別れのとき
小夜子は暫く毒の霧を見遣ったのち、ヨナルテパズトーリに向き直り、
「ヨナちゃん、ここまでありがとう」と云った。
ヨナちゃん、私の友達。初めて出来た親友。その時間は悲しいほどに短かったけれど、友を友と定めるのは時間の長さではないと教えてくれた。
小夜子からの突然の別れの言葉に驚いたヨナルテパズトーリは「な、小夜子ちゃァん!オ、オラも一緒に行くよォ」と今にも泣きそうな声で小夜子の手を取った。ヨナルテパズトーリの蔓に巻き取られた方の手は少しく紫の色を帯びていて、小夜子の胸を苦しくさせた。
連れて行けない。絶対に。
「ヨナちゃん、ヨナちゃんにはここで見届けていて欲しいの。そして全てが上手く行ったのなら、それをドラゴンさんに伝えて」小夜子はそう云って精一杯の笑顔を繕った。
きっと全てが上手く行けばドラゴンに伝えることなく済むだろう。だけど小夜子はどうしてもこれ以上ヨナちゃんを茨の毒気に当てさせたくなかったのだ。親友を傷付けたくはない、身も心も。その全てを。
「行こう、ガァちゃん」
小夜子をすがるような目で見るヨナルテパズトーリから敢えて視軸をずらしてガーゴイルに向き合った小夜子は、その歳とは思えないほどに凛とした横顔を湛えていた。
ここからは絶対に振り返らない。
大きな瞳に大粒の涙を浮かべ一人佇むヨナちゃんを見ればきっと心が裂ける。
小夜子に今必要なのは裂けた心ではなく鉄のような心臓だ。
そう己を叱咤するも身体は相反してふるふると震えて、その震えは繋いだ指先からガーゴイルへと伝わっていたけれど、彼の人の「なんだ?小夜子、武者震いか?」の一言で随分と救われた。そうだ、これは武者震いだ。小夜子はガァちゃんやヨナちゃん、他のあらゆる妖怪たちの為にこの地を救うのだ。こんな誉が人生に何度来るだろう、きっと一度だって来やしないに決まっている。小夜子は選ばれたのだ。彼らを助けるに足る人間として。
小夜子はガァちゃんのバッジをギュッと握り、ガーゴイルと共に歩き出した。
この先何があろうとも。きっと。ぜったい。




