一
『伯爵の釵』は、大正九年一月発表の短編。
【原文(青空文庫)】
https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/3542_12165.html
【登場人物】(〇は主要人物)
〇村井紫玉 人気劇団の看板女優
玉野 紫玉の女弟子
玉枝 紫玉の女弟子
〇水天宮の童子 ?
茶屋の主人と娘
〇門附の乞食坊主 ?
池の汀の料亭の主人、女中、若衆
色好みの男爵 紫玉をひいきにするパトロン
下男 雨乞いの手伝いを任された、男爵の使用人
芝居関係の金主
一
この物語の舞台となったのは、清き犀川と美しき浅野川という二筋の大きな川が市の両端を流れ、その二本に挟まれた中央に城の天守が高くそびえて、森の木々は黒々と、堀の水は蒼く、国境の山岳は幾重にも重なり、湖を擁し、海に面し、橋と坂と、辻の柳と、家々の甍の波を抱いた北陸の都、金沢である。
激しい干魃にみまわれた、ある年の真夏のことだった。
……などといえば、空には恐ろしい入道雲が湧き、地上では水を奪いあうもめごとが頻発する、などといった話がすぐさま連想されるが、そんな物騒な出来事を語ろうというわけではない。
東京からやって来た、女優を看板に据えた有名な大一座が、この土地で七日間の興行を行って、全市中が湧きかえるような人気を博したのは、そんな折だった。
酷暑だ、日旱だというさなかに、どんなに人気が高まったといっても、湧くだの煮えるだのということばは、口にするのも暑苦しい。けれども、こんな古人の知恵もある。火災が発生したさいに土蔵が焼けるのを防ぐには、大盥に水をいっぱいにためて、そのなかに火をつけた蝋燭を立てておいてから、扉や窓を粘土で塗りかためるとよい。そうすれば庫内の酸素が欠乏して、隙間から侵入した熱い煙がこもっても、火の気を呼ばすに安全だという。……火をもって火を制するのだそうである。
この地で女優たちが演じた、新時代の情熱を燃やす演劇は、まさしくそれと同様であると言ってもよい。雲は焼け、草はしぼみ、水は涸れ、人は喘ぐとき、この演劇はあたかも熱病の床に差し出された氷ともいうべきもので、十万の市民に一服の清涼剤をもたらす以上の効用を与えた。
あれこそ一座の明星だと、雪のような白い肌に、潤んだ瞳が涼しく浮かぶその姿を目にしたすべての観客の賞賛を集めた村井紫玉は、金沢兼六園の茶店に一人静かに憩いのひとときを楽しんでいる。真っ赤な塩瀬織の煙管入れの結び目を解きながら、彼女はふと思った。
「まあ……さっきの、あの小さな子どもは、なんだったのかしら?」
髪型も女優髷に結っているわけではなく、わざと目立たぬ束髪に薄化粧という、あっさりとして粋ないでたち。そんな姿に合わせて選んだ煙草入れがまた、色っぽさをひきたてる。
芸妓が私用で出歩いているといった飾り気のなさで、この人気女優が出歩く姿は、どう見てもお忍びのようである。
実際のところ、その日の紫玉はお忍びで外出をしていたのだ。金沢での興業は昨日、楽日を迎えて、一座のなかには、すぐに次の興行先となる土地へ先乗りをした者も多かった。けれども、これまで立ち寄ってきた地方のなかでも、金沢には観光すべき名所がことのほか多いと聞いた紫玉は、中二日ばかりの休暇をこの地で過ごそうと居残った。そして、玉野、玉江という、付き添いの二人の女弟子も連れないで、一人でそっと外出したのである。照りつける日射しも気楽な一人歩きの身には苦にならず、町中を見物しながらぶらぶら歩きをしていた。
太平の世を治める君主にとっては、家臣から政治の報告を聞くときよりも、お忍びで民の暮らしぶりを見歩くときのほうが、どんなにか得意な気持ちになることだろう。同じ身を隠して歩くにしても、落人ならば、どんな物音にもおびえるというところだが、彼女にとっては、チリリと鳴る風鈴の音すら、人々が昼寝の夢のなかですら紫玉の名を呼んで、賛美し、嘆賞することばの妙なる響きのように聞こえて、そのつどハッと身を隠しては微笑む、などということを繰り返しながら歩いていた。
肩まで隠すような深張りの日傘の影になっても、面影の白さは透きとおるようで、ほのかな色香がただようのではないか……と自分でも思えてしまうので、誰とすれ違っても、自然と伏し目がちにうつむいてしまう。たとえ心中はおごり高ぶっていようとも、こうした控えめな身のこなしが、おのずと彼女の外見を品よく見せて、容姿を麗しいものにする。焼けた地面に落ちて焦げついたような影も、この女のものであれば、水で描いたように涼しく、爽やかに思えるのだった。
日盛りには、わずかに畳の縁ほどの濃い影が落ちているにすぎないが、影になった黒塀と白く輝く路面が対比する際を選んで歩く姿は鮮やかなもので、これを見た人々は鯨に乗って人魚が通ると、驚きの目を向けたことであろう。……白い素足がすらすらと黒繻子の上をすべり行く姿に誘われて、溝の流れからも清水 のせせらぎが聞こえてきそうである。
そんな紫玉がまず目指したのは、金沢城の櫓と境を接した場所にある、全国にある景色のすぐれた公園を二つ、三つ数えれば、必ず挙げられるであろう、兼六園であった。