第一話 日常は異常だよ
魔の世界と書いて魔界。
そんな世界で俺は魔王という管理職を務めている。
魔王っていや、なんていうか、ほら、アレな感じでふんぞり返って、「世界征服するぞ――ッ」と叫びそうなもんだが
…当たり前だが、俺はそんな事しない。
アレな格好もしないし、ふんぞり返ったりもしない、ていうより出来ない。
なんでだって?そりゃあ…
7人の魔王が日夜おれをいびりに来るからである―――。
7人の魔王と魔王な俺
~日常は異常だよ~
1.
はらり…
塔の窓をすり抜けるように木の葉が一枚落ちる。
「あぁ、木の葉が地上に到達する頃、俺はきっと死ぬ、いや確実に死ぬ。というか死にたい」
「ありえないですから。いい加減現実逃避から戻ってきてください」
俺の横では律儀に返事を返してくる宰相の姿があった。
「不死者のあなたが死ぬわけ無いでしょう。それよりも今夜は誰がいらっしゃるんですか?」
「カタンだ」
短く宰相に答えた。
「ああ、東の…。いいじゃないですか比較的まともな方ですし」
「あの万年説教野郎が?しかも若作りの」
「そう言うあなたも、その姿で130歳とは思えませんが」
「あんなのと俺を比べるな。俺は自然のままの姿、あっちは趣味だ」
「どちらでも同じだ」、そう言いたげな宰相にあえて応えず。俺は再び塔の窓辺をぼんやり見やった。
外が薄暗いせいで、中から漏れる光がガラスを反射させて16・7歳くらいの少年の姿を映し出す。
赤い目、これが魔王である絶対の印でもある。その不自然な目の色とは逆に、あまりに一般的なくらいの容貌である俺の顔。
黒髪に褐色の肌。そして、決して王とは思えないくらい簡素な青のローブ。
「あまりに地味すぎる」と宰相はいつも言うが、これくらいは何てこと無い。
緋は王の象徴でもあり、王にのみ許された色。しかし、俺は着ている服にはいつでも必ず青いローブをつけている。
特に理由は、…まあ些細でつまらない事なので言うほどのものでもない。
とくにあの魔王たちに話そうものなら、それこそ大爆笑された挙句、おれの国でさんざん言いふらすに違いない。
カタカタ…
ぼんやりと俺が眺めていた窓枠とガラスが細かく震える。
「おや、どうやらいらしたみたいですね」
「ばっ、ばかやろ宰相!はやくお前の結界を解け、あいつまた無理やりこじ開ける気だっ!」
宰相兼、国一番の結界士の青年は城全体に侵入者を察知・阻止する結界を張り巡らせいる。
窓から伝わる振動は、おそらく彼の結界に何かが触れた衝動の片鱗である。
結界をはずせと言う、俺の要望に宰相はのんびりと返事を返した。
「もう遅いみたいですよ」
「!!!」
その言葉を合図に振動は轟く。
パリン、パリンパリンパリンパリン…
窓のガラスは見事に砕け散りワイン地のカーテンは彼方に舞い飛ぶ。そして…
「あーっ!俺が2日かけて作った今年の決算表がーーーっ!!!」
カーテンとともに飛んでゆく書類たちははるか彼方に飛んでいった。
俺が必死になって手を伸ばすと――
「まったく、『若いの』。王たるもんが、そんな声を出してよいと思うとるのかえ」
「あんたってやつは…、人の家を壊しといて言うのはそれだけかっ!」
俺は涙目になった赤い両目で、同じく赤く染まった瞳の『少年』をにらみつけた。
目の前で横倒しになった机に足を組み、腰掛けた少年は、つまらなさそうに片眉を上げると
「ふぬ、おんしの未熟さも極れりよの。これしきの結界破りひとつ、まともに防げぬのか。だいいち結界に侵入した時点で何も対処できずただ書類を追っかけまわすとはどういうことよ。前王がならばこれしきのことでは紙ひとつ、塵ひとつとて動きはしないだろうにの」
「不法侵入者が自分を正当化して説教するなーーっ!」
俺としては不当な強襲につばを飛ばして怒鳴ろうとしたのだが
「……っ!?」
飴玉を塊のまま飲み込んだようにのどが詰まり声が出せない。
「『若いの』、年長者が話しているときに口をはさむものではないぞ」
少年が右手の指で俺ののどを軽く突いただけで俺は声ひとつとして喉から出なかった。
あまりのことに俺は顔を引きつらせる
少年はそんな俺を面白そうに、じつに面白そうに見ると
「さて、礼儀のひとつもわきまえん若いのに、今宵もこのカタン、とくと教育してやらねばの」
「……!!」
めいいっぱい首をふる俺に、東の魔王カタンは聞く耳…いや、見る目をもたず永遠ともつづく説教もどきの教育を聞かせるのだった。
2.
魔界には、3つの大陸、9つの国が存在する。
9つの国に、9つの魔王。といっても一つは大昔に滅んだきりなので正確には8つの魔王を配している。
俺もその魔王の一人なのだが、じつは成り立てほやほやの新人魔王であったりする。
そも、魔王というのは世襲制ではない。
王が見出すものなのである。
現王の寿命が100年を切るころ、次代の王が国のどこかで生まれるのである。
そう、王は不死者ではあるが不老ではない。
いつかは老い、いつかは死ぬ。
そして、二年前。
俺の国の王は死んだ――
3.
『私の寿命はもうじき尽きる』
『親父どの!』
半月も寝たきりの親父どのを目の前に俺は青ざめたまま彼にすがりついた。
長身の体躯は柔らかなベッドに横たわり、赤い瞳がこちらを見つめていた。
彼は身を動かすのも辛いはずの腕を俺にのばし頭を撫で付ける。
『いや、もうとうに尽きているのだよ私の寿命は。散々粘ってみたがね、そろそろ限界らしい』
『そんなこと…』
『分かるのさ、お前を拾ったときからすでに分かっていたことだよ。気に病むことはない、悲しい顔を見せるな養い子よ』
『だって…、俺が、俺が生まれなきゃ、親父どのはもっと生きれたはずなのに。俺が生まれなきゃ……っいて』
すがり付いて彼の服を、涙で濡らしまくった俺を突然はたく親父どの。
『痛いし…、おまけに元気じゃないか親父どの』
『馬鹿をゆうな、これが元気なときなら今ごろお前はひとたまりも無いだろうよ。まったく馬鹿なことを言う』
そう言って彼は振り上げた腕を下ろす。
『お前と過ごした120年余り。はじめ泥だらけで捨てられていたお前を見たときは本当に途方にくれたがな、次代の魔王が捨てられているなど、私は目を疑ったよ』
『だれも魔王だなんて思わないからな』
俺は、はたかれた頭をさすりながら、碧眼で親父どのを見つめる。
『俺は親父どのによく殴られた』
今もだな、と俺が付け加えると親父どのは声を鳴らして笑った。
『なにせ子育てなんて初めてだったからな、加減もなんも分からん。武王と呼ばれるこの私が、いつもお前の一挙一動におろおろしておったよ』
『そんな風には見えなかった。…そんな風に言うなよ親父どの、まるで最後みたいじゃないか』
またも流れ落ちる涙を必死に隠すため、俺はうつむいて彼の言葉をさえぎるが、彼は何も応えず話し続けた。
『それでも、私にはこの120年は代え難い日々だった。魔王は孤独だ、けして逃れることのできない檻獄だ、だからこそ魔王は不老ではないのだと、つくづくそう思う。しかし、私はお前が私の下に来てから孤独ではなくなった、大変だったが、楽しかった、笑うことも悲しいことも、すべてお前に教わった。わたしは…幸せだったよ』
徐々に声がささやくように弱くなり俺は涙を拭うこともせずただ親父どのを呼び続けた。
『いかないでくれ、親父どの!!』
『そうわがままばかり言うでない、馬鹿息子』
『なっ!?』
叫ぶ俺をさえぎって、声は俺の背後から現れた。
『カタン。おお、それに他の魔王たちも…みんな私に会いにきてくれたのか』
親父どのは突然現れた7人の魔王たちに驚くことも無く微笑みかけると、魔王たちはそれぞれに親父どのに声をかけた。
どれもが彼に優しく、どれだけ親父どのが皆に慕われていたのかが分かる言葉だった。
親父どのもそれに一つ一つ心をこめて応えていく。
俺は、ただそれを聞いていた。
そして、
『同盟者たる魔王たちよ、私は罪を犯した…』
そして彼は命の尽きる最後のとき、他の魔王たちに告げた。
俺はただそれを見ていた。
一時も彼の姿を、様を、声を逃さないように。
『養い子、私は幸せだったよ』
彼の今生の言葉は俺に向けた、親愛の言葉だった。
すでに声も出ない俺は彼を見つめてままうなずき、そしてその瞳が朱色から琥珀色に変わる最後のそのときまで俺は瞳をそらさず彼の最後を看取った。
彼の命の炎を受け継ぐように
俺の海色の瞳は、緋に染まった―――
その瞬間、俺はこの国の魔王になったのだ
『うわああああああああっっ!!』
好きだった親父どの、何よりもあこがれて、誰よりも尊敬していた。
ただあなたが魔王たちに言った最後の遺言…
『他の魔王たちよ、この愛しい養い子をたのむ。りっぱな魔王にしてやってくれ』
それだけは余計だったよ、親父どの。
4.
「つまり、魔王と言うのは絶対なのよ。魔人も魔物も、国に生きるものは魔王無くては生きては行けぬ、魔王は民にとっての生きる糧よ、魔王のおんしには理解できぬかも知れぬがの」
そう言って、カタンは俺の声を封じ、挙句に体まで封じ、とくとくと語っている。
「政ならば優れているものもいよう、民を纏め上げる才もおんしより心得としたものは山ほどいるしの。ほれそこの宰相とてそうじゃ、まれにみる優れた才の持ち主じゃ」
そういうカタンに宰相は苦笑しながら礼をする。
「…しかし王にはなれぬ。残念だがな、だからおんしはその才あるものを使い、そして自らの力にせねばならん。そこは分かるだろう、ん?なんぞ、返事をせんか若いの」
嫌味か、単にボケてるのか、声を奪った張本人は文句を言った。
「おおそうか、そういえば声をうばっとったの。ほれそろそろ返してやるぞ」
…後者だったか。
ぱちりとカタンが指を鳴らすと、俺の声は3時間ぶりにもどった。
「おい、カタン。声を戻したなら、体のほうも動けるようにしろよ」
声のほうは滑らかに喋れるようになったが、体の束縛はいまだ解けず、俺は指一本動かせない。
そんな俺をいやみったらしくカタンは言ってくる
「ふん、若いの。おんしも魔王のはしくれのはしくれのはしくれの…」
「いや、もういいから。その辺にしといてくれ」
「まあつまりよ、いくらひよっこ魔王といえどそのくらいの魔術。いいかげん解けるようになってはどうなのだ」
やれやれ、と方をすくめてカタンは栗色の髪を揺らす。
「無理なもんは無理に決まってるだろう」
もう二年もこいつに言ってきたことを俺は再び繰り返した。
「俺には魔術っていうものの才能が待ったくねぇんだから」
「魔術に関して、魔王と言うだけでおんしには才はあるのだ。問題なのはおんしの未熟さだけよ」
「あーあー、どうせ俺は未熟もんだよ、だからこれ解けよ。これから決算書の作成しなおさきゃならねえんだから」
「ったく。おんしは悔しいと思う気持ちも無いのか」
投げやりな俺の言葉にあきれながらカタンは、ぱちんと指を鳴らす。とたんに俺の体は自由になった。
「ふぅ、やっとこれで自由か」
首を鳴らしながら俺は疲れを落とすようにため息をつく。
夜はもう明け方にと転じかけていた。薄い光明が壊れた城のあちらこちらのヒビからもれている。
城の修復はしなければならないし、さらに吹き飛んだ国の書類も作成しなおし。
これからの出来事に、再び俺はため息をついた。
「おい、カタンあんたもうそろそろ帰ったらどうだ。あんただって暇じゃないんだろう」
いいかげん、こいつをどうにかしたい俺がそういうと、カタンはにやりと笑った。
「そういうわけには、いかんよ」
「あ?」
眉をひそめた俺に、カタンは再びぱちりと指をならす。
すると…
「はーい!おじゃましまーす。元気だった?養い子君!」
「よぅ、くそ餓鬼。来てやったんだ、酒出せ酒」
「あらら、みんな突然だから坊やが驚いてるわよ」
「………じゃまする」
「うふふ、ダーリンと二人で遊びに来たよ」
「おう、遊びに来たぜーっ!」
瞬間で現れたその影。
「お、おまえらなんでいるんだーーっ!?」
絶叫する俺の目の前には、悪夢のような魔王たち。
俺とカタンを除く6つ国を治める王たちである。
口をぱくぱくさせてる俺の横で宰相がせかせかと何かを用意し始めた。
「おい…、なにしてるんだ、宰相」
「なにって、宴会の用意です」
「あ?なに言って…」
宰相は瓦礫の山に倒れていた机を起こすと、そこにテーブルクロスを引く。
「おお、かたじけないな宰相。さて、皆のものよくそろってくれた」
「一応言っておくが、カタン。俺の城だぞ、俺の国だし、なんであんたがそれを言うんだ」
背丈が俺の半分ほど、年齢5倍以上のカタンに俺は頬を引くつかせて言うが、そんなものはどこ吹く風。
「この未熟もんはまだそんなことを言うのか。国は民のものだし、王は民の道具だ、おんしのものなどどこにも無いわ」
「………」
「まぁ、それも今は関係ない。わしらは今日、王のためにやってきたんだからな」
声のでない俺の横でカタンはクルリと指をまわしワイングラスを召還する。
ああ…。
そこで、ようやく俺は気がついた。
宰相は、そんな俺に気付いたのか、苦笑しながら酒を持ってきていた。
「今日は親父どのの、2回忌だったか」
2年。
毎日が忙しすぎて、すっかり忘れていた。
俺は思わず自分の後頭部をさする。
一年前、墓でうずくまりながら一人で親父どのの墓と泣いていた俺に、魔王の一人がいきなり俺を殴りつけたのだ。
『暗い』ときっぱり言って。
命日ぐらい浸らせやがれ、というものである。
そんな俺の胸倉掴んでひきずり出すと、魔王どもは俺を交えて丸一日かけての大宴会をおっぱじめたのだった。
『さぁ、今宵も飲もう、あやつの供養ぞ』
嘘付け、ただ飲みたいだけだろう。
そういう俺をただひたすら無視して、こいつらは飲みあかしたのだった。
俺もいつのまにか飲んでいた、長い生の長い悲しみも今宵だけは忘れるために。
「で、今年は朝から飲む気か、あんたら?」
いまだ日も空けたばかりの廃墟と化した王城で、さっそく宴会をはじめる魔王たち。
俺は肩をすくめると、俺自身も酒ビンに手を出した。まぁ、今日くらいは魔王たちの横暴も仕事の休みもかまわないか。
そう思うことにして、グラスに酒を注ぐと
「なにをしとる、おんし」
カタンが不信そうに言う。
「おんしのような未熟もんに飲ませる酒なぞないぞ。わしたちはわしたちで、きっちりあやつの供養をしとるから、さっさとおんしはおんしの仕事をはじめんか」
「それは、俺の城の酒だ――ッ」
またしても絶叫する俺の横で、すでに何か悟りきった宰相は音も無く首をふる。
「おーそうだ、これが終わったら今度は俺様がみっちりお前を鍛えてやるからな、覚悟しとけよ」
首だけひょっこり出して、西の魔王がそう言った。
「何の覚悟だっ!お前みたいな筋肉マッチョに毎度毎度ぼろぼろにされる覚悟なんて最初からきっちり断る!」
「えー、じゃああたしのラブリー講座は??」
「擬人熊の縫製なんざ拷問以外何もんでもねぇ!!」
叫び返す俺に、魔王どもはげらげら笑いながら応えるだけ。俺のことも酒のつまみらしい
「くそう、いまにみてやがれ、いつかあんたらなんかに負けねぇ魔王になってやるからな」
遠吠えみたくどなる俺に、魔王立ちは互いをしばし見詰め合って、そして笑った。
「ああ、それが前魔王の願いだ、超えたくばいつでも超えるがよい」
そして、新参魔王に歴とした魔王たちは、杯をかたむける。
「この未熟な王が、わしらを超えるというのなら、わしらもこれまで以上におんしを鍛えてみせようぞ」
その言葉を聞いた瞬間―――
もちろん、墓穴を掘ったと後悔したのは言うまでも無い。
七人の横暴極まりない、魔王たちとの戦いはまだまだこれからである。
了