Episode 2 死中求活 -They called it training- Part 2
その後、ユリウスとクラリスは他の新兵たちと共に、座学室へと案内された。
座学室は無機質なコンクリートの壁に囲まれた薄暗い部屋だった。整然と並べられた金属製の机と椅子が、冷たい印象を与える。部屋の前方には大きなモニターが設置されており、そこに軍の紋章が映し出されている。
「席につけ。講義を始める」
前方に立つのは、ヴィクトル・シュナイダーだった。軍服の袖をまくり、鋭い眼光でユリウスとクラリスを見下ろしている。彼の背後のモニターには、ノイエ・アーク軍の紋章が映し出されていた。
「俺が今日の講師を務めるヴィクトル・シュナイダーだ。お前たちに、ノイエ・アークの戦い方と生き残る術を叩き込む」
ヴィクトルは鋭く目を光らせながら、ユリウスとクラリスを見回した。
「お前たちは昨日、戦場の恐ろしさを目の当たりにしたはずだ。今ここで学ぶことは、その中で生き延びるための知識だ」
彼が指を鳴らすと、モニターの映像が切り替わった。そこには、ヴェスペリオンの兵士――ノイエ・アークが敵と認識する反乱軍の戦闘映像が映し出されていた。
「戦争は戦場での経験だけで勝てるものではない。知識なくしては、ただの肉の壁になるだけだ」
ヴィクトルは一歩前に出ると、目を細めて続けた。
「ここでは、ノイエ・アークの兵器と戦術、そしてヴェスペリオンの兵器と戦い方について学ぶ。お前たちが扱うオルドの特性も、徹底的に理解してもらう」
ユリウスは背筋を正した。オルドの知識は、整備兵である自分にとっても必要不可欠なものだ。
「最前線に出る前に、貴様らには徹底的に叩き込む。質問がある者は許可を得て発言しろ」
講義が始まった。ユリウスとクラリスは緊張した面持ちでモニターを見つめ、静寂の中でヴィクトルの言葉を聞き入った。
しかし、その静寂を破るかのように、小さな手がひょいと上がった。
「質問がございます」
鈴を転がすような声が室内に響く。ユリウスとクラリスが思わず振り向くと、そこには赤みがかった黒髪の少女――リリィ・フォン・シュライフェンがいた。艶やかな長髪は背中まで流れ、柔らかな光を帯びている。大きな青い瞳はどこか無垢な輝きを宿しながらも、その奥には鋭い知性が潜んでいるようだった。華奢な体躯に不釣り合いな軍服は、仕立てこそ完璧だが、彼女の小柄な体に対してやや大きく見えた。
「ヴィクトル中佐。ヴェスペリオンの戦術は、私たちのそれとは根本的に異なるように見えるのですが、それは彼らの軍事思想の体系的な違いによるものなのでしょうか? それとも、彼らの状況適応能力が発露した結果に過ぎないのでしょうか?」
唐突な質問に、ユリウスとクラリスは唖然とした。
「……え?」
クラリスが呆けたような声を漏らす。
ヴィクトルは一瞬、リリィをじっと見つめた。そして、眉をひそめた。
「……お前、いつからそこにいた?」
「初めからでございますが?」
リリィはまるで当然のように答えた。
ヴィクトルはこめかみを押さえ、小さくため息をつく。
「……すっかり忘れていた」
「ひどいですね、中佐」
ヴィクトルは腕を組んだまま、一歩前へ出た。新兵たちの前でわずかに視線を巡らせた後、淡々とした口調で言う。
「お前たちに紹介する。レイヴンズ・コールの後方オペレーター、リリィ・フォン・シュライフェンだ」
その名が呼ばれると、背丈の低い少女が静かに前に出た。年齢は明らかに新兵たちより幼く、制服もわずかに大きめだ。長い赤みがかった黒髪が緩やかに揺れ、琥珀色の瞳が興味深げに新兵たちを見つめていた。
「よろしくお願いします」
リリィは淡々とした口調でそう言い、わずかに首を傾げる。口調こそ丁寧だが、その語り口にはどこか大人びた余裕があった。
新兵たちが戸惑うのを感じ取りながら、ヴィクトルは言葉を続ける。
「貴族のご息女だが、ここではそんな肩書きは関係ない。こいつもまた戦場の一部だ。お前たちの戦況を管理し、作戦を支えるのが役目だ」
彼の説明を受けて、新兵たちはようやく頷き始めた。しかし、リリィはどこ吹く風といった様子で、落ち着き払ったまま続ける。
「私の言葉を、ただの指示と受け取らないでほしいのです。戦場では、情報こそが命を左右するのですから」
それは、まるで教授が生徒に向けて語るような調子だった。
ユリウスは、そんな彼女の言葉を聞きながら、改めて彼女の存在の異質さを感じていた。年端もいかぬ少女が、戦場に立ち、彼らを導く。
ヴィクトルは一歩引き、新兵たちを見渡した。
「以上だ。リリィ含め後方からの指示は絶対だ。しっかり頭に叩き込んでおけ」
新兵たちは静かに頷いた。その中で、リリィはどこか満足げに目を細めていた。
「それで、お前の質問は何だった?」
「私たちの戦術は、戦場の状況に応じて可変的に変化しているように思えるのですが、それは戦略的合理性に基づくものなのでしょうか? それとも、単なる戦場の混乱に引きずられた結果なのでしょうか?」
「……はぁ。……具体的な戦術について説明する時間だ。余計な哲学的議論をするつもりはない」
「しかし、そもそも戦争を遂行する目的と意義を明確に認識しなければ、我々の戦いは単なる惰性による継続となり、戦争そのものが終結する兆しを見せなくなるのではありませんか?」
「戦う意味はシンプルだ。生き延びるため、それだけだ」
ヴィクトルの冷淡な言葉に、リリィは小さく頷いた。
「なるほど、それも一理ありますが、それではあまりにも即物的で短絡的ですね。もっと俯瞰的かつ本質的な視点から戦争という現象を捉える必要があるのではありませんか?」
クラリスは小声でユリウスに囁いた。
「……なんかすごいのが来たわね」
「同感だ」
ユリウスはため息をつきながら、リリィとヴィクトルのやり取りを見守るのだった。
ヴィクトルは再びこめかみを押さえ、小さく咳払いをした。
「では、話を進める」
ヴィクトルが再びモニターの方を向き、指示を出すと、映像が切り替わった。
そこに映し出されたのは、ノイエ・アーク軍の最新鋭兵器である多目的戦術機動郭《MTMB》の機体だった。オルド(ORD-4.1)をはじめとする機体の特徴、運用方法がデータと共に表示される。
「まずは、我々の主力である多目的戦術機動郭についてだ。オルドを含むこの機体群は、戦場の状況に応じて柔軟に運用できることを目的に設計されている。対人戦、対装甲戦、さらには対空戦闘も可能な拡張性を持つが、万能であるがゆえに専門特化した兵器と比べると性能の尖りが少ない。クラリス、お前がここにいる新兵のうちこの機体を運用する唯一の操縦士だ。その特性を理解した上で戦場に持ち込まなければ、すぐに鉄くずになるだろう」
ヴィクトルは一度視線をユリウスに向ける。
「特にお前はここにいる中で唯一の整備兵だ。自分が触る機体の構造を完璧に把握しろ。いいか?」
「……了解です」
ユリウスは真剣な表情で頷いた。彼にとっては生き延びるための知識であり、そして、これから命を預かる機体への理解は不可欠だった。
ヴィクトルは納得したように頷くと、別のボタンを押し、次の映像へと切り替える。
「次に、パイロットスーツについて説明する。クラリス、お前にとっては命を守る最後の防壁だ。しっかり理解しろ」
モニターには、ノイエ・アーク軍の最新型パイロットスーツの詳細が映し出された。
「このスーツは薄手の特殊繊維で作られており、耐衝撃性や耐熱性に優れている。資源の節約を目的とした設計のため、最低限の防護性能しか持たないが、コックピットの生命維持システムと連動し、気密性を保つことで戦場環境への適応を高める仕組みになっている。対弾性能は限定的だが、コックピットの生命維持システムと連動し、気密性を保つことで戦場環境への適応を高める仕組みになっている」
クラリスは真剣な表情で画面を見つめる。
「つまり、これを着ていれば、多少の爆発や衝撃には耐えられるってこと?」
「理論上はな。ただし、直接被弾すればまず助からない。あくまで生存率を上げるためのものだ」
ヴィクトルは腕を組みながら続ける。
「また、スーツには生体モニタリング機能がついていて、操縦士の体調を常に監視する。なお、この軍では性差を必要としない方針のため、男女共通の設計になっており、フィット感を重視しつつも無駄な装飾や差異は一切排除されている。異常があれば即座に警告が出るが、戦闘中にそれを気にする余裕はないだろう」
「……結局、自分の身は自分で守るしかないってことね」
「そういうことだ」
ヴィクトルは軽く頷くと、再び映像を切り替えた。
「次に、敵――ヴェスペリオンの兵器についてだ」
映し出されたのは、マローダーと呼ばれる敵人型ロボットの映像だった。




