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番外 記憶<メメント・モリ> 5

12.



少年は駆けていた。


いくら結界で土中の熱から守られているとはいえ、それでもひりつくような暑さの中、少年は滴る汗を拭いもせずに駆けていた。


有って無いような目的の為に、その山の頂をただひたすら目指していた。


炎の崖までの道のりはほとんどが周りを岩ばかりで覆い尽くしたような荒廃したような山だった。

その過酷な道をただひたすら駆けていく。


その足は次第に上がらなくなり、顎もあがって息も切れ切れになっていく。そんな中、少年はぼそぼそと独り言を呟く。



「…いるんだろ、隠れてないで出てこいよ」



その独り言に、何かが起こったわけではない。



「…頼むよ、聞こえているんだろ、頼むよ――」



その声は囁くような小声から、次第にボリュームが上がっていく。



「俺はここにいるぞ!出てこいよ魔獣!」



天を仰いで声を張り上げる。


その声に私は今度こそ大股で歩き、彼の胸ぐらをとっ捕まえた。



「何考えているんだあんたは!」


「アゲート…」



彼は、私を信じられないものでも見るかのように目を見開いて見つめていた。



「俺を、追ってきたのか」


「ったりまえでしょう。でなきゃこんな所にいるわけないじゃないですか。ボケているんですか。ああ、ボケているんですね。分かりました。じゃあボケたままでいいですから、おとなしく一緒に帰ってくれますか」


「ちょ、ちょ、ちょっと待て」



待ってられるか。待っている間に魔獣が来るかもしれないのだ。もう面倒くさいので担いででも帰ろうと決めた私は、カシムの腕をつかみあげようとしたが、その手をカシムは弾いた。



「もういいよ。お前だけ逃げろ」


「なに、言っているんですか」


「お前は、ちゃんと責任を果たした。けど俺が勝手に逃げ出して勝手に魔獣に殺された、それでいーよ」


「だから、何言っているんですか?」


「本当は蹴飛ばして逃げたとき、お前が呆れて放っておいてくれるの期待してたんだけど」



そこで、カシムはこの山に来て初めて、微かだが笑って見せた。



「お前、糞真面目なんだもんなあ」


「この期に及んで、喧嘩売っているんですか。なんならここで気絶させて連れ帰ってもいいですよ」



殺気立つ私の言葉に、カシムは静かに告げる。



「魔獣がいる」


「…っ!?」



その言葉に、私はとっさに周囲の気配を探る。

岩ばかりの荒野だ、身を隠す場所はいくらもある。私には、その姿も気配も察することはできなかった。



「魔獣に育てられたからかな、俺そういうの分かるんだ」


「魔獣に?あなたの親父殿ってまさか魔獣…」


「いや、それは違う。…けど、うん、そうだな。もう一人のおれの親父だ。どっちも血は繋がってねーけど。どっちも、すげー怖い父親だったな」



意味が分からなく、思い切りいぶかしんでいる私に答えを与えず。一人納得したような顔をしてうなずくカシム。


「今、俺らが二手に別れたら、きっとあいつは俺の方に来る。つか、そうするようにする。だから、お前は逃げろ」


「馬鹿な。敵がいると分かっていて、護衛対象を囮にして逃げる護衛者がどこにいると思いますか。それにあなた一人で、どうするつもりです。自殺行為・・・・だ」



言って――自分で言っておきながら失言したと気が付いた。私は、自分が今までずっと口に出そうとしていなかったことを言ってしまったのだ。


私が余程、自分の発言に驚いているように見えたのだろう。


カシムは私を見て、残念そうに眉根を歪めた。






「なんだ、ばれてたのか」






13.




ずっと、ずっと、ひっかかっていた。




なぜ、カシムは、危険な場所に自分を顧みず、確信もなく、護衛もつける様子もなく、ただ、向かっているのか、まるで、それは目的のものなどなくてもよいのだと言っているかのように。




目的は他にあるのだとでもいうように。




「ま、そういうわけだからさ、つまりお前はお役御免だ。適当に理由付けて宰相に報告してくれよ」



実に軽く、いつもと変わらない調子でカシムを私の肩に手を置く。



「それに、俺は別にアンブロシアの実を諦めたわけじゃねーからな。うまくいけば、魔獣倒して、実を持って帰ってくるかもしれないし。あ、それってすごくねーか?」



そうカラカラと笑う。私の肩に置いた手は、微かに震えながら。

私はその震えに気づかないように、吐き捨てるように言う。



「馬鹿なことを」


「かもな。でも、俺にはこれしかできねぇ。ほんとに情けねぇけどな、こんな、こんなことしか出来ねえなんて」



最後の言葉は、ほとんど聞き取れないほど、弱弱しく呟いた。



「お父上、ですか?」



カシムは少しだけ目を見開いてこちらを見た。思えば久しぶりに目があったような気がする。ずっと感づかれまいと、こちらを見ないよう意識していたのだろう。


その目を私は冷ややかに見返した。



「お父上が、病か何なのかは存じませんが、貴方がここでのたれ死んで、それで?何が変わるのですか。あなたがあなたの命を差し出せば、運命は律儀にあなたのお父上を救ってくださるとでも言うおつもりですか」


「違う」


「違いませんよ。あなたの言っていることはそういうことでしょう」


「違う、そうじゃない!俺がいるから…っ、俺がいるから、親父殿が…っ!」



ぐっと感情を堪えるように言葉を詰まらせ、カシムは私の肩を元来た道の方へ突き飛ばした。



「帰れよ、お前だって、宰相の命令で仕方なくここにいるだけだろ。宰相と同じで、俺のことただの親父殿のおまけか…いや、代替品か、予備の道具くらいにしか思われてねーんだろ」


「知って――」



知られて、いたのか。


そう思われていると知っていて、なお、カシムはあの屋敷で過ごしていたのか。



「だけどな」



睨みつけるように私を見下ろすカシムの目に涙が溜まっていた。



「親父殿の代わりなんて、いない。だれも代わり何てできるもんか!」



ついには、涙が堰をきって伝い落ちる。



「親父殿と宰相が言ってた。俺が…俺が生きているから、生まれたから、親父殿の命はもう長くないって…、言ってたんだ。だったら…、親父殿が死んじまうなら、俺はいらない」



涙が何度も頬を伝って、熱された地に落ちてゆく。






「俺は、俺なんかいらない」






私はその時、ほんの一瞬だけ祖父の顔と、なぜか古いアルバムを思い出した。






14.




「…もう、行けよ」



どうやら、一度泣き出すと止まらないらしい。


ぐずぐずと、いつまでも涙と格闘しながら、しわがれた声で私に言葉を投げつける。


私はその言葉に何一つ答えず、その場からも一歩も動かない。



「行けってば」



私は動かない。



「何なんだよお前は!」



よほど、私の無反応が苛立ったのだろう。こちらに向かって怒声を発するカシムに、私はようやく口を開いた。



「腹が立つんですよ」


「なに?」



私は一歩、元来た道ではなく、カシムの方に近づく。



「さっきから大人しく聞いていれば、訳の分からないことをピーチクパーチクと」


「訳わから…って、え?」


「道具?代替品?ええ、聞いてますよ、命令ですからね、そう思おうとしましたよ。でも無理でした。こんな自分勝手な道具、道具の方が怒り出しますよ」


「え、え?」



さらに一歩近づく。



「父親の代わり?というか、そもそもあなたの父親なんて知りませんよ。どうやったら知らない者の代わりにあなたがなれるんですか」


「いや、そりゃ…」



私は胸元から羽ペンを一つ取り出す。



「自分なんかいらない?ああ、ここ、一番腹が立つんですよねぇ」



羽ペンを軽く一振りすると、羽が鉄色に代わり、シャンと音を鳴らして、鎖と2丁の鎌が手の中に具現する。



「あなたに“なんか”と呼ばれるようなものを私が4日も馬鹿みたいに守ってたなんて思うと、腹が立って仕方ないんですよ」


「ちょ、おい…」



私が直接的な武器を出したことに驚いたのか、今度はカシムが後ずさった。



「どいつもこいつも…、叔父上といい、あなたといい…守れだ、守るなだと、好き勝手言ってくれて、もういい加減、いい加減ねえ、僕も好き勝手にすることに決めましたよ」



さしあたって――、そう言って私はビシッと鎌でカシムを指してこう言った。



「さしあたって、私が今あなたの護衛をしているということは、あなたの命は私の物です。勝手に死なないでもらえますか」




「は?」




目を点にしてこちらを見たカシムは、驚きすぎて涙も引っ込んだようだった。






15.




「ちょ、ちょっとまて!俺の命は俺のもんだ」



驚いていたカシムはすぐに我に返ると、こちらに怒声を発してきた。


私は向けていた鎌を自分の肩にひっかけると、その言葉に返す。



「証拠は?」


「へ?え、いや、え?証拠?」


「あなたの命があなたのものだという言う証拠ですよ。いつどこで誰が、あなたの命があなたのものだと言ったのですか、決めたのですか?」


「え、え、え?」



畳み掛ける私の問いかけに、カシムはただただ戸惑っている。


その様子にため息をつき、



「いまさらあなたに占有権と所有権を語るつもりはありませんが」



私は、鎖鎌の柄に、さらに鎌を具現させ、慣れた自分の得物を硬質させる。



「少なくとも、私は宰相閣下からあなたの命を守るよう命じられていますので、貴方の命を私は預かっているんです。だから勝手に死なれては私が困るんですよ。なんですかあなたは、人の持ち物を勝手に持っていかないでくれますか、泥棒ですか?この泥棒」


「待てっ、何か間違っている!けど、何がどう間違ってるのかうまく言えねーっ!」



私は両端に付いた鎖がまの鎌を一つ放り、空いた左手に再び羽ペンを取り出す。


魔獣の気配は、私にも分かるほど濃く感じられた。



「長く、話過ぎましたね」


「おい、頼む。逃げてくれ。もしお前に何かあったら俺、じっちゃんにも、バルドルにも合わせる顔が――」


「合わせる顔?あの世でどの面下げたところで、その間抜け面は治りませんよ」


「おいっ」



私は羽ペンをカシムの前に放ち、結界を巡らせた。カシムだけに。



「前にも言いましたが、あなたの感情なんて、知ったことではないんですよ。僕は僕の好きにさせてもらいます。これは…」




気配の正面に向かい、私は得物を構える。




「これは、僕のプライドの問題だ」

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