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5.少年の友人

 キーファは最後に『地上の空』に祈りを捧げた。タニアも隣に座って手を合わせる。

「ここを離れても、あなたたちのことを祈り続けます。そして、必ず戻ってきます。」

キーファは立ち上がり、空を見上げる。

「さて、行こうか。」

「行くってどこに?」

「ここから南に少し行ったところに、大きな都市があるんだよ。そこの飛行機工房に昔からの友人が居てさ、ご覧の通りボロボロに壊された僕の相棒を直してもらおうと思う。」

キーファの複葉機は片翼が折れ、プロペラも外れてしまっており、胴体部分も潰れている。

「直せるの、これ?空賊の戦闘機じゃダメなの?」

「駄目だよ!こいつとは長年連れ添ってきたんだ。見捨てるなんてできないよ!それにヴォルカの戦闘機なんて嫌だよ。悪趣味なマーク付いてるし。」

ヴォルカのマークは蛇をモチーフにしたおり、蛇の頭に旗が刺さっている。タニアは確かに悪趣味だと思った。

 荷物を戦闘機に積み込み、キーファたちは出発した。壊れた複葉機は胴体にロープを結び付け、地面を走らせるように運んだ。

「相棒に積んである大きな袋には何が入っているの?」

「絵だよ。僕が描いた。街で売ってお金にするんだ。」

「え?キーファって絵描きだったの?」

「そうだよ。あれ?言ってなかったけ?」

そういえば、家の中に絵具やキャンバスがあったなとタニアは思い出した。

「そうそう。タニアはこれ。」

キーファは後ろからフードの付いたコートを取り出し、タニアに渡した。

「もうすぐ着くから、それ着といてね。」

そう言うキーファの視線の先を見ると、目的の都市が見えてきた。


                        *


キーファたちは戦闘機を都市の入り口に停めて、工房に向かった。

「今日、ヨセフいるかな?」

キーファは受付の青年に訊ねる。

「ヨセフ……?すみません、僕まだ新入りで……。」

「そうか……。ちょっと探してみるよ。」

「早く金返せよ‼」

何処からか、男の怒鳴り声が聞こえてきた。

声がする方を見ると、緑色が混じったような銀髪の青年に三人ほどの男たちが群がり、青年を怒鳴っていた。

「すみません……もう少し待ってもらえないでしょうか。」

「はぁ?人様に借りたものは、すぐに耳揃えて返すのが世の中のルールだろ?そんなこともできない野郎が金借りるんじゃねーよ‼」

男は拳を振り上げて、青年を殴ろうとした。キーファは男の腕を掴み、それを止めた。

「あ?何だお前?手ぇ離せよ。」

キーファは男にひるむことなく、いつのも余裕の笑顔で言う。

「まぁまぁ、確かに借りたものは返すのがルールだけど、返せないもんは仕方ないじゃん?絞っても何も出ないのに、ネチネチ絞り続ける方が時間の無駄だと思うけど。時間は有限、タイムイズマネー!ことわざ、学校で教わらなかったのか?」

キーファは笑顔のまま男を睨み付け、男の腕を掴んでいる手に力を込める。男は激痛を感じ、咄嗟にキーファの手を払いのける。

「何なんだ、こいつは……ちっ、帰るぞ。」

男たちは工房を出て行った。キーファは振り返り、いつもの屈託ない笑顔で青年に向かって言う。

「ヨセフ!良かった、居て!」

青年の反応には一瞬の間があり、とても驚いた表情をした。

「……えっと、もしかしてキーファ……なのか?」

「そうだよ!久しぶりだな!」

「あ、ああ……。すまん、さっきはありがとう。」

「いいや、それよりさ、僕の相棒がちょっといろいろあって、ボロボロになっちゃったんだ。修理お願いできるかな?」

「お、おう……。状態確認してみて、修理で競うなら引き受けるよ。」

「助かる!ありがとう、ヨセフ!」

「ああ……。」

ヨセフは、あまりキーファに眼を合わせようとしない。

「ヨセフ、今日ちょっと元気ないな?どうしたの?」

「そ、そうかな?」

「うん、いつもはもっと生き生きしてるのに。」

ヨセフはその言葉には答えない。そして側にいるタニアに視線を移す。

「その子は?」

「ああ、友達。名前はタニア。」

タニアはフードを深く被り会釈した。

「じゃあ、相棒は街の入り口に停めてあるし、後はお願いできるかな。僕たちは街で買い出しとかして時間潰してる。」

キーファが歩き出そうとしたとき、ヨセフはキーファの腕を掴んだ。

「え?」

ヨセフは俯いたまま言った。

「祖父さんに会ってくれないか?」

「ヨセフのお祖父さん?」

ヨセフは頷く。

「会うのはいいけど、どうして?」

「頼む……。」

それだけ言ってヨセフは黙ってしまった。キーファとタニアは顔を見合わせた。


                        *


案内された部屋にはベッドが置いてあり、老人が横たわっていた。キーファが側に近寄ると、ヨセフの祖父は薄っすらと目を開けた。そして、キーファの顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。キーファは戸惑った。ヨセフの祖父とは初めて会うはずなのに、どうしてこんな顔をするのだろうと。

部屋を出てからヨセフは話し出した。ヨセフの祖父は数年前から老化とともに、体を自由に動かすことが難しくなっていったそうだ。いずれは自分で呼吸もすることができなくなってしまうという。

「ありがとう。祖父さんに会ってくれて。」

そう言うヨセフの顔をキーファはよく見た。さっきは気が付かなかったが、目の下にクマができており、以前に比べて大分痩せていた。

「ヨセフ、大丈夫?ちゃんと寝れてる?」

「ああ、全然大丈夫だよ。俺がちゃんとしないと、祖父さんの面倒を看られる人は俺しかいないから。」

「ヨセフ……。」

「さて、じゃあ、これからキーファの飛行機の状態確認してくるよ。見積高くても値切るなよ。」

「いや、お祖父さんの面倒とかで忙しいなら、別の職人に頼むか……」

キーファが言い終える前に、ヨセフは倒れた。

「ヨセフ‼」

タニアもヨセフの側に駆け寄り、二人でリビングのソファに運んだ。

「寝てるみたいだな。やっぱりあんまり眠れてなかったのか。」

「他に家族はいないのかしら。ご両親とか。」

「うーん……知らない!」

キーファは少し考えて、すぐおどけた様子で答えた。

「知らないって、昔からの友人じゃないの?」

「そうだけど、そういえば聞いたことないな。興味なかったし。」

「キーファって淡白な人だと思ってたけど、大切な友人に対してもそうなのね。」

タニアは軽蔑するような視線をキーファに向ける。

「何だよ!そんな冷たい目で見るなよ!」

タニアはため息をつく。

「だって、興味ないんだから仕方ないだろ。家族のこととか生い立ちとか聞いたところで、何か変わる?」

冷たいけれど、キーファらしい考え方だともタニアは思った。だから彼はタニアをダガーだと知っていても分け隔てなく接してくれるのか。

「だけど、相手のことを知っていた方が、今、何に困っているのかとか、どうすれば助けられるのかとかを考えてあげることができると思う。」

「うーん。なるほどー。」

キーファは床に胡坐をかいて、腕組をする。

「じゃあさ、教えてよ。」

「え?」

「タニアのこと。」

「私のこと……?」

「うん。タニアの家族は?」

「私の家族は……」

タニアは俯いて答えた。

「みんな死んだ。」

キーファは全く表情を変えない。

「父さんは、私が産まれる前に死んだんだって。でも私たちにとっては普通のことだった。仲の良かった友達も近所のお姉さんもみんないつの間にかいなくなってた。母さんはヴォルカのせいで死んだの。ヴォルカの空賊が私たちが隠れて暮らしていた村にやってきたの。ダガーを生け捕りにするために。武器を持ったあいつらから逃げ切るなんて不可能だった……。村の人たちはね、本当にみんな優しい人たちだったのよ。いつ、ここが見つかるか、いつ殺されるか分からなくて、常にびくびくしながら生きていて、ダガー以外の人間を恨んでもいいはずなのに、みんな、憎しみなんて感情は抱いていなかった。私たちの先祖の血が利用されて、罪もない人たちがたくさん死んだのは事実だったから。だから、もう逃げられないと分かったとき、村の人たちはみんなで死ぬことを選んだの。人工的に作っていた湖を決壊させて、村ごと湖の底に沈めた。死ぬ前に村長が言ったの。私たちは世界に生かされている。その命を自ら捨てることは、世界に対する侮辱だって。でも私たちの血で世界が赤く染まるなら、世界を侮辱しようとも、これまで生かされてきたことに感謝して、世界に命を返すんだって。」

タニアは唇を噛みしめる。

「でも、母さんは私だけ逃がした。私には生きてほしいって。なのに、私は捕まってしまった。母さんやみんなの死を無駄に……」

タニアがキーファの方を向くと、キーファはうたた寝をしていた。キーファは頭に衝撃を感じて起きる。

「え、タニア、今、僕の頭叩いた?」

「叩いてないわよ。」

タニアは明らかに腹を立てていた。

「本当に他人に興味ないんだから。」

「でもさー、相手の家族のこととか、昔の話とか根掘り葉掘り聞くのって、ちょっと不謹慎じゃん?」

「あなたに不謹慎って言われるなんて、とても心外だわ。」


                        *


タニアは老人の様子を見に、寝室に行った。老人が横になっているベッドの側の椅子に座り、じっと見つめる。老人は目を閉じて眠っている。全く動かない。目を離した隙に、死んでいてもおかしくないくらいだった。一人でこの老人の面倒を看るのは気が気ではないだろうとタニアは思った。

「何かしてほしいことがあれば、教えてくださいね。」

タニアは老人に優しく声をかける。タニアの声が聞こえたのか老人の眼が微かに開いた。タニアは深いフードを被っていたが、横たわっている祖父からは、ニアの青い瞳が見える。タニアは老人と目が合うと、咄嗟に俯いてフードを下げた。すると、老人は自由の利かない腕を必死に動かして、タニアの手を握った。老人の口が微かに動いている。タニアは老人の側に耳を添える。老人は小さく消え入りそうな声で囁いた。

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