6.初めての喧嘩
ヨセフは目を開けた。
「あれ?俺寝てたのか。」
「大丈夫?」
「ああ。すまん。どれくらい寝てた?祖父さんの様子を見に行かないと。」
「まだ、寝てていいよ。今、タニアがお祖父さんの側についてるから。」
ヨセフは落ち着いたのか、深く息を吐いた。
「数年前までは、祖父さんすごく元気でさ、本当にびっくりするくらい良く働く人だった。工房をあっちこっち走り回ってた。仕事が大好きで人と話すのが大好きで、毎日楽しそうに笑ってたのに、今ではもう何もできない。」
キーファはヨセフの話を静かに聞いている。
「でも、たとえ何もできなくなったって、一秒でも長く生きられるなら、それでいいんだよな。」
ヨセフは自分の額に手をやる。
「毎日さ、不安になるんだ。朝起きて、祖父さんが息をしてなかったらどうしようって。俺が仕事に出かけてる間に死んでたらどうしようって。祖父さんを一人寂しく逝かせてしまうんじゃないかって。いつも、いつも、怖くて。夜も眠れなかった。」
「ヨセフはお祖父さんにこのまま生きててほしいの?」
ヨセフは飛び起きる。
「は?生きてほしいに決まってるだろ……。」
「そっかー。でも僕は、早く死んでほしいけどな。」
「は?」
「だって、そうだろ?早く死んでくれた方がヨセフもこんな苦労することも、不安になることもなくなる。ただ寝てるだけなのにお金もかかるし。」
「なんだとっ⁉」
ヨセフはキーファの胸ぐらを掴んだ。
「そんな怒んないでよ。僕はヨセフのための思って言ってるんだよ。」
「ふざけるな……」
ヨセフが拳を振り上げてキーファを殴ろうとしたとき、タニアがリビングに戻ってきた。
「ちょっと!二人とも何してるの⁉」
ヨセフはキーファから手を離した。
「悪いが出て行ってくれないか。飛行機はちゃんと修理するから、一週間後、取りに来てくれ。」
「いや、いいよ。他の人に頼むから。お祖父さんの世話に専念しなよ。」
そう言い残すと、キーファは外に出て行った。
「ご、ごめんなさい。キーファに何か言われましたか?キーファ、たまに悪気なくちょっと酷いこと言うことがあって……って、ヨセフさんの方が付き合い長いから知ってますよね?」
ヨセフはタニアを見ずに答える。
「知らないよ。あんな人のことなんて、全く。」
*
ヨセフの家を出て速足に歩いているキーファをタニアは追いかける。
「キーファ!」
キーファが足を止めて振り返る。
「ヨセフさんと何があったの?」
「何も?」
キーファは笑顔で答える。
「何もって……何もないのにヨセフさんがあんなに怒るわけないでしょ?」
「別に?ただ、ヨセフに言っただけだよ。早くお祖父さんが死ねがいいのにって。」
タニアはキーファの頬を力一杯叩いた。
キーファは表情を変えない。タニアは涙目になっていた。
「どうしてそんな酷いこと言えるの……?」
キーファはため息をついた。
「だってそうでしょ?ヨセフ、あんなに大変そうでさ、借金取にも追われて、見てられないよ。それに……」
キーファは少し悲しそうな顔をして言う。
「あのお祖父さんだって、多分それを望んでる。」
「どうして、そんなことがキーファに分かるの?今日初めて会ったんでしょ?」
「うーん、何となく。」
タニアは老人の様子を見に行ったときのことを話し出す。
「……お祖父さんね、一瞬だったけど私の眼を見てた。何かしてほしいことがあるか聞いたら、お祖父さん、私の手を取ってね、悲しそうな顔で精いっぱい口を動かして、『死にたい』って言ってた。」
「……。」
「でもね、お祖父さんがそれを望んでいたとしても、お祖父さんを大切に思っている人に向かって言うことじゃない。それに誰かに死んでほしいなんて、キーファに思ってほしくない……。」
タニアは両手で自分の顔を覆い、声を震わせて言う。
「あのときだって、私はアストランティアに死んでほしいと思って、血を分けたわけじゃない。」
「タニア……。」
キーファは頭をかく。
「分かったよ。僕が悪かった。ごめん。」
タニアは謝るキーファを見てから、俯いて聞く。
「どう……するの?」
「どう……しようかな。どうするのが正しいのかな。」
キーファはタニアに顔を向けずに考えている。二人とも黙り込んだ。沈黙を破ったのはキーファだった。キーファはタニアの方に振り向いて、困ったような笑顔で言った。
「ねぇ、タニア。僕と一緒に嫌われてくれる?」