほどまでのガァちゃんとも程遠いけれど…。小夜子はガァちゃんがタラスキュなどとは信じられない!とドラゴンに物申したかったけれど、嘗てガァちゃんが己を半ば取り戻した際「己の見てくれを嫌っていた」と云う様なことを話していたことを思い出し、開きかけた言の葉を閉じた。


「ドラゴンさん、貴方は気高きドラゴンさんよね?私みたいなものが貴方に設問するのも恐れ多いけれど、ガァちゃん…あの、彼は、ガーゴイルはどうしたら元の姿に戻れるのですか…?」

「元の姿と云うと、あの石像に囚われていた時のあの姿形か?」

「そ、そうです…」

「真の姿に戻った今、貴様の云う『元の姿』に戻ることは無理であろうな」

 そんな、そんなそんなそんな!それじゃあガァちゃんはこれからもあのままに己の身を苦しんで暮らして行かなければならないの?この地では怒りも苦しみも悲しみもないと云っていたのは彼そのものだったはずなのに、本当はこの地でいつもあの様に苦しんでいたの?ガァちゃんだけそんなだなんて、そんなのってひどい。


「しかし参ったな、奴がいつまでも斯様な有り様では課した任も思う様にならぬ」


 ドラゴンのそんな悲嘆の声を聞きながらも未だ動けずにいる小夜子は嫌が負うにも耳慣れてしまった「サヨ…」と云う声音に怖気を立てさせ「ヒッ!」と思わず叫んだ。この声は、あの時の!こんな大事な時にまた攫われてしまったらどうしようもない!


 「どうした?」とドラゴンに問われ、先ほどまで上気していた顔を真っ白に染めながら事のあらましを告げた小夜子に「ふん、たかだか数百年程度生きた古木が生意気な」そう云いながら小夜子には余りにも大きな翼で小夜子を包んだドラゴンは大地をも揺るがす声で「貴様如きにくれてたまるか!我が名はドラゴン、地上最強の妖あやかしぞ!」と小夜子の身体をビリビリとさせながら宣った。途端に小夜子を包んでいた悪気は小波さざなみの如く退いて、小夜子を大層安心させた。さすがドラゴンさん、老爺にだって負けやしないんだ。きっと今頃歯噛みしているに違いない翁を想像して溜飲を下げた小夜子であったが、今はそんな状況ではないと己を叱咤して、未だ我が身を包み込んでくれているドラゴンに向けて顔を上げた。

 最前、ガァちゃんやヨナちゃんと歩いていた際にバッジが光り、側に在った石くれへと映し出された映像が頭へと過よぎったのだ。そうだ、この妖の頂点とも云えるドラゴンさんなら分かるかも知れない。なんせあの時映った石像はどう見てもドラゴンの親戚だったのだから。

「ドラゴンさん、守ってくれてありがとう」小夜子はまず謝辞を述べ、先に体験したガァちゃんのお守りバッジから放たれた光景と、その面差しに知見があるかどうかをドラゴンに問うた。

「十字架に巻き付いたドラゴンか…」

 そう呟きしばし考えるそぶりを見せたドラゴンだったが、そんなそぶりのドラゴンの「分からんな」と云う無碍な一言で小夜子はズッコケそうになった。

「我には姿形も名前もが余りにも有り過ぎる、早々覚えてられんよ」

 と、ドラゴンは多少申し訳なさそうに宣った。ドラゴンを申し訳なくさせたなんて、人類史上小夜子が初めてなのじゃないかしら。

 小夜子は『ソレ』を知っていそうな人物を一人思い出して、しかしその場所へ赴くことが出来るのかと逡巡し、ドラゴンへと素直に告げた。


「お父さんなら何か識っているかも知れない…」

「お父さん?」

「はい、私の父です…とても物知りなの…」


 そう、お父さん。博識な父ならきっと識っているであろう。

 でもその場所に帰る手立てがどうにもないのだ。


 ドラゴンの背せいに乗り石くれの闇を駆け夜空を舞えば、もしかしたら辿り着けるかも知れないけれど、それでは余りにも時間が掛かり過ぎる。未だ泣き叫ぶ彼の人を見て小夜子は「そんな時間はない」と独りごちた。

「なんだ、なんの時間がない」

 耳聡いドラゴンにそう問われ、小夜子は小夜子の父ならその正体を識っていそうなこと、しかし家に帰るまでは相当に時間が掛かることを素直にドラゴンへと告げた。

「一瞬で瞬間移動テレポートでも出来たら良いのだけれど…」

 そう呟いた小夜子に呵呵と笑ったドラゴンは、

「おい!老木!貴様の出番だぞ!」 と叫んだ。

 一瞬ざわりとした感触が小夜子を襲い、そしてその感覚は怒気を含んでいる様でもあった。まさか、もしかして。


「件くだんの老木、あの者なら小夜子を小夜子の好きな所へと飛ばせるだろう。なぁに心配はいらぬ。もし貴様に何か仕出かせんとしたならば、彼奴等きゃつら丸ごと灰にしてくれるわ」

 今回は触れれば火傷をその身に帯びてしまいそうな程赤く染まった火竜ドラゴンは、高らかにそう宣った。

 そうして小夜子はまた隠された。


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