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第二話 クマと俺と勇者さま

魔の世界と書いて魔界。

そんな世界で俺は魔王という管理職を務めている。


魔王っていや、なんていうか、ほら、アレな感じでふんぞり返って、「世界征服するぞ――ッ」と叫びそうなもんだが


…当たり前だが、俺はそんな事しない。

アレな格好もしないし、ふんぞり返ったりもしない、ていうより出来ない。


なんでだって?そりゃあ…


「あーーっ、カシムくんみっけ!」

「ぎゃー、見つかったーっ!!」


自室のクローゼットから這い出たオレは、再び全力疾走でその場から逃げ切る。


「あ、今度は『鬼ごっこ』だね☆」


そう言って、どこからか現れた箒にまたがり、赤いふわふわとしたドレスで追いかけてくる少女。


「魔王の訓練しようよー♪」

「ぜってーいやだああぁぁ!!」


ああ、そういえばなんでふんぞり返れないかって?

そりゃあな・・・



「プリチー魔王さまの、会心の一撃ぃ!」

「ぎゃー、でたー、巨大変態熊―っ!」



7人の魔王が日夜おれをいびりに来るからである―――。





7人の魔王と魔王な俺


~クマと俺と勇者さま~






1.



「んもう、カシムくんやっと捕まえたぁっ、と」

「くそう、またしても俺は、こんな変態熊に…」


絢爛豪華、とまでは言い難いが、魔王とされる俺の執務室にある、立派そうな絨毯の上に転がされている俺。

褐色の肌と黒い髪に加え、あまり上品とは言えない青いマントを身につけ、動きやすいという一点のみの綿の服を平時着ているため、目立つと言えば、その王の象徴と言える赤い目だけが唯一目立つ。

身動きを取ろうにも、背後から抱きしめられるようにして巨大なクマのぬいぐるみが、あり得ない程の力でしがみついているので、立ち上がることすら出来ない。

そんな俺を楽しそうに上から見下ろす大きな瞳。

クルリとよく動く赤い瞳で、見かけはどう見ても10歳ほどの少女がフリル満点のドレスを翻し、俺と同じ漆黒の髪を揺らして、俺の額にデコピンした。


「あたしの『マサルくん三世』を変態呼ばわりしちゃ、メッ」

「うるせえっ、俺よりばばあのくせして、メッとか言うな。てか、もう名前が駄目だ!帰れ、国へっ!」

「やーだもーん。今日はあたし、『異界の魔王』さまの当番だものねー」

「いつから俺へのいじめは当番制になったーーっ!!」

「いじめじゃないよー、訓練だよー」

「俺にとっては、同意義だ!というか、この生暖かいクマをとっとと離せーっ!!息が生臭いっ!」

「ね、ね、リアルでしょ!?」

「そんなリアルは絶対遠慮する!」



そんな俺の叫びはいつものことで、そしてそんないつもの俺の願いはあっさりとこの魔王達に却下される。


「宰相ちゃーん、いるー?」

「……はいメイ様、ここに」


気配を絶ったまま、執務室の扉で控えていた宰相は苦笑しながら名乗りを上げた。

細い銀のフレームを一度だけ持ち上げ、俺たちの前までやってくる。


メイと呼ばれた魔王は、その宰相ににっこりと微笑むと「いつものお願いね☆」と楽しそうに声をかけた。

すると、優秀な宰相は、分かっていたというふうに己の腕の中に彼女の希望のものを差し出す。


裁縫道具を。


「さ、始めよっか、カシムくん!」

「もう、いやだーっ!!」



2.



魔界には、3つの大陸、9つの国が存在する。

9つの国に、9つの魔王。といっても一つは大昔に滅んだきりなので正確には8つの魔王を配している。

俺もその魔王の一人なのだが、じつは成り立てほやほやの新人魔王であったりする。


そんな頼りない俺を見越してなのか、先代である俺の国の魔王は各国の魔王に遺言を託した。


『他の魔王たちよ、この愛しい養い子をたのむ。りっぱな魔王にしてやってくれ』




その魔王であった男の遺言は、いまでも続いている。



3.



「はーい、一針一針、丁寧に、心を込めて、あ、いま飛ばしたでしょ、メッ」

「うがっ」


メッ、と言った言葉とともに、やたらと重いピコピコハンマーが頭上に飛んできた。


「いーい、カシムくん。このクマさんはただのクマさんじゃないの。点と点、空と地、界と界をつなげるとっても大変な術具なんだよー」


飛ばしたピコピコハンマーを己の手に戻した異界の魔王は人差し指を立てて説明する。


「コレさえマスターしちゃえば、他の国にも行き来がすっごく楽だし、魔獣達の召喚もできちゃうスーパーアイテムなんだから、ね!」

「ううう…、何でそんな大事なものがクマなんだ、しかもなぜでかくなる。」

「それは趣味だけどぉ」

「だろうな、そうだと思ったよ、畜生!」


すくなくとも、俺の養い親である前魔王がこんなクマのぬいぐるみを振りかざしていた記憶などみじんもない。

……というか、そんな親父殿は、いやだ。



「…ふう、ほらこんなモンだろ」


2時間ほどかかって出来たそれは一応クマの形をした何かにはなった。


「カシムくん、ほんとに不器用だね」

少しだけ呆れたように自分の作品である「マサルくん三世」と俺のを見比べた。

「俺が縫いモンなんて出来るわけ無いだろっ」


俺はどう見たってできの悪いそれに、悪態をついた。


「んーっ、仕方ないなあ。じゃ、せっかくだし一番簡単な召喚してみよっか」

「げ、こんなモン、本気でなんかに使うのかよっ!」

「こんなモンて言っちゃ駄目!手作りのものにはね、どんなものにも魔力が宿るの。手作りって方法が、自分の魔力を道具になじませる最高の方法なんだよぉ」

「ったってなあ、俺には魔力なんてこれっぽっちもねーし」

「魔王が無いわけ無いのっ、いいからやってみよ、今日は簡単な蝶を召喚ね」


そう言って強引に俺の胸に、俺が作ったクマのようなボロ切れを渡すメイ。

正直言って、時間がたてばたつほど、糸が端からほつれてきて、すでにクマのではなく、ただの布きれのように見える。


「で、どうすりゃいいんだ?」


クマの人形見詰めて途方にくれる俺に、メイの笑顔はまぶしかった。


「えっとね。そのクマさんをぎゅっと抱きしめて召喚したいモノを思い浮かべて、こう叫ぶの『ミラクルパワー!出てきてポンポン、蝶々さ…』」

「言えるかーーっ!!」


クマを投げ飛ばして、全否定した。


そして、投げ飛ばしたソレは、メイの抱きしめていた「マサルくん三世」にぶつかり…


「え、わあっ、なになに?」

「な…っ」


クマが重なり合った瞬間に、眩い光が放たれたその後には。


赤いマントの男が1人現れていた。




4.




呆然と男を眺めている俺。

そんな俺をかばうように、男との間に割り込んだ宰相。

きょとんと見詰める異界の魔王。


そして…



「ふ、ふふ、ふ、ようやく見つけた、探し当てたぞ異世界の魔王よ!」


赤いマントの男はそのマントを翻し、腰に下げた重そうな剣をビシッと宰相にさした。


「おい」


思わずツッコミを入れてしまう俺。


「あなたは何者ですか」


そんな俺を完全に無視し、眼鏡の銀縁を光らせ宰相は威風たっぷりに男に問いかける。

くそう、どうせ俺には貫禄とかねーよ。

突然俺の城に現れ、あまつ宰相を魔王と勘違いし、名指しした男は、またしても自信満々に答えた。


「俺か、俺は勇者だっ!」


ゆ、ゆうしゃ…?


「なあ、勇者ってなんだ?」

こそりと宰相に耳打ちする俺、あまりに堂々と答えるので「勇者」という名前は一般の常識なのかと不安になったのだが、

「いえ、まったく分かりません」

宰相の答えに少しだけほっとして、宰相の横に並び、俺は叫ぶ。


「おい、突然人の家に現れて、訳分からねえ名乗りをあげんな、迷惑だ!つか、魔王は俺だっつーの」

「なにっ、お前が魔王!?こんな貧相なやつが?欠片も見えないな」


言葉の武器がグサリと刺さり、よろめいた俺をとっさに支えた宰相。

な、なんでこんな初対面の不振人物にまで、魔王全否定されなきゃならねーんだ。


「わあ、勇者さんこんにちは!あたしも、あたしも魔王ですっ☆」

「なにぃっ!?」


ぴょんぴょんと自分の周りをはね回る赤い少女に、目を剥く勇者と名乗る男。

突然、がくりと膝をつき項垂れた。


「そんな…、魔王がこんな女子どもだとは…。俺は何のためにこんな異世界にまで魔王を求めてきたんだ」


「なんかこいつ腹立つんだけど…。つか、勇者ってなんだ?」


訳の分からない俺に、異界の魔王は物知り顔で答える。


「勇者っていうのはね、この魔界にはないんだけれどー、そうだね、職業かな。『勇敢な人』っていう」

「…ますます分からん、それ職業になるのか?具体的に何するんだ?」


問いかけた俺に、異界の魔王は深くに眠っている記憶を掘り起こしながら、続けた。


「えっとねー、魔物を退治したり、それでお金稼いだり、最終的には魔王を退治する…んだったかなあ」


「はあ!?」


た、退治ぃ!?なんでそんな職業があるんだ!?


「そう言うことだ」


あっけに取られている俺の背後から、恐ろしい気配がやってきた。


「うおぉぉっ!?」

「魔王様っ!!」


頭を抱えて伏せた俺の上に、男の剣が一閃する。


「おおおおぉぉっ!?な、なにすんだ、アブねーな!?」

「ナイスです魔王様、ヴィットール様との特訓の成果ですね!」

「うるせーっ、こんな為にしばかれて堪るかーっ、絶対認めん!!」


そんな俺に再び構えを直した男は、尻餅ついて、頭を抱える俺をつまらなさそうに見た。


「なんだお前は、全く手応えがないな。それでも魔王か」

「それでもって、どれでもだっ!?俺はただ慎ましく魔王してるだけだぞ!?こんな目に遭ういわれはねーっ!」

「どんな魔王だ!魔王って言うのはふんぞり返って悪の限りをつくして、最後に勇者に退治される、いわばやられ役だろう!」

「どこの世界の魔王だそれはっ、少なくとも俺はしたくてもできねー」

「…ものすごく悲しい言葉ですね、魔王様」

「う、うるせぇ」


なんか泣きたくなってきた。な、なんで俺ばっか、こんな目に遭うんだ。

尻餅着いた俺は、じりじりと迫る男から位置を変えるため、ゆっくりと腰を上げる。

剣を構えた男の切っ先から流れてくるプレッシャーを、なんとか受け流し、背後にいる宰相に目配せした。

数メートル背後にいた宰相が、俺の視線にわずかにうなずくのを見ると、俺は再び勇者とやらを睨み付けた。


「あんた、勇者とか言ったな。魔王を退治すると言ったが、何が目的だ。理由によっちゃ話し合いの余地があるだろ?」

「ない。俺の存在意義は魔王を倒すことだ。そのために…そのために…、くそっ、今はそんなことはどーでもいい。とにかくお前を倒す!世界の半分をやると持ちかけても答えはノーだ!」

「そんなもん、持ちかけねーよ!いけ、宰相!」


俺はその場から勢いよく、宰相のいる場所まで後退した。

その瞬間、宰相の懐から現れた羽ペンが一つ。

宰相はそれを勇者の足下に投げつけると、羽は姿を変え、鈍色の格子へと姿を変える。


「なにっ」


そのことに気づいた勇者だったが、そのときには既に遅く、格子は勇者を囲み、男の自由を奪った。


「ふはははっ、ひっかかったな!勇者とやら。それは俺が執務中に逃げ出さないように宰相が作った、対魔王用牢屋だ!ぜったいに壊れないぞ!俺が身をもって保証する」

「…全然、自慢できませんよ魔王様」


悲しげにつぶやかれた宰相の言葉は無視して、俺は安全になったため勇者に近寄った。

勇者は項垂れ、悔しそうに俺を睨み付けるがどうにも出来ないと悟ったらしい。


「殺せ、俺の負けだ」


そうつぶやいた。


「と、言われても、殺すだのなんだの物騒なのは、出来れば勘弁してもらいたいんだけど」


弱ったなあ。とポリポリと頭をかく。そもそも、こいつって異世界から来たんだよなあ。自分で言ってたし。

異世界ってことは、魔界じゃない所から来たって事で、…どうすりゃお帰りになってもらえるんだ?


「なあ、異界の魔王。あんたなら、こいつを還せるんじゃないか?」


勇者が突然現れてから、ほとんど状況を傍観していたメイに俺は問う。

しかしメイの表情はいつものようなホワホワとした笑みではなく少しだけ眉根を寄せて、こちらにやってきた。


「もちろん、できるよぉ。でもね、勇者さんはたぶん望んでないの」

「え?」


意味がよく分からなくて、聞き返した。もといた世界に帰りたくない?

家族も、きっと友人だっている故郷だぞ?


「あのね、カシムくんは気づいてないのかもしれないけど、勇者さんがここに現れたのって、あたしの召喚だけじゃなくって、勇者さんだけの力じゃなくて、もちろんカシムくんだけの力じゃないの。3人のね、力なの」

「え、俺も?」

「うん、だからねぇ。還すっていうのはね、同じ力を同じように元に戻すってこと何だよ。そのためには、あたしだけじゃなくって、カシムくんだけじゃなくて、勇者さんの力も必要なの。だけど勇者さんは…」

「たしかにな、俺は魔王のいない俺の世界に興味がない。つまり元の世界に俺を還すのは無理だろうな」

きっぱりと、答えた勇者。状況を理解しているのか、平然と言いのけた。

「だから、俺は帰らん。なら、殺すしかないだろう?お前達にとって俺は天敵だろうからな」

「…とういうわけなの、どうしよっか、カシムくん」

「え、俺?どうするって…」

「だって、この国の魔王はカシムくんだよ」


ケロリとして言ったもう1人の魔王は、俺の答えを待った。


―――たぶん、試されている。


(くそったれ、これも、魔王の訓練ってか!?)


大きな赤い瞳が俺の言葉を待っている。たぶん答える選択は二択で、俺はもう答えを決めている。

その答えに、異界の魔王はたぶん何も言わないだろう。正しいも間違いも、ただ俺を見極めるだけだ。



―――答えは決まっている。



俺は、覚悟を決めた勇者にそれを告げるだけだった。



「あんた、俺んとこ来るか?」



5.



「はあっ!?」


勇者がひっくり返るような声であんぐりと口を開けた。


「いや、俺も考えてみた。あんたは元いた世界に帰らないって言うだろ?で、俺としては無益な殺生は好きじゃない。てことはあんたはここに居るしかないってことだ。つまり、あんたが俺に危害を加えないって言うなら、…ここに居てもいーぞ」

「あのなっ!俺はお前ら魔王を退治するために…」

「それも考えた!けどなあ、あんたの世界の魔王って奴がどんなのか知らねーが、魔界の魔王っていや、死なねーぞ。あ、いや、寿命が来たら死んじまうけど」

「へ?」


開いた口をパクパクさせて、間抜け面で俺を見返した勇者。

俺は肩をすくめて、やれやれと首をふった。


「…やっぱり知らなかったか。つまりな、俺を退治するとか無理って言う話で、あ、もちろん、斬られたりしたら痛いからヤだけど、俺が死ぬって言ったら…そうだなあ、あと数百年は待ってもらわねーと、無理かな?」


「な、な、な、な…っ」


「だから、まあ、退治なんて物騒なことは諦めて…」


俺は出来る限り穏便に済ますため、目一杯の笑顔を勇者に向けた。


「これから、よろしくな」


「なんで、こーなるんだあっ!!」



絶叫した勇者の声は、どうにも同情の余地があった。



6.



「はい、じゃあコレはカシムくんにあげるね」

「ううっ、出来ればどさくさに紛れて抹殺したかった…」


手渡された、クマを胡乱にながめて、俺はつぶやく。

そんな俺にニコニコと笑顔をむけると異界の魔王は、「エイッ」とかけ声をかけて飛び、俺の頭をポンと叩いた。


「な、なに…」

「えへへ、いい子いい子してあげたかったの。今日は大分上達したねカシムくん」


本当に嬉しそうに笑う少女。俺は少女を見て、再び怪しげなクマを見下ろした。


「俺にも魔力…、あったんだな」

「そうだよー、だって魔王だもん」


まるで自分の事のように胸を張る異界の魔王に、俺はこそばゆい気持ちになるが、絶対にそんな気持ちを出さずに黙っていた。すると、異界の魔王はニコリと笑い。



「だから次の課題は、うさちゃんだね☆」

「脈絡と理由を説明しろーーーーっ!!それはレベルアップしてるのか!?どうなんだ!?」




勇者ではないが、俺と魔王達の戦いは、まだまだ終りそうにないのであった。









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