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黄昏時のスーベーニール  作者: 辰巳りん子
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大鳥加代子・弐

 コツコツと窓を叩く音に大鳥加代子は浅い眠りから引き戻された。

 何某かの夢を見ていた。内容はすっかり頭の中から消え去ってしまったけれど、どうやら加代子は泣いていたようで、目の周りや涙が伝ったであろうこめかみの辺りが乾いた塩水でごわごわと縁取られていた。そんな跡を指先で擦りながら、隣で汗染みを作りながら眠る愛し子を起こし泣かさぬようそうっと身を起こし、窓の方角を見遣った。いつの間にか外界は嵐のような有り様ありようとなっており、先ほどの音はどうやら庭木が風に煽られて窓にぶつかったものだったようだった。意識した途端に樹木のしなる音や風のいななく声で室内は溢れ、加代子はひとつ嘆息した。この有り様ありさまでは明日の庭の様子がとんでもないことになると容易に推測出来て、何年経ってもどうにも好めぬこの家の、しかしその家に携わる雑用を全てこなさないといけない自分の身の上を思うとますます嫌気がさした。明日の庭内は揺り動かされて落ちた葉や枝枝やどこから飛んできたのか分からぬゴミ屑の山で足の踏み場もないだろう。こんな木々、ぶった斬れてやれたらどんなにスカッとするだろうか。夫は植物学者のくせに、そうしてその夫の意向でこの家に越して来たと云うのに雑草取りのひとつもしやしない。

 いつもしかつめらしい顔をして書斎に籠り、たまに出て来たと思えば悠介に構うでもなくふらり何処かへ出掛けて行く。もう何年も機械的な言葉のやり取りしかしてないように思える。どうしたって悠介にかまけるしかなくなるのだ。悠介に構い、育て上げること以外に自分の存在意義が見つからぬ。

 しかし夫の啓輔は小夜子にだけは甘いのだ。

 趣味嗜好が似ているからであろうとは思う。小夜子も始終不機嫌な母よりしかつめらしくとも言の葉の伝わる夫の方が気楽であろう。要は加代子は小夜子に嫉妬をしているのだ。と、そこまで考えて、もう一度しなって窓ガラスを揺らした木々の声音にびくりとし、意識が戻る。

 

 我が子に嫉妬?冗談じゃない。私はそこまで墜ちてやしない。

 加代子はただ寂しいのだ。

 

 言葉もろくに通じぬ息子、言葉のやり取りの叶わぬ夫、会話の噛み合わぬ稀有な娘、そうしたものから解き放たれて、何も知らない無邪気な娘だったあの頃のように友人や知人と語り合いたい。何でもないことでケラケラと笑い合いたい。ただそれだけなのだ。

 加代子にだって世間的に多少のママ友と呼べるような知人はいるが、子の発育状況や配偶者に対しての愚痴、そんなことくらいしかこの辺鄙な地では話題には上がらぬ。そしてそんなことを他所様に赤裸々に語るなど、加代子の高いプライドが許さないのだ。今の己の現状を他人に話し、多少気が楽になったとしても、どうせ影では笑いの種だ。何を宣われるのかすら想像出来る。


 −−−そう云った疑心暗鬼や自尊心の高さが加代子を余計孤独にさせるのだが彼女はそれに気付かない。

 ピカリ。

 窓の外から眩い光の矢が放たれて、暗闇に慣れた加代子の目を一瞬晦ました。

 少し遅れてどろどろとした音が振動と共に伝わり、雷鳴りがその存在を身近に告げる。

 加代子は己がずっと窓外を睨んでいたことに気付き、もうすっかり癖となってしまっている仕草を無意識に行った。爪をキリリと噛む音が、轟々と唸る嵐と共に室内に小さく響いては消えた。

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