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クリスタルデイズ  作者: 翌桧 寿叶
ACT.Ⅰ 虚炎
14/55

Episode 3 宿業抗拒 -The fire that drives me- Part 2

 サバイバル訓練の二日目。ユリウスとクラリスは、彼らに課されたミッションの遂行に取り掛かることになった。


「ミッションは……」


 ユリウスは配布された指令書を読み上げた。

『戦闘による損壊が確認された無人偵察機の回収。指定座標にて回収後、解析ユニットへ運搬せよ』

 クラリスが眉をひそめる。


「偵察機の回収……ってことは、戦闘のあった場所に行かなきゃいけないの?」

「その可能性は高いな。指令には書かれていないが、敵の残骸や未処理の危険もあるかもしれない」


 ユリウスは地図を広げ、現在地と指定座標を確認する。そこは森の奥深く、湿地帯のさらに先に位置していた。


「……行くしかないな」

「当然よ。でも、慎重にね」


 二人は装備を整え、慎重に森の中を進み始めた。ぬかるんだ地面に足を取られながらも、互いに声を掛け合いながら進む。霧が濃く、周囲の視界は極めて悪い。


「気をつけろ、ここから先は敵の残骸があるかもしれない」

「わかってるわ。……でも、本当にいるのかしら?」


 その言葉が終わるや否や、何かが腐ったような金属臭が鼻を突いた。


「……あるな」


 視界の先、草むらの間に黒く焦げた機体が横たわっていた。無人偵察機だった。


「見つけたわ。でも、何か様子がおかしい……」


 クラリスの直感が告げるものは、ただの不安ではなかった。

 ユリウスが小銃を構えながら慎重に接近する。


「何か仕掛けられている可能性もある。気を抜くな」


 その時、遠くから微かに異音が響いた。

 まるで金属が擦れ合い、軋むような音。それは不規則で、ぎこちなく、どこか生き物の苦悶にも似た異様な響きを帯びていた。


「何か来る……!」


 二人は反射的に身を伏せた。

 静寂の中、湿地帯の奥から聞こえてくる異質な音。闇の向こうで、何かがゆっくりと動いている気配がある。大気がわずかに震え、遠くで水が跳ねる鈍い音が混じる。


「敵か……?」


 ユリウスとクラリスは息を潜め、銃を構えたまま影の正体を待ち構えた。

 湿った大地を踏みしめる、不規則な足音。

 ぐしゃり、と泥を踏み抜く音に混じり、ぎちぎちと軋む金属音が響く。何かが、壊れかけた機械のように異様な動作をしながら、こちらへと迫ってくる。

 そして、視界の先に、それは現れた。


《マローダー》。

 だが、通常の個体とはどこか違う。

 その外殻は焦げ付き、表面の一部が溶解したかのように黒くただれていた。装甲が剥がれ落ちた隙間からは、異様な粘液が滲み出している。黒く濁ったそれは、泥と血が混ざり合ったような不気味な色をしており、わずかに光を反射しながら、じわりと地面へ滴り落ちていた。

 関節はぎくしゃくと動き、まるで神経を焼かれた生き物のように、不規則に痙攣しながら前進してくる。かつて滑らかに動いていたはずの機械的な四肢は、どこか違和感を覚えるほどに軋み、異音を撒き散らしながら揺れていた。


 その姿は、まるで戦場の残骸から無理矢理這い上がってきた亡者のようだった。


「……撃破された残骸か?」


 ユリウスが囁いたが、クラリスは即座に首を横に振る。


「違う……動いてる……」


 クラリスの声が震えていた。それは冷静な分析ではなく、本能的な恐怖からくる直感だった。

 ユリウスは彼女の様子に気づき、ちらりと視線を向ける。


「大丈夫か?」


 彼女の呼吸はわずかに乱れ、手の中の銃が微かに揺れている。


「……大丈夫よ」


 だが、その答えには力がなかった。声は掠れ、意識とは裏腹に指先が震えているのを、ユリウスは見逃さなかった。

 空気が冷たく感じられた。湿地の闇の中で、焚き火の光が届かぬ場所で、それは不気味に佇んでいた。


 そして、次の瞬間。

 《マローダー》の頭部が、ガクン、と異様な角度で持ち上がった。

 まるで壊れた操り人形が無理矢理動かされたかのように、関節の噛み合わせが軋む。不自然に首がねじれたまま、ゆっくりと、しかし確実に、こちらを向いた。

 黒く焦げた外殻の間から、異様な粘液が垂れ落ちる。金属の継ぎ目から湧き出るそれは、まるで生きた肉が蠢くようにじわりと広がり、泥と混じり合って形を変えていた。


 沈黙の中、異質な音が響く。

 ずるり、と何かが剥がれる音。

 次いで、内部から微かに聞こえてくる、不協和音のような電子ノイズ。


 《マローダー》が、動き始めた。

 その動きは、もはや機械的なものではなかった。まるで、"何か"が中からそれを操っているかのような、奇妙なぎこちなさと、不気味な滑らかさを併せ持っていた。

 ユリウスは銃を構え、クラリスに目配せする。


「クラリス」


 短く名前を呼ぶと、彼女はびくりと肩を揺らした。しかし、すぐに震える指で銃を握り直す。

 ――戦闘は、避けられない。


「まずい、こっちに来る!」


 ユリウスが小銃の引き金に指をかけた瞬間、草むらの中からさらに異音が響いた。

 湿地の影から、二体、三体と《マローダー》が現れる。いずれも半壊した状態だが、それでも確実に活動を続けていた。


「動く残骸……ありえない」

「いや、ありえる。やるぞ!」


 ユリウスは冷静に狙いを定め、一発目を撃ち込んだ。銃声が響き、弾丸は最前の《マローダー》の頭部に命中する。

 しかし、それでも動きは止まらなかった。


「効果が薄い……!」


 クラリスもすかさず射撃を開始。二人は息を合わせ、確実に弱点を狙いながら撃ち続ける。

 だが、その間にも敵はじわじわと距離を詰めてくる。


「囲まれる……!」


 ユリウスがそう叫んだ瞬間、左側の草むらが激しく揺れた。

 別の何かが、こちらに接近していた。

 ユリウスは反射的にクラリスの腕を引き、木陰へと身を潜めた。呼吸を整えながら、銃口をそちらに向ける。


「クラリス、後方を確認しろ」

「了解……!」


 クラリスが素早く背後を振り向く。その間にも《マローダー》たちは執拗に迫り、動きの鈍い個体は倒れながらも這うようにして距離を詰めてきていた。


「くそっ、しつこい……!」


 ユリウスが一発、一発確実に頭部を狙撃するも、完全に沈黙させるには至らない。《マローダー》は通常よりも耐久性が増しているかのように見えた。

 クラリスが息を呑む。


「ユリウス! 右側にも動く影がある……!」

「まずいな……完全に囲まれるぞ」


 視界の端で、黒く粘ついたものがゆっくりと動くのが見えた。その形は、人の頭部のようにも見えた。


「……違う、これは……」


 ユリウスが小声で呟く。

 その瞬間、粘液の塊が弾け、中から《スプロウト》が飛び出した。


「ッ!」


 反射的にクラリスが引き金を引く。スプロウトは空中で爆ぜ、周囲に細かな破片を撒き散らす。


「やばい……接触するな!」


 ユリウスが警告を発する。しかし、その間にもスプロウトの小型個体が複数、地面を這いながらこちらへ迫っていた。


「クラリス、逃げるぞ!」


 クラリスは即座に頷き、二人は息を合わせて後方へと退避する。撤退しながらも射撃を続け、次々と《マローダー》や《スプロウト》を撃ち抜いた。

 霧の向こう、遠くから聞こえる別の物音。何かが、彼らの動きに気づき始めていた。

 ユリウスは素早く周囲を確認し、地形を活かして撤退できるルートを探した。しかし、湿地帯のぬかるみに足を取られ、思うように動けない。


「クラリス、左手の岩場まで移動する! そこなら一時的に防衛線を築ける!」


 ユリウスの声が、戦場の冷たい空気に鋭く響いた。


「……わかった」


 クラリスの返事はわずかに遅れた。

 その一瞬の遅れを、ユリウスは見逃さなかった。彼は違和感を無視せず、短く言った。


「怖いなら、俺の後ろについてこい」


 単純な言葉だった。しかし、その響きは妙に現実的で、無駄な慰めのない、ただの事実としてそこにあった。


「怖くなんか……」


 クラリスは反論しかけたが、その言葉は途中で詰まった。喉がひどく乾いていることに気づく。

 足が思うように動かない。

 頭の中、焼き付いていた記憶がよぎる。


 血の匂い。

 仲間の悲鳴。

 機体が炎に包まれ、鉄と肉の焦げる臭いが鼻を突いた、あの瞬間。

 無線越しに聞こえた最後の断末魔。

 白い機体が弾け飛ぶ光景。

 自分の手の中で、命が零れていった感触。


 ――また、同じことが起こるのではないか。

 心臓が跳ね、体の奥で冷たい恐怖が広がる。喉が塞がれたように息が詰まり、指先がかすかに震える。頭のどこかでは「動け」と命じているのに、足はまるで地面に縫い止められたかのように、動こうとしなかった。


 目の前にいるのは《マローダー》。

 しかし、クラリスにとってそれはただの敵ではなく、過去の亡霊そのものだった。


「クラリス!」


 ユリウスの声が、今度は鋭く響いた。

 その声に引き戻されるように、クラリスははっと息を吸い込んだ。

 これは今の戦場だ。過去ではない。

 彼女は拳を握り、震える手で銃を構え直した。


「了解!」


 二人は息を合わせて岩場へと走り出す。後方では《マローダー》たちが機械的に追跡し、《スプロウト》が地を這いながら急速に距離を詰めてくる。


「くそっ、数が多すぎる……!」


 クラリスが息を切らしながらも振り向きざまに射撃を続ける。しかし、スプロウトの動きは素早く、完全に撃ち尽くすのは困難だった。

 岩場に到着すると、ユリウスは素早く小銃の弾倉を交換し、膝をついて射撃の態勢を整えた。


「ここで持ちこたえるぞ! 無駄弾は使うな!」

「わかってる!」


 二人は互いに背中を預けるようにしながら、迫りくる敵に応戦した。《マローダー》は脚部を撃たれて倒れ込んでも、なおも這い寄ってくる。スプロウトも飛びかかるタイミングを計っているかのように、じりじりと距離を詰めてきていた。

 その時、無線機が砂嵐のような雑音とともに作動した。


『……ユリウス、クラリス、応答しろ!』


 聞き慣れた声――ヴィクトルだった。


『敵と交戦中か? 状況を報告しろ!』

「こちらユリウス! 湿地帯にて《マローダー》と《スプロウト》と交戦中! 増援は可能か!?」

『現在、救援を手配中だが、すぐには向かえない! そちらの座標を送れ!』

「くそ……!」


 ユリウスは素早く座標データを送信しながら、クラリスに叫んだ。


「援軍はすぐには来ない! まだ持ちこたえられるか!?」

「そんなの、持ちこたえるしかないでしょ……!」


 二人はなおも迫りくる敵影を迎え撃ちながら、わずかに残された弾薬と体力で、ただひたすらに時間を稼いでいた。


 湿地の空気は重く、呼吸するたびに肺の奥へ泥水が流れ込むような感覚に襲われる。

 クラリスは震える手を無理やり押さえつけ、銃を構え直した。

 照準はぶれ、引き金にかけた指が冷えた汗で滑る。

 心臓の音ばかりが耳の奥で大きく響いていた。


「……まだ来ないの?」


 か細く漏れた問いに、ユリウスは視線を逸らしたまま短く返す。


「落ち着け……もう少しだ」


 それが願いなのか、確信なのか、自分でも分からなかった。


 ──そのときだった。


 湿地帯の奥、白く霞んだ木立の向こうから、乾いた銃声が響いた。

 一発。

 仲間の存在を告げる鋼の合図だった。


 クラリスは息を詰め、ほんのわずかに視線を逸らし、

 ユリウスはその場に膝を落としながら、ただひとつ、空を見上げた。



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