10.一緒に
タニアはキーファを見つめる。
「タニア?どうしたの?そんな見つめられると照れ……」
「どうして来たの?」
「え?」
「どうして助けになんか来るのよ!私はあなたに助けられる資格なんてない!」
タニアはキーファの手を振りほどく。
「タニア!」
「私はあなたたちが憎い!あなたたちの先祖が私たちの先祖に酷いことをして、そして、今でも私たちに対する迫害は続いてる!どうして?何もしてないのに!毎日、いつか見つかるんじゃないかと思いながら過ごす怖さがあなたたちに分かる⁉」
キーファは黙ってタニアの言葉を聞いている。
「ノルウェブ人を……ここに住むたちを殺したいと思った。本当はあなたのことも最初殺そうとしたの。」
タニアは俯く。そして悲痛な表情でこう言う。
「だけど、できなかった。私に優しくしてくれたのは、キーファだけだったから。」
キーファはもう一度、タニアの手を取る。
「君は僕を殺さなかった。一番辛いとき側に居てくれた。助けられる資格なんて、有っても無くてもどうだっていいよ。僕はただ、タニアに側に居てほしいんだ。」
「キーファ……。」
気を失っていたスーツの男が拳銃を取り出し、キーファに向けている。タニアはそれに気付き、目を見開いた。
「キーファ臥せて!」
タニアの声と共に、銃声が響いた。タニアはキーファを押し倒した。なんとか躱すことができたが、スーツの男は立ち上がり、倒れ込む二人に銃口を向ける。タニアは両手を広げ、キーファの盾になった。
「言ったはずだそ。君を助けようとする人間は殺すと。それでも君はこの男と逃げるのか?大人しくこちらに来れば、その男は殺さないでおいてやろう。」
タニアは考える。キーファには死んでほしくない……だったら、大人しくヴォルカに捕まるしか……
「ダガーの人たちは、自分達の血で犠牲になってしまう人たちを守ろうとしたんだろ?」
キーファは後ろからタニアに話しかける。
「今ここで奴等に捕まったら、彼らの死が無駄になる。また、無駄にするつもり?」
「でも、キーファが!」
タニアは今にも泣きだしそうな顔で言った。
「君の母親は君にそんな顔をしてほしかったわけじゃないだろ?」
キーファのその言葉で、母から言われた言葉が蘇った。
《たとえ、あなたの血で誰かが死ぬことになっても、それでもあなたには笑って生きてほしい。これはただの私のわがまま。ごめんね、親バカで。》
そのとき、ガレージからヴォルカの戦闘機がこっちに突っ込んできた。
「タニア、こっち!」
キーファはタニアの腰を抱えて、スピードを緩めない戦闘機のサイドミラーを必死に掴む。スーツの男は咄嗟に拳銃から手を離し、転げるように戦闘機との衝突を避けた。戦闘機はそのままのスピードで地面から飛び立った。キーファとタニアは、操縦席の後ろに乗り込む。
「たっく、何、呑気に話し込んでんだよ。早く来いよ。」
操縦席に座っている男がヘルメットを取りながら言う。ヘルメットから顔を出したのはヨセフだった。
「ヨセフ⁉」
タニアは驚いてヨセフの名前を叫ぶ。
「ごめん、ごめん。タニアがまたつまんないこと言ってるからさー。」
「つ、つまんないことって……。」
タニアは少し拗ねた表情になった。そんなタニアの表情を見て、キーファは嬉しそうにこう言った。
「でも聞いといてよかったよ。」
「え?」
「タニアのこと。」
タニアは自分が言ったことをキーファが覚えていてくれたことが嬉しくて、気付かれないように少しだけ微笑んだ。
キーファたちが乗る戦闘機はそのまま、ガレージから離れようとしていたが、タニアが引き止めた。
「待って!戻って!」
「はぁ?何でだよ⁉」
ヨセフが叫ぶ。
「お願い!」
ヨセフはしぶしぶガレージの方に戻る。しかし、意識を取り戻した男たちはガレージに停めてあった戦闘機に乗り込もうとしていた。
「あっち!」
タニアは指を指して叫ぶ。タニアが指さす先には茶髪の男の子が呆然と立っていた。タニアは戦闘機から身を乗り出し、男の子に手を伸ばす。
「タニア、危ないよ!」
キーファの声も聞かず、男の子に届くように精一杯手を伸ばしている。
「あなたも一緒に‼」
しかし、男の子は呆然としたまま動かない。
「早く来なさい‼」
タニアの手は男の子の腕を掴み、戦闘機の座席に押し込んだ。
「もういいか⁉行くぞ‼」
ヨセフは叫ぶ。キーファが後ろを振り向くと、戦闘機に乗り込んだ男たちは物凄い速度でヨセフが操縦する戦闘機を追いかける。キーファはヨセフに言う。
「追い付かれるよ‼」
「分かってる‼」
ヴォルカの戦闘機は銃弾を放った。
「撃って来た‼タニア!頭を中に!」
キーファはタニアの頭を守るように覆いかぶさる。ヨセフはサイドミラーを見ながら必死に避ける。今居るのは街から外れた砂漠のど真ん中。見渡す限り赤い大地で、身を隠せる場所がどこにもない。
「ヨセフ!こっちも何か砲弾とか出せないの?」
「無茶言うな‼俺は今日初めてこいつを操縦してんだよ‼飛ぶのがやっとだ‼そもそも、これ乗ってきたのはお前らだろ‼」
「仕方ないなー。ちょっと借りるよ。」
キーファはそう言うと、操縦席に置いていたヨセフのヘルメットを被り、身を乗り出してポケットから拳銃を取り出した。
「キーファそれどうしたの⁉」
タニアがキーファに尋ねる。
「さっき、スーツの男が落としていったから、拾っておいたんだよ。」
キーファはヴォルカの戦闘機の右翼めがけて二、三発、発砲した。弾は命中し、戦闘機はバランスを崩して、キーファたちが進む方向とは別の方向に逸れていき、地面に落下した。しかし、まだ二機の戦闘機が後ろから追いかけて来る。ヴォルガはキーファに向かって銃弾を放ってきた。
「やばっ!」
キーファは慌てて乗り出した身体を座席に引っ込める。ヨセフは後ろに気を配りながら、ずっとある場所を探していた。
《ここだと、見通しが良すぎる。何処だ、何処だ。確かこの辺りに……》
「あった……!」
ヨセフは目を見開き、その場所に向かって速度を上げる。
「キーファ、下降する!」
ヨセフの声を聞いてキーファは座席から顔を出し、地面を見下ろす。そこには赤い大地にひびが入ったように複雑に入り組んだ渓谷が広がっていた。
「渓谷に入るぞ!」
ヨセフが叫ぶ。キーファは被っていたヘルメットを外し、タニアの頭に被せた。機体は狭い大地の隙間を物凄いスピードで飛ぶ。時折、石や砂が飛んでくる。タニアの被ったヘルメットにも小石が当たる。
《これで見通しは悪くなった。奴らの目が届かないところまで逃げとおせればっ……。》
ヴォルカも渓谷に入ってくる。ヨセフは細い渓谷の隙間でも、スピードを緩めることなく突き進む。それはヴォルカも同じでヨセフたちの後ろについた。進む先には急なカーブがある。ヨセフが操縦する戦闘機は急にスピードを上げ、ヴォルカとの距離を取る。ヨセフはカーブを曲がり、ヴォルカの死角に入った。ヴォルカもスピードを上げ、カーブを曲がると、もっと先に進んでいると思っていたヨセフたちの戦闘機が目の前に現れ、機体から身を乗り出したキーファが拳銃を構えていた。
「二人目。」
キーファはそう呟き発砲した。左翼を撃ち抜かれたヴォルカの戦闘機は渓谷の壁に激突し、大きな水飛沫を上げて下を流れる川に落下した。
「もう一機いるぞ!気をつけろ!」
ヨセフの言葉を聞き、キーファは周りを警戒する。
《どこだ。どこにいる……まけたのか?》
すると、突然、正面の曲がり角の向こうから残りの一機が現れた。
「前だ‼」
《回り込まれたか……。》
キーファは拳銃を構える。
「待て!キーファ!伏せろ‼」
ヴォルカは連続的な銃弾を真っ直ぐ放ってくる。ヨセフは機体を斜めにしながら急降下し、ヴォルカの機体の真下を通り抜けた。ヨセフが操縦する戦闘機の翼が川の水面と垂直になり、翼の先が水面に触れる。水面は切れるように水飛沫を上げる。ヴォルカは水飛沫にも怯まず、銃弾を撃ち続ける。
「くそっ!まだ追って来るか。」
「ヨセフ!」
キーファが後ろからヨセフを呼ぶ。
「何だ?」
「あそこに大きな滝が見えるだろ?」
キーファが指さす先には、地上を流れる大きな川の水が渓谷に流れ込んでできたであろう滝があった。
「ああ。」
「あの滝の幅と高さそれぞれの中間が重なるところ、そこに向かって突っ込んでくれ。」
「はぁ?何言ってんだよ‼そんなことしたらっ……!」
「いいから。スピード緩めるなよ。滝壺に叩きつけられて機体ごと木っ端微塵だ。」
「緩めなくても渓谷の壁に激突して木っ端微塵だわ‼」
「大丈夫だから、僕を信じて……よっ!」
キーファはヨセフが握る操縦桿を掴み、滝に向かって動かす。
「馬鹿!よせ!」
座席の中に身を隠していたタニアと男の子は二人の騒がしい声が気になって顔を出した。
「ど、どうしたの二人とも……」
すると、自分たちが乗っている機体が滝に向かって突進していた。
「えー⁉ちょっと‼ぶつかるよ‼」
タニアは涙目になっている。キーファは気にせず突き進む。もう滝はすぐそこまで迫っている。
「キャーーーーーーーーー‼」
キーファ以外の悲鳴が渓谷に響き渡った。キーファたちが乗る機体は滝に突っ込み姿を消した。




