Interlude 夢幻泡影 -All is but a fleeting dream- Part 2
基地の休憩室。薄暗い蛍光灯の下、ライナーとエーリヒは並んでソファに腰掛けていた。
空調の低い唸りだけが響く中、二人の視線は目の前の少女へと向けられていた。
「……それで、お前はどこにいたんだ?」
ライナーが腕を組み、じっと問いかける。
向かいに座る少女――リリィ・フォン・シュライフェンは、細身の指先でカップの縁をなぞりながら、まるで貴族のサロンにいるかのような優雅な仕草で微笑んだ。
「どこって……基地の中よ? ちゃんと訓練にも参加していたわ」
涼しげな表情とは裏腹に、ライナーとエーリヒの視線は厳しかった。
「いや、そうじゃなくて……」
エーリヒが顎に手を当て、わずかに首を傾げる。
「俺たちが命がけで泥と汗にまみれてた間、お前の姿が一切見当たらなかったんだが?」
「……うっ」
リリィの手がぴたりと止まる。ライナーとエーリヒの視線は揃って鋭くなった。
エーリヒが顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せる。
「まったく出番が──、いや影が薄いな、と」
「……なっ」
リリィの表情がわずかに引き攣る。ライナーとエーリヒは同時に深く頷いた。
「ほら、俺たちがサバイバル訓練してた時、お前何してたんだ?」
ライナーが問い詰めるように身を乗り出す。
「え、えっと……座学……?」
リリィの声はどこか頼りなかった。
「へぇ、そうか」
ライナーの隣でエーリヒが静かに頷く。その目はまるで真実を暴く尋問官のように鋭い。
「じゃあ、俺たちが命がけで戦ってた時は?」
「えっと……基地の整備室で……」
「座学だな」
エーリヒが淡々と結論を下す。
「違う! 違うの! ちゃんと活動してたわよ!? でも、ちょっと、というか、あまりに機会がなかっただけで……!」
リリィは必死に弁解しながら身を乗り出したが、ライナーとエーリヒは冷静に彼女の言葉を聞いていた。
「お前のことを忘れてたわけじゃないんだがな……」
「むしろ、いたことに驚いたレベルだ」
「ひどい!」
リリィは不満げに頬を膨らませ、腕を組んでふんっとそっぽを向いた。しかし、ライナーとエーリヒはどこ吹く風といった様子で、互いに肩をすくめて微笑を交わす。
「……本当に活躍する気があるなら、次の戦いで証明してもらわないとな」
「まさか、また"基地で情報整理してました"とか言わないよな?」
二人の容赦ない追及に、リリィは「うぐっ」と言葉を詰まらせる。
その時、休憩室の扉が静かに開いた。
「ん? 何の話だ?」
低く落ち着いた声が休憩室に響くと、扉の向こうからユリウスとクラリスが姿を現した。二人とも昼食を終えたばかりなのか、手にはまだ片付け途中のトレイを持ったままだ。
ユリウスは軽く首を傾げながら視線を巡らせ、妙に張り詰めた空気を感じ取ると、わずかに眉を上げた。クラリスもまた、トレイを小脇に抱えたまま足を止め、興味深そうにライナーとエーリヒ、そして顔を真っ赤にして憤慨しているリリィを見比べる。
「……なんか、騒がしいな」
ユリウスが淡々と呟くと、クラリスも肩をすくめながらテーブルへと向かった。
「というか、リリィが怒ってるなんて珍しいわね。何があったの?」
彼女の言葉に、ライナーとエーリヒがニヤリと笑う。リリィは腕を組んでプルプルと肩を震わせながら、今にも噴火しそうな顔で彼らを睨みつけていた。
「なんか楽しそうね。何の話?」
クラリスが興味津々といった様子で問いかけると、ライナーとエーリヒは息を揃えたように振り返り、ニヤリと笑った。
ユリウスが席につくなり、エーリヒがすかさず答える。
「リリィの陰の薄さについて」
「おいおい、そんなこと言ったらかわいそうだろ」
ユリウスはそう言いながら、チラリとリリィを見る。しかし、口元が微妙に引きつっていた。まるで、本人を前にしてそれを指摘するのは少し気が引けるが、否定もできない、といった表情だった。
「……いや、でも確かに、お前いつもどこにいたんだ?」
ユリウスが率直に疑問を投げかけると、リリィは一瞬固まり、次の瞬間、勢いよく身を乗り出した。
「私だって訓練してたのよ! みんなが泥まみれになってた時、私はきちんと知識を蓄えて……!」
「やっぱり座学じゃねぇか」
ライナーがすかさず突っ込む。
「違うわよ! そもそも私は後方支援の立場で――」
「待ってリリィ」
クラリスが静かに手を挙げ、リリィの言葉を制した。その顔は、何かを思いついた時のそれだった。
「それなら、あなたの過去の発言を振り返ってみましょう。私たちが泥まみれで戦っていた時、あなたは――?」
「え、えっと……」
「座学」
「じゃあ、私たちが命がけで戦場を駆け回っていた時は?」
「……後方支援」
「それってつまり――?」
「……」
リリィは悔しそうに唇を噛みしめた。しかし、その様子を見ていたユリウスは少し申し訳なさそうな顔をする。
「いや、リリィが後方支援をしてくれてたのは知ってるよ。でもな……」
彼はリリィの肩に手を置き、真剣な表情で言った。
「お前、本当に印象が薄いんだよ」
「うわあああああああ!!!」
リリィが頭を抱え、絶叫する。エーリヒとライナーは肩をすくめ、ユリウスとクラリスは困ったように微笑んだ。
クラリスが静かに手を挙げ、真剣な表情で尋ねる。
「それにしても、あなた、訓練でもいいから一度でも銃撃った?」
「……」
「一度でも、敵と戦った?」
「……」
「そもそも、一回でも戦場に出た?」
「……っ!!」
リリィが絶句する。ユリウス、ライナー、エーリヒ、そしてクラリス。全員の視線が集中する。
「……次の戦いでは違うわ! 私の活躍があるの! バーンと登場して、みんなを驚かせるのよ! というかそもそも後方オペレーターは裏方なの! 目立っちゃダメなの!」
「おお、そりゃ楽しみだな」
「まさかまた座学じゃないよな?」
「も、もちろんよ! ちゃんと戦場に行くんだから!」
「そうかそうか」
ライナーとエーリヒはニヤニヤとしながら頷く。クラリスは腕を組んで考え込み、ポツリと呟いた。
「でも、もしまた後方待機だったら……?」
「そんなことはないわ! 私、今度こそちゃんと活躍するんだから!」
リリィが必死に宣言するが、周囲の反応は微妙だ。ユリウスが肩をすくめ、ライナーとエーリヒが互いに目を合わせる。
「……まあ、期待してるぜ」
「ちゃんと活躍しろよ、座学の妖精さん」
「だから違うってば!!」
リリィの怒声が、静寂に包まれた休憩室を鋭く切り裂いた。
蛍光灯の白く冷たい光の下で、彼女の頬にはかすかな紅が差し、目にはじりじりとした憤りの色が宿っていた。熱を帯びたその言葉は、まるで心の奥底から噴き上がった湯気のように、空気をわずかに震わせる。
だが、返ってきたのは沈黙だった。
ライナーとエーリヒは悪戯を見透かされた少年のようにニヤリと笑い、ユリウスとクラリスは困ったように視線を交わしながら、肩をすくめる。誰も反論せず、誰も同調もしない。ただ、彼女の熱だけが、場の空気に取り残された。
リリィが掲げた誇りと意地――それが真に戦場で証明される日が来るのか、それともまた「後方支援」の立場に押し戻されるのか、今はまだ分からない。
けれど、それでもよかった。
胸の内に点った火は、確かに本物だったからだ。
次の戦場で、自分が"そこにいた"という痕跡を、誰の記憶にも確かに残すために。
この何気ない、静かなやりとりが――いつか、誰かの命を繋ぐ分岐点になるかもしれない。
あるいは、彼女自身の運命を決定づける伏線になるかもしれない。
リリィは息を整え、誰にも負けないとばかりに背筋を伸ばす。
この場所に留まりはしない。
傍観者では、いられない。
――このまま、終わってたまるものですか。




