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俺とカオルさんの日々

「太郎、わざわざ来てくれてありがとう」

「何言ってんだよ水くせえな。……それにしてもお前、ちょっと見ない間にスゲー体になってんなーおい! 海の男みたいな色合いになってるし。いつもぶかぶかの服着てるから、GWに会った時に何か少し痩せたなとは思ってたけどさ。勉強と慣れない都会生活のストレスかと思ってたぜ」


 パーフェクトボディージャパンの関東大会の会場。

 ド派手なサイケ柄のTシャツで現れた坊主頭の親友は、サーフパンツ姿の俺に目を丸くしていた。

 太郎の親父さんといい太郎といい、僧職にあるのに原色系の派手な服装が大好きである。仕事柄常に地味で目立たない色合いの格好だから、オフになると弾けてしまうのだろうか。

 太郎を呼んだのは、予選の様子を撮影してもらうためだ。

 アパートから出られないカオルさんに、せめて会場で自分が頑張っている様子を見せたかったのもあるし、この半年の成果を親友にも見てもらいたかった。

 一七四センチで七八キロ。

 十キロ以上脂肪を落とし、加えて見違えるぐらいの筋肉質な体に仕上がった。

 ここ半年間で人生で一番自分の体を鏡で見ていたと思う。カオルさんがナルシストになる人も多いって言うのは分かる気がした。

 いやだって自分の頑張りが結果としてダイレクトに見えるんだよ? 嬉しいじゃん。

 勉強だってそりゃ結果は出るけど、内面的なもので外に見える成果ではないし。

 俺は顔も平凡だから、鏡を見て惚れ惚れするなんて経験は初めてだったし、無縁だと思っていた日サロ体験も初だった。生っちろい体より褐色の肌の方が筋肉が健康的でより美しく見えるなんて、自分で実際にやって見ないと分からないものである。

 誰かに見られて恥ずかしくない体型になるのも初めてだったし、むしろ見せびらかしたい。

 何よりも自分だってやれば出来るんだと思えたのはすごく貴重な経験になった。

『まあ何事もやりすぎは良くないのは私の件で分かると思いますけど、でも自己肯定感が上がるのは決して悪いことじゃないでしょう?』

 ニコニコとカオルさんが俺の体を褒めてくれたが、成功体験は本当に大事だと思った。

「ばっちり耕助のポージング撮ってやるから任せとけ! あ、こういうのって掛け声とか必要なんだよな? 俺始まるまでにちょっとネットで調べとくからよ。んじゃまた後でな」

 そう言って俺の肩を叩くと、太郎は選手控室から出て行った。

 周りの人たちを見ると、いかにも長い間筋トレやってますといった感じの人が多かった。

 多分筋トレ歴も年齢的にも俺が一番若いだろう。

 ただ以前から感じていた、ケンカ強いアピールをするかモテたいだけの脳筋というマッチョに対する俺の偏見は、多くの誤解と嫉妬でしかなかったと今では分かっており、前なら感じていた威圧感も全く感じなかった。

 自分の体を作り変えるというのは生半可な努力ではなし得ないのだ。

 食事だってトレーニングだって摂取する栄養分や運動する部位、様々な計算や緻密な計画に基づいている。マッチョは自分の求めている理想形に少しでも近づけたいという純粋な願いの結果なのである。

 仕事で結果を出して昇進したい、研究者になって病気の特効薬を生み出したい、絵が上手くなりたい、スポーツでオリンピックに出たい。全ての願望にはそれに伴う努力が必要で、みんながその理想に向かって努力する。

 マッチョだって同じなのである。結果モテてもそれは副産物であって主目的じゃない。

 逆にモテたいがためだけに、こんなしんどくて地道なトレーニングや食事に気を遣える人は少ないだろう。もしいたら、それだけでもすごいと感じてしまう。

 ダイエットを頑張っている人も、美容やメイクにこだわる人も、己の理想を追い求めて必死に努力しているんだなあ、とだいぶ物事に対する見方が変わったのもカオルさんと出会ったお陰だった。

(努力の年月では勝てなくても、俺は俺で頑張って来たし、こんなイベントに参加出来たことをまずは楽しもう)

 素直にそう思えた。



「十五番、仕上がってるよ!」

「十番、ナイスバルク!」

「七番、いい血管出てるよ!」

 会場で様々な選手への掛け声が響く中、六番の俺もポージングでアピールをした。

 太郎もとても付け焼刃とは思えない掛け声で俺にエールを送って来る。

「六番、腹筋がちぎりパンだよ!」

「六番、胸板分厚すぎ! 京極冬彦先生の新刊かよ!」

「六番、前世は手榴弾か!」

「六番、筋肉増税中!」

 アイツ笑わせに来てるだろうと思ったが、緩みそうになる口元を引き締めて一番筋肉が良く見えるであろうポーズで応える。

 スポットライトに照らされるなんて経験は人生でそうはない。昔なら影になる端っこに引っ込んでいた俺はもういない。既にカオルさんのためではなく、ただ自分のためにやっていた気がした。



『──え? 本選に進めた?』

「はい。なぜか三番目に引っかかりました」

 太郎に食事をご馳走し、スマホで撮影した動画をチェックし、アパートに遊びに行きたいという太郎を本当に汚くしてるからと断り、多めの交通費を渡し、またの協力を取り付け帰した俺は、真っ直ぐアパートに戻るとソワソワして待っていたカオルさんに報告をした。

『すごいじゃないですか! うわー、やりましたねコウスケさん!』

「太郎のお陰ですよ」

 俺は良く知らなかったのだが、審査員には選手に掛かる掛け声も加点要素にすることがあるようだ。

 太郎の語彙力溢れる掛け声が周囲の客も笑顔にし、会場の雰囲気が和やかになったのは間違いない。審査員の人も思わず笑って顔を背けていた人もいた。

 撮影した動画を見せながら俺は太郎の掛け声を教える。

『センスありますねご友人は。オーディエンスを味方につけるのはとってもいいことだと私は思います。でも、もちろんコウスケさんがそれに見合う体でなければ意味がないので、やっぱりコウスケさんの力も大きいと思いますよ』

「あはは、ありがとうございます」

『本選でもいいとこ行けるといいですね! 私も陰ながら応援しますよ』

 彼はワキワキと腕を動かし、本当に嬉しそうな様子だった。

 実感はまだないが、本選への切符を手に入れた俺は、二カ月後の本選に向かってまた鍛えなくてはならないことだけは分かる。

「カオルさん、本選に向けてビシビシ鍛えて下さい。どうせなら全力でぶつからないと!」

『任せて下さい! 二人三脚で頑張りましょうね!』


 そこからさらに今まで以上に筋肉を傷めないよう、そして最大の効果が出るようにトレーニングを重ねたし、太郎も本選で前回にも増して素晴らしい掛け声で声援を送ってくれたが、本選は甘いものではなかった。全国の猛者が集う本選では二十一人中十八位。まあ当然の結果ではあるが、悔しかったのは事実だ。


『でも、本選に出るだけでも素晴らしいことなんですよ。決勝ラウンドなんですから!』

「うん、そうなんですけどね……」

『結果は残念でしたけど、私はとても嬉しいです。こんな鬱陶しい幽霊の頼みを聞いてくれて、一生懸命努力してくれて、素晴らしい筋肉をつけたマッチョに進化して下さったコウスケさんには、本当に本当に感謝しかありません』

 深く頭を下げる彼に俺は慌てる。

「あのもしかして、成仏しちゃうんですか?」

 いや確かに成仏するために一念発起したのは事実だけど、いきなりだろう。

『え? でも心残りがなくなったら成仏するんじゃないですか?』

「絶対かは分かりませんよ。坊さんからの聞きかじり知識なので」

『コウスケさんに長々と迷惑も掛けましたし、この辺りで成仏するのもまたよしではないかと』

「……寂しいですね」

 思わず出た俺の本音に彼は笑った。

『そう言って下さるだけでここにいた甲斐があるってものです。いつか、生まれ変わったら実体で会えるといいですね』

 ほら、お疲れなんですから早めに寝た方がいいですよ、と布団に入るよう勧められた。

 別れる前にもっと話をしたいのに、大会の緊張がほどけたのか一気に疲労と睡魔が訪れた。

『カオルさん、お元気で……』

 それだけ言うと、気づけば俺は夢も見ない眠りの世界へ引きずり込まれていた。




「いや、普通は生まれ変わったらまたお会いしましょうって言われて、ふと朝目覚めたらいないって切なく思う流れじゃないですか! 何でまだいるんですか!」

『……本当にすみません。私もてっきり成仏するとばかり』

 翌日、爽やかに目覚めた俺の目の前には相変わらずカオルさんはいて、俺は呆れと照れ臭さで声を荒げてしまった。

『でも何かですね、心残りというか、新たに目標が定まったと言うか、私の後押しでコウスケさんをトップにしたい、なんて思いがふつふつとですね』

「ふつふつしなくていいんですよ! これからも筋トレはやりますから、ね? もう新たな気持ちで違う人生に突き進む時じゃないですか」

『でもこう、ここまで来たら上を見たいじゃないですか? そう思いません?』


 いなくなれば寂しい、いればいたで問題がある。

 俺とカオルさんの日々はまだ続くようである。





最後までお読みいただきありがとうございました( ̄▽ ̄)

楽しんで頂ければ何よりです。


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