7.もう届かない言葉
仕事が終わり、ヨセフが帰宅すると、家の中に気配を感じた。
「誰か居るのか?」
速足で老人の寝室に向かう。ドアを開けるとキーファが、老人が眠るベッドの側の椅子に座っていた。
「遅かったね、ヨセフ。お祖父さん、死んじゃったよ。」
キーファは笑顔でそう言う。ヨセフは目を見開き、キーファを押しのけ老人の側に駆け寄る。
「祖父さん……?」
老人は微動だにしない。
「祖父さん‼」
ヨセフは何度も老人を呼ぶが、ヨセフの声は届かない。
「お前が……何かしたのか?」
「さぁ。」
ヨセフはキーファを睨み付け、キーファを殴った。キーファは尻もちをつく。ヨセフの息が荒くなっている。
「そのうち死ぬはずだったんだから。それがちょっと早まっただけだよ。」
「ふざけんな……俺は、少しでも長く祖父さんに生きてほしかった。息を引き取るときは側に居たかった。まだ何も伝えられてないのに。育ててくれてありがとうって、最後に……」
「何で伝えてなかったの?」
「は?」
「これだけ付きっきりで、一緒に居たんだ。いつでも伝えられただろ?」
ヨセフは悲痛な顔になり、床に膝をついて涙を流した。
「そっか……、そうだったのか。ごめんな。でも、お祖父さん、最期はすごく幸せそうな顔をしていたよ。」
キーファは立ち上がった。
「ヨセフに、今までありがとうってさ。」
そう言い残して、キーファは部屋から出て行った。
《大切な人の時間や命を奪ってまで、生きたいとは思わない。人間いつかはみんな死ぬ。だから、自分が死ぬときは、黙ってそれを受け入れる。だけど、一つだけ贅沢を言わせてもらうなら、誰かに見守ってもらいながら死にたいなぁ。》
キーファはふと、昔、ヨセフが言っていた言葉を思い出した。キーファがヨセフの家を出ると、タニアが待っていた。
「キーファ?泣いてるの?」
キーファは自分でも気付かないうちに涙を流していた。
「あれ?何でだろ。あのお祖父さんのことなんて、全く知らないはずなのに。これから、ヨセフは安心して眠れるはずなのに。」
タニアは優しくキーファの頬に手を添えた。夕陽に照らされた雲は赤く燃え、もうすぐ暗い夜が二人を包もうとしていた。