2.地上の空
「どこに向かっているの?」
少年とタニアはドラゴンの背に乗り、空を飛んでいた。
「え?ああ、もうすぐ着くよ。ほら見えてきた。」
少年に促され、大地を見下ろすタニアの眼に飛び込んできたのは、ドラゴンが空を飛ぶ様を描いた巨大な絵画だった。
「何、あれ……。」
よく見ると、大地には長方形に切り揃えられた岩が敷き詰められており、そこに絵具か何かで絵が描かれている。
「『地上の空』だよ。」
「『地上の空』?何なの、それは。」
「墓だよ。」
「あんなに大きなお墓……一体誰の?」
「分からない。」
「え?」
「誰の墓なのか、誰が作ったのか、誰にも分からない。でも……とても大事なものなんだ。」
タニアはそう言う少年の横顔を見つめた。
「そろそろ降りるよ。」
ドラゴンは下降を始め、乾燥した赤い大地に脚を降ろした。そこには木造の家が建っていた。少年はドラゴンの背から飛び降り、タニアに手を差し出した。
「僕はキーファ・ボレアリス。こいつはアストランティア。僕の親友なんだ。君は?」
「タニア・アウストラ……。」
「タニアか、いい名前だね。」
アストランティアは鼻先をタニアに近づけて、お辞儀のような仕草をした。アストランティアは年老いたドラゴンだった。タニアはドラゴンの目を見た。タニアと同じ青い目をしていた。アストランティアは翼を広げると、空へ飛び立っていった。
「お腹空いたよね。何か作るから待ってて。」
家に入るとキーファはそう言ってキッチンに向かった。タニアは家の中を見渡した。キーファの家は物が多くてごちゃごちゃしていた。描きかけのキャンバスや筆と絵具が散らばっていたり、写真が壁にたくさん貼ってあったり、本棚に収まりきらない本が積み重ねてあったり。キーファはコーヒーとホットサンドを作ってくれた。
「散らかっててごめんね。あ、コーヒーは大丈夫?」
「うん、ありがとう……あの、どうして私を助けてくれたの?」
「アストランティアが教えてくれたんだ。」
「え?」
「びっくりしたよ。寝てたらさ、アストランティアが寝室の窓を尾で叩いてさ、思いっきり叩くもんだから、窓割れちゃったんだけど、」
キーファは親指を立てて、割れた窓を指さす。
「それでびっくりして飛び起きて、割れた窓からアストランティアが顔覗かせて、『行くぞ。』みたいな目で睨んでくるから、とりあえず言われた通りについて行ったんだよ。」
「ドラゴンの言葉が分かるの?」
「まさか!分からないよ。でも何となくわかるときがある。もう長い付き合いだから。」
「……。」
「そしたら、こんなきれいな女の子がヴォルカの飛空艇に乗ってるもんだから驚いたよ。あいつらはたくさんの町を襲って、金や領土を奪うんだ。僕もあいつらと同じノルウェブ人だけど。」
「……きれいな女の子って?」
「え?君のことだよ。髪も肌も真っ白で、瞳も青くてきれいだよ。アストランティアにそっくりだ。」
「……。」
タニアの大きな青い瞳から涙が零れた。
「あ、ご、ごめん。アストランティアに似てるなんて失礼だったかな。確かに顔は怖いし、もうお爺さんだけど、とってもきれいな鱗と瞳で……。」
「違うの……。きれいだなんて初めて言われたから。」
「……。」
タニアは両手で顔を覆い、体を屈めて肩を震わせた。キーファもタニアもそれ以上話さなかった。キーファはタニアの頭を優しく撫でた。ダガーだと知りながら、怖がらずに接してくれる人と出会ったのは初めてで、タニアは戸惑いながらも少し嬉しかった。