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番外 記憶<メメント・モリ> 2

6.




「護衛っ!?お前が?こんなちっこい奴が!?」


「………」



カシミールと私の身長差は頭一つはあるので、言われるとは思っていたけれど、こうもハッキリと口に出されるとさすがにムッとするものがある。



「宰相閣下のご命令ですので、私は命令の通りに遂行するだけです」


「ふーん、そっかそっか、んじゃがんばれよ」



そう言って、私を通りすぎて、扉へと向かう。

とりあえず、服の裾を捕まえて、問いただす。



「どちらへ行かれるのですか?カシミール様」


「ちっ、やっぱさりげなくは無理があったか」


「ありすぎです。ついでに言えば甘過ぎです」



そう言うと、私は服の裾をめいっぱい引っ張るとともに足払いをかけると、ズベンと小気味よい音を立てて彼が尻餅をついた。

私は尻餅をついたカシミールに手をさしのべながら、にこやかに言った。



「ついでに言えば、あなたの前護衛者達の三名を足しても、私の方が強いとお思いください」


「ま、まじで?」


「まじです。だから、大人しく部屋に居て貰いますよ」



ふてくされながら、差し出していた私の手を弾くと、自分で起き上がり部屋の奥にあるベッドにつっぷした。



「なんだよ、なんだよ、一体なんだってんだよ!俺がなんでこんなとこに閉じこめられなきゃいけないんだ。なーんにもないこんなところで5日間!?ふざけんなっ!退屈で死んじまうぞ!出ること出来ないなら城に帰せよ!」



「城?」



聞き間違えか?今「城」と聞こえたような。

怪訝な顔をした私を無視してカシミールは続ける。



「親父殿の所へ帰りたいんだ。親父殿のところへ行って、俺は、俺は…」


「お父様が、城で務められていると言うことですか?でしたら、言付けを頼むことぐらいなら出来ますが」



この屋敷から城への道のりは、けして遠いというわけではないが、未だ一般人である自分やこの少年がやすやすと入れる訳がない。だが言付けくらいなら叔父上を通せばすんなりできるだろう。


すると、今度はカシミールの方が怪訝な顔をする。



「勤める?何言ってるんだ。親父殿は魔…」




瞬間。




扉の近くにいた私の間を一陣の風が通りすぎ、奥の寝台で暴れていたカシミールの口に張り付いた。



「―――――ッ」


「なっ、か、紙?」



扉から勢いよく飛んでカシミールの口にただの紙が張り付いていた。


そして、室内に低い声が響く。



「カシミール様…」


「お、叔父上様!?」



扉の前に宰相である叔父上が立っていた。



「カシミール様」



威厳高く、低い、低い声で声を塞がれているカシミールに呼びかける。



「ここに来る際、お父上と約束されたこと、お覚えですね」



そう言って、一つ二つとカシミールに近づく叔父上にただならぬ圧迫感を感じずには居られない。


叔父上はカシミールの目の前まで歩くと、非常に近くでもう一度低い声でつぶやいた。



「お覚えですね?」



カシミールはその迫力に押されるように無言で頷くと。叔父上は納得して静かに部屋を退出した。


叔父上の気配が去って、忌々しそうに口に張り付いた紙をはがすカシミール。


無駄と知りつつも、一応半眼でふてくされた少年に私は問う。



「で、あなたのお父様は何者なのですか」



「知らねぇ」



苦々しく答えを返すカシミールだった。






7.






「ところでカシミール様」


「カシムでいいよ、そう言う堅苦しいの厭だし」



結局、カシミールはベッドでふて寝することにしたのか、大の字なって、ベッドで倒れ込んでいた。

私と言えば、まさか同じようにくつろぐ訳にもいかず、ベッドサイドで彼に背を向ける形で立ち、一応護衛らしく振る舞う。



「ですが、目上の方を、ましてや護衛の方を愛称で呼ぶのは」


「んじゃ、それ命令。それでいいだろ」



無茶苦茶な奴である。



「そんな、宰相閣下ですらあなたを…」


「あいつは嫌いだ。それに、お前みたいな子どもにまで、様付けされたら…あーっ、こう、ムズムズするっつか、なんつーか」



そう言って、寝ている体勢から起き上がり、髪をかき回す。


それをちらりと見て、ため息をつく。



「子どもって、せいぜい私とあなたは一つ二つ違う位でしょう」


「一つか、二つ…」


「?」



そこは引っかかる所だったろうか。


首を傾げた私の姿が分かったのだろう。「いや」と呟いたカシミールは



「ともかく俺はお前のことアゲートって呼ぶし、アゲートも俺のことカシムって呼ぶ。それでこの話は仕舞い」



決定とばかりに打ち切るカシミールに私はため息をついて、眼鏡を押し上げた。



「……分かりました。それで話を戻してもよろしいでしょうか。カシミール様」



「こいつ聞いてねぇ、全然人の話聞いてないぞ!?」


人のことを言えるものか。と、反論しかけている自分に気づき、押し黙る。



(なにをペースに乗せられているんだ僕は)



心の中で舌打ちをし、私は本来問いたかった言葉を口にする。



「どうして、貴方が宰相閣下の邸宅で滞在を余儀なくされていらっしゃるのでしょうか」


「平たく言ってくれ、なんでここにいるんだってことだろ。俺が知るか」


「では、宰相閣下は私に護衛、と申しつけましたが、何か、狙われる心当たりが?」


「知らね、あいつらが馬鹿みたいに俺に護衛だか、監視だかを付けたがるのは昔からそうだから気にしたことない」


「そうですか」



軽くうなずき、そして確信した。



(さっぱり分からない)



彼がこの屋敷に押し込められていることも、特に急を要する危機に瀕しているわけでも、護衛人が不足しているわけでもない、にもかかわらず、わざわざ夏季休暇に帰省した自分をまるで監視するためだけにあてがう理由が一つも分からなかった。



(意味が、あるのだろうか?)



思案しているうちに、ずいと、ベッドサイドに立っていた自分にカシミールはニヤリと笑って近づく。



「そんなことより、こっちの本題…」「お断りします」



間髪いれず私は回答した。



「早いぞっ!」



ふくれっ面でこちらにどなるが、私にとっては知ったことではなかった。



「私はあくまで護衛者なので、貴方の危険を冗長するような真似をするつもりはございません」


「真面目な奴だなあ」



(こいつ…)



人が守ってやると言っているのに、言うに事欠いてそれを「真面目な奴」とはなんだ。

しかし、その内を吐露するわけにも行かず、無表情に無関心そうに振る舞う。



「なあ、どうしても行きたい場所があるんだよ」



だろうな、と思った。


私が入って来た時もそうだったし、初めに出合った時もそうだった。


彼は常に、この屋敷から逃げ出そうとしていた。


叔父上も以前の護衛者も、おそらくその「行きたい場所」とやらに反対したのだろう。だから彼は逃げ出そうとしたのだ。つまり、私の答えだって決まっている。



「駄目です」


「なんでだよ!」



堪忍袋の緒が切れたのか、ベッドから飛び出すと私の前に立った。



「どこかも聞いてもないうちから、なんでダメなんだ」


「危険な場所なんでしょう?」


「う、お…、き、危険じゃない…はずだ」



途端にたじろいだ。嘘でももう少しましに言えないものだろうか。



「別にお前について来いとか言わねーよ。そのせいで俺に何かあっても責めねーし。だからさ、だから、黙って俺を行かせてくれないか?」


ひどく、切羽つまった、真摯な目だ。


だからだろう、私は聞いてはいけない問いをしてしまった。



「どこへ行きたいのですか?」


「ニーズヘグ」


「二ッ…!」



いまさら聞かなかったことにはできないだろうか。


頭を抱えたくなる思いを振り払って、バカげたことを口走った彼を半眼で見上げる。



「聞き間違え出なければ、僕は今ニーズヘグと聞こえたのですが」


「そうだよ」


「あの炎の崖、刃の魔獣のいるニーズヘグ?」


「そう…だよ」



聞き間違えではなかったらしい。



「なぜ、そのような場所へ?」


「………」



だんまりか。



「理由をお話ししていただかなければ、許可はできません」


「う………」



私は待った。


待って、待った。


何かを葛藤しているのだろう。幾分長い間、眉間に皺をよせて噤んでいた口を彼は意を決したように開いた。



「俺のこと、名前で呼んでくれねーか」


「はあ?」



ようやく口を開いたかと思えば、何を言い出すんだこの人は。



「今はそのようなこと、どうでもいいでしょう」


「よくねー、あれからお前一度も俺のこと名前で呼んでないだろ」


「呼ぶ必要はないでしょう」


「呼んだら…」



えらく、純度の濃い青い眼でこちらを見る。

そういえばカシミールとは『至上の青』という意味だったか。



「呼んだら、言うよ」



さっきとは別の意味で頭が痛くなった。


正直言って、彼となれ合う気は、さらさらない。ただ、5日間の任務をこなせばいいだけの話なのに、どうしてこんなことになるんだろうか。


私は、諦めのため息をついて、彼を見上げた。




「訳を、話してくれますか、カシム」





8.




「出せーーーっ!この嘘つき!!」



「人聞きの悪い。ちゃんと理由を聞いて、判断をしたまでです」


「だから理由言えば許可するって言ったじゃないか!」


「言わなければ『許可しない』と言いましたが、言えば『許可する』とは言っておりませんよ、カシミール様」


「ペテンだ!!」


「どうとでも」



私とカシムは鍵の掛けた部屋の扉の間で言い争う。


カシムは確かにあの後理由を教えてくれたのだが、それは私の頭をさらに悩ませる内容だった。



「あなたの仰るそれは、ただの伝説です。そこでぐっすりお休みになられた方が手に入れられますよ」


「それ完全に夢だよな!?意味無いから!!」



扉の向こうでドンドンガシガシと、こちらを攻撃する音と突っ込みが聞こえる。


その騒音を聞き流しながら、私はそこから離れた、叔父上に報告するために。



(叔父上は知っていて、私にあいつの護衛を任せたのか?)



だとすれば、私一人に護衛を任せるなんて無理難題にもほどがある。


私は叔父上の私室に向かう途中、回廊いた侍女にカシムの部屋に就くように言い、苦々しく、彼のニーズヘグへ向かう理由を反芻した。





『親父殿の身体の調子が悪いんだ』


『いつも俺の前で何でも無い振りするけど、なんか違って』


『言わないけど、たまに膝をついて苦しそうにもしてるんだ』


『心配なんだ』




病ではないか、と私は言った。カシムも「うん」とうなずいた。




『そうかもしれない。だから、俺探したんだ。――図書館で』



この時点でいやな予感はあったのだ。あったのだが、私は「何を」と続きを促す。


カシムは私の目を見て意を決して言った。




『アンブロシアの実』




今度こそ、聞き間違いだと確信した。



『アンブロシアの実だよ。どんな病も、怪我も治せる、不老長寿の実だよ』



聞き違いにさせてくれなかった。


私の表情が固まっているのにも気づかず、カシムは続ける。



『本にさ、ニーズヘグの刃の魔獣の巣の奥にあるってあったんだ、だからさ』



『分かりました』



ようく分かった、そして理解した。


私はニコリとカシムに笑いかけた。


その表情をみてカシムも顔を明るくさせる。



『アゲートっ!』



『ええ、カシム。分かりましたよ』



私は懐にしまっていた羽ペンを取り出した。



『それ、なんだ?』



不思議そうに尋ねるカシムに、私は微笑みながら説明する。



『失礼、これは私の術具なんです。私が魔術や魔法を使う時の、いわば補助具というものです』



言って、羽ペンを彼の背後にあるベッドの奥の窓に投げて突き刺す。


羽ペンが突き刺さった部分から青白い光が薄く輝き、その光が徐々にそこから延び、部屋を丸々覆った。



『んなっ…』



驚くカシムを見ながら、私はニコリと笑う。



『結界です。これであなたは私と私の許可がある者以外、部屋から一歩も出ることはできません』


『はあっ!?』



驚くカシムを横目に私は扉を開く。



『そこで大人しくしていてください』



無慈悲に私は部屋を出るとその扉を閉じたのだった。







そして、その日から、私と彼の5日間の攻防が始まったのである。

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