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4.白い花の願い

 その日はひどい嵐だった。空は厚い雲に覆われ、昼間でも夜のようだった。風と雨が強く窓を打ちつける音とは別に怪しげな低い音が聞こえてきた。

「何の音?」

キーファとタニアが外に出て空を見上げると、頭上に巨大な飛空艇が飛んでいた。飛空艇の胴体にヴォルカのマークが見える。

「タニアを奪い返しに来たのか……。タニア、こっち!」

キーファはタニアの手を取り、複葉機が停めてあるガレージに向かって走った。すると、飛空艇から砲弾が放たれ、ガレージごと複葉機を破壊した。

「そ、そんな……。」

「ギャー―――!」

アストランティアの鳴き声が聞こえた。

「アストランティア!」

アストランティアは飛空艇に向かって口から火を放つ。しかし、この強い雨のせいで火力が弱く、飛空艇には届かない。アストランティアに向かって飛空艇から砲弾が放たれた。アストランティアは硬い鱗で砲弾を防いだが、流れ弾は『地上の空』にまで直撃し、岩を崩した。それを見て、タニアは一人で走り出した。キーファたちから離れるために。

「駄目だ、タニア!僕から離れたら……」

「でも、私がここにいると、お墓もキーファたちもっ……!」

キーファは走るタニアを追う。飛空艇から複数の小型の戦闘機が出てきて、キーファに向けて銃弾が放たれた。その銃弾はキーファの脚に命中した。キーファはその場に倒れこんだ。

「キーファ‼」

タニアは倒れたキーファに駆け寄った。キーファの方に気を取られていたアストランティアの頭上に飛空艇が爆弾を投下し、アストランティアの額に直撃した。爆弾の衝撃でアストランティアは意識を失った。

「タニア……逃げて……。」

「い、いや……!」

タニアはキーファに覆いかぶさった。戦闘機から武装した男たちが降りてきて、タニアを取り囲んだ。男たちがタニアを捕えようとしたとき、タニアは咄嗟に隠し持っていた果物ナイフを取り出し、自分の腕を切り、そのナイフで掴みかかろうと手を伸ばしていた男の腕を切った。その男は叫び声を上げ、倒れ、そのまま動かなくなった。男たちは動揺した。タニアは血の付いたナイフを両手で握り、男たちに向けた。

 着陸した飛空艇から仕立ての良いスーツを着た男が一人降りてきた。男は武装した男たちをかき分け、タニアの前に立った。

「君が大人しく捕まれば、彼とあのドラゴンのことは助けてあげよう。それでどうかな?」

タニアは男を睨み付けた。

「君は殺されるわけじゃないんだ。ただ僕たちに血を提供してくれればそれでいい。君の我儘で彼らを殺すのか?」

タニアは下唇を噛んだ。そしてゆっくりとナイフを下した。

そうだ。どうせ死んでもかまわないと、私なんて死んだ方がいい存在だと、そう思っていたんだ。だったら、いいじゃないか。元の生活に戻るだけだ。私の血でたくさんの人が犠牲になろうとも、私を助けようとしてくれた彼らが生きてさえくれればそれでいい。アストランティア、ごめんね。あなたの頼みは叶えてあげられない。私も、たった一人で大切な人の帰りを待ちながら、毎日祈りを捧げる彼の側にいたかった。だけど、できない。私の存在はあなたたちにも迷惑がかかる。私はやっぱり、生まれてくるべきではなかった。一人、生き残るべきではなかった……。


《タニア、お前はキーファにとって必要な存在だ……。》


 アストランティアの声が聞こえた。その時だった。アストランティアはタニアを取り囲む男たちに向けて火を放った。いつの間にか雨は止み、雲の隙間から青い空が覗いていた。アストランティアの放った火は、うずくまっていたタニアたちには当たらなかった。男たちは大火傷を負い苦しみながら倒れこんだ。スーツの男は腕に軽い火傷を負った程度だった。

「くそっ!老い耄れたドラゴンがっ!」

アストランティアは傷を負ったキーファの姿を見た。アストランティアの怒りは頂点に達し、口だけでなく身体全体から炎を放ち、雄叫びを上げた。

「アストランティアっ……。」

アストランティアの雄叫びで、キーファは目を覚ました。キーファは脚を引きずって立ち上がり叫んだ。

「アストランティア!落ち着いて!僕は大丈夫だから!」

アストランティアは叫び声を上げながら暴れまわった。その姿はとても痛々しく見えた。飛空艇はアストランティアに向かって砲弾を撃ち込んだがアストランティアは飛行艇に火を放った。火はエンジン部に引火し、飛空艇は炎を上げながら、地面に墜落した。それを見ていたスーツの男や他の男たちは、「逃げろ!」と叫びながら、戦闘機に乗り込み、逃げていった。それでもアストランティアの怒りは治まらない。

「苦しんでる……?」

タニアは囁く。

「アストランティア!僕だよ!キーファだよ!分からないのか!?このままじゃ君の身体が……!」

アストランティアの目は充血し、いつものきれいな碧眼ではなくなっていた。そして、純白の身体も赤くただれ始めた。アストランティアはキーファめがけて尾を振るった。

「キーファ‼」

キーファは間一髪で逃げた。

「アストランティア……。」

キーファは空賊が置いていった戦闘機に向かって走った。タニアはキーファを追いかけた。

「大丈夫、飛べそうだ。もっと近づけば、僕の声が聞こえるかもしれない!」

「待って、キーファ!」

キーファはタニアの方を向いた。タニアはアストランティアとの約束を思い出していた。

「……もう、楽にさせてあげよう……。」

キーファは目を見開き、タニアの目を見つめる。

「な、何を言ってるんだよ。アストランティアは僕の大事な親友だ!見捨てられるわけないだろう!」

「アストランティアは、もう自分のせいでキーファに傷付いてほしくないのよ!」

「僕は構わないよ!アストランティアが側に居てくれるなら、どんなに痛い思いをしても構わない!」

「……独りになるのが悲しいからって、このままずっとアストランティアを苦しめるの?」

「苦しめる?僕が?アストランティアを……?」

「アストランティアは仲間を見送って、独り残されて悲しかったと思う。だから、今度は私たちが見送ってあげよう。最期を。独りで寂しくないように。」

キーファの表情はみるみる崩れ、泣きそうになるのを必死に堪えていた。アストランティアの寿命が近いことはキーファも気付いていた。しばらく沈黙が続いた後、キーファが呟くように言った。

「分かった……。」

キーファの握りしめた拳は小さく震えていた。

キーファとタニアは戦闘機に乗り、アストランティアの頭の高さまで上がった。近づこうとするが、身体に纏った炎で近づくことができない。タニアも身を乗り出し、手を伸ばすが届かない。

「キーファ!私をアストランティアの頭上に降ろして!」

「無茶な!危ないよ!」

「お願い!」

タニアは真剣な眼差しでキーファを見つめた。キーファは頷いた。戦闘機をアストランティアの頭より上に移動させ、タニアはアストランティアの鼻先に飛び降りた。すると、アストランティアが纏っている炎の火力が上がり、顔の周りも炎で覆われた。タニアは熱さに耐えながら、膝をつき、自分の額をアストランティアの眉間に押し当てた。そして静かに呼びかけた。

「アストランティア……約束する。私はあなたの代わりにキーファの側にいる。だから安心して。」

タニアはアストランティアの眉間の傷の上で、自分の手首を切った。タニアの手首から流れる血はアストランティアの傷の中に沁み込んでいった。すると炎が弱まり、アストランティアの瞳の色が赤から青に戻っていった。アストランティアは力を使い果たして、轟音と共に『地上の空』の上に倒れた。

「タニア!」

キーファはアストランティアの身体が倒れ込む前に、タニアを拾ってアストランティアから距離を取った。キーファとタニアは地上に降り、アストランティアに駆け寄った。

「アストランティア!」

キーファはアストランティアの目の近くに抱きつき、呼びかける。アストランティアは微かに目を開き、キーファを見た。キーファは泣いていた。タニアは少し離れたところで、彼らのことを見ていた。

《もうお前に大切な者を失う苦しみを味わわせたくなかった。できることなら、お前よりも後にこの世を去りたかった……。そんな風に泣かないでくれ。悲しまないでくれ。お前の存在でどんなに私が救われていたか……この気持ちを自分の言葉で、自分の声でお前に伝えたかった。》

タニアの瞳から涙が零れた。

《タニア……私の頼みを聞いてくれてありがとう……その時が来るまで……どうか……キーファの側に……》

アストランティアの身体はちりじりになって青空へ飛んで行った。まるで白い花が風に舞っているように美しかった。


                        *


 キーファとタニアは崩れた『地上の空』を直していた。

「もう、ここには居られないね。奴らがまたタニアを捕えに来るかもしれない。どこか遠くへ行こうか。一緒に。」

「でも、約束は……?」

「うん……いいんだよ。ここに居なくても祈ることはできる。それに見守ってくれてる人がいるから。」

キーファは空を見上げる。

「キーファ、あなたはどうして、私のためにそこまでしてくれるの?」

「うーん。確かに。自分でもよく分からないんだ。でも、君の青い瞳を見ていると助けたくなるんだよ。なんでかな。」

キーファは笑って言う。

「キーファ、私はアストランティアの代わりにはなれないけど、また、迷惑をかけてしまうかもしれないけど、あなたの側に居てもいい?」

キーファはタニアの額を軽くはたいた。

「だから、いいよって言ってるじゃん。」

「ありがとう、キーファ。私もね、大切な約束ができたの。」

「約束?」

タニアは微笑んで、空を見上げた。キーファもつられて空を見上げる。もうあの空に白いドラゴンが飛ぶことはない。

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