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3.墓守の少年と八百年生きた龍

 タニアはキーファの家でしばらく過ごした。朝起きると、いつもキーファの姿はない。気になって外に出てみると、キーファはあの墓の前に座り、目を閉じて両手を合わせている。その日は、風が強く、砂を舞い上がらせていた。キーファのコートが椅子に掛けられているのを見つけ、タニアはそれを手に取り、外に出た。タニアはいつものように、墓に向かって祈っているキーファの横顔を見つめた。強い風が砂を巻き上がらせて、キーファを襲った。キーファは微動だにしない。タニアはキーファの側に駆け寄り、コートを差し出した。

「あ、コート持ってきてくれたの?ありがとう。」

キーファはタニアからコートを受け取って、羽織った。

「誰のお墓かも分からないのに、どうして毎日祈ってるの?」

「約束だから。」

「約束?」

「うん。ある人が教えてくれたんだ。亡くなった人のために祈ると、その人が逝った世界が豊かになるんだって。それを教えてくれた人も遠くで一緒に祈ってくれている。その人との約束なんだ。」

キーファは少し悲しそうな表情で言い、空を見上げた。

「その人のことを待ってるの?」

「え?」

「悲しそうに見えたから。」

「そうなのかな。僕はあの人が会いに来てくれるのを待ってるのかな。」

「会いたいの?」

タニアがそう聞くと、キーファは少し照れながら、会いたいよ、と言った。タニアはとても切ない気持ちになったが、理由は分からなかった。タニアはキーファの隣に座り、一緒に祈った。ここに眠っている人が誰なのか分からないけれど、その人がいる世界が豊かになるように。キーファが大切にしている約束をタニアも大切にしたいと思った。

「一人で寂しくないの?」

キーファは空を見て微笑んだ。タニアはキーファの視線の先を追った。アストランティアが飛んでいた。真っ青な空に真っ白なアストランティアの姿がよく映えていた。

「寂しくないよ。アストランティアがいるから。」

キーファはそう言って立ち上がり、走り出した。そしてガレージに置いてある複葉機に乗り込んだ。キーファは飛んでいるアストランティアを追いかけた。二人は気持ちよさそうに空を飛ぶ。タニアは地上からそれを眺めて、微笑んだ。二人の仲を羨ましく思った。


                        *


 誰かに呼ばれた気がして、タニアは目を覚ました。まだ真夜中だった。満月の光が窓から差し込んでいる。キーファはタニアにベッドを譲って、自分はソファで寝ている。タニアはベッドから降りて、台所に向かった。キーファが起きないように静かに果物ナイフを手に取り、キーファの側に立った。キーファの顔を見つめる。話し方や立ち振る舞いはしっかりしていて大人っぽく、ずいぶん年上に感じるが、よく見ると幼い印象を受ける。

「……イヴ?」

タニアは驚いて後ろに退くが、キーファはまだ眠っている。寝言のようだ。タニアはキーファを起こさないようにはだけたブランケットをかけ直した。

 タニアは外に出た。すると、真夜中の青白い世界で、満月に照らされたアストランティアが身体を丸めて眠っていた。タニアはその姿を見てきれいだと思った。アストランティアに似ていると言われたことを嬉しく思った。

《ダガーの娘……。》

声が聞こえた。タニアは周りを見回し、アストランティアを見た。アストランティアもタニアのことを見ている。

「今の声、あなたなの?」

アストランティアは頷いた。

「人間の言葉を話せるの?」

《私の言葉が聞こえるのはダガーだけだ。》

「……どういうこと?」

《お前たちダガーは、天災をもたらす幻獣を殺すために生み出された。》

「それって大昔、幻獣が人間を襲っていたっていう……」

《幻獣は好きで人間を襲っていたわけじゃない。苦しみ、悲しみ、怒りが破壊衝動に代わり、町を襲う。私のような自我が芽生えた幻獣も同じだ。だから、お前たちダガーは幻獣と心を交わし、安らかな死を与え、あらゆる苦痛から解放してくれる。》

「それは大昔の話でしょ?今ではただの人を殺す道具よ……。私の血のせいで、たくさんの人が死んだ。私は生まれてくるべきじゃなかった。」

タニアは俯いて言った。

《私も今まで散々、人間を含むたくさんの生き物を殺してきた。生まれたばかりの頃は、まだ自我がなく、欲望の赴くまま、山も森も町も火の海に変えた。》

「自我は芽生えるものなの?」

《800年も生きていれば、自我は芽生える。それでも理性を保ち切れず、暴走してしまうこともあるが……。》

「……どうして、私を助けてくれたの?」

《ダガーをずっと探していた。》

「なぜ?」

《……。》

アストランティアは悲しげな顔をした。

「どうしたの?」

《私はもうすぐ死ぬ。》

「え?」

《もう、キーファの側に居てやれない。》

「キーファのことが心配なの?どうして?」

《私の仲間たちはノルウェブの人間に殺された。その怒りと憎しみで私は我を忘れ、仲間を殺した人間たちが住む町を消滅させた。その町でたった一人生き残ったのがキーファだった。》

「そんな……。」

《我に返った私は大声で泣き叫ぶキーファを見て、同じだと思った。大切な者を亡くし、たった一人で生き続ける苦しみは誰よりも分かる。だから、キーファを側で見守ることにした。キーファが悲しくないように、ずっと側にいようと。キーファより後に死のうと。そう決めた。それがキーファにできる償いだと思った。けれど、私の命も永遠じゃない。いつかは死んでしまう。その時はもうすぐそこまで来ている。理性を失う間隔がどんどん短くなってきている。きっと最後には理性が保てなくなり、自我を失う。これまでも何度も自我を失いかけ、そのたびキーファに大怪我を負わせた。それでもキーファは私の側で、どうってことないと言って笑ってくれた。私は怖いんだ。またキーファのことを傷つけてしまうんじゃないかと。私はもうキーファの側にいてやれない。本当はあの夜空に浮かぶ星のように、ずっとキーファのことを見守ってやりたかった。》

月明かりに照らされたアストランティアの表情はとても悲しそうだった。

《タニア、頼みがある。私の代わりにキーファの側にいてくれないか?そして、今度私が暴走したときは、君の血で止めてくれ。》

タニアは何も答えられなかった。今のタニアにできたのは、キーファとアストランティアの幸せをこの夜空の輝きに祈ることだけだった。

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