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俺とカオルさんの日々  作者: 来栖もよもよ


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2/5

腹が減っては戦が出来ぬ

 ──まったく、引っ越し早々なんてもの拝ませやがる。

 思考停止から立ち直った俺が、まず真っ先に感じたのは恐怖ではなく怒りの感情だった。

「……せめて内見の時に出て来いよ……」

 まだ部屋を決める前に出てくれたら、俺にだって選択の余地があっただろうが。

 引っ越した今になって来られても。

 俺の呟きに、赤いビキニのマッチョはこちらを見てビクッと怯えたような仕草を見せる。

 第一ここで亡くなったのは女性と聞いている。

「カオルさんは、若くてスタイル抜群で顔立ちの整った、そりゃもう本当に真面目で素敵な人だったのよう、本当にお気の毒よねえ」

 と大家さんは言っていた。なのに何で男が出て来るんだよ。

 もしかして後追い自殺でもした恋人の男性が、亡き彼女を探して彷徨っているのだろうか。

 そうだとしたら気の毒だが、速やかに自分が住んでた所に戻って幽霊業を営んで欲しい。

 しかも幽霊のクセにやたらムッキムキのマッチョである。

 肌も日焼けしてて、やたらと健康そうに見えるのも何だか腹立たしい。

 個人的にはそっちのケはないから、男の半裸なんて別に見たくもないし、冷え込みもまだキツイ春先に、ケツ丸出しの真っ赤なビキニパンツ姿でうろつかれても寒々しい。

 もう改めて引っ越しするお金なんてないのだ。

 どうせなら前の住人……美人でスタイル抜群の女性の幽霊が出てくれた方が良かった。

 同じ怖い思いをするのでも、変態マッチョの幽霊より美人の幽霊の方が幾分マシじゃないか。

 いや、多分そっちの方がスタンダード過ぎて怖いかも知れない。悩ましいところだ。


『……何かその、すみません……』

 俺が泣きたいような気持ちで心の中に恨み言を吐いていると、目の前の変態マッチョが謝って来た。

 目を合わせたくないから腰のパンツから下の方を見るようにしていたせいで、余計に継続的な精神ダメージを負っていた俺は反射的に顔を上げた。

「え……幽霊なのに話せるの?」

『え? 私幽霊なんですか?』

 ビックリしたような顔をした変態マッチョの顔を初めてしっかりと見た。

 恐らく三十歳前後だろうか。

 最初の圧倒的マッチョ感が強すぎて気づかなかったが、よく見ればチャラついた感じもなく、変態っぽさ皆無のとても真面目そうに見える人だった。赤のビキニパンツだけど。

 顔立ちも派手ではないが結構整っているし、声もアニメで言うところの低く落ち着いた感じのイケボ(イケメンボイス)である。

『トレーニングしていて急に胸が苦しくなったところまでは覚えてるんですけど……そうか……死んでたんですね私。気がつけばここにいまして……あ、新しい入居者さんですか? この度は本当にご迷惑お掛け致しまして』

 マッチョに深々と頭を下げられ、俺も何だか肩透かしを食らったような気持ちになる。

「いや、まあマッ──お兄さんも分からないままここにいたと言うことであれば、俺が責めても仕方がない事なんですけども……ここで亡くなった方の恋人さんか何かだったんですか?」

 腰の低いマッチョの幽霊に調子が狂いつつも、俺は何とか話を聞くことにした。

『え? あの、私はここに住んでいた者です。三上薫と申します。数字の三に上下の上、草かんむりに重たいにてんてん四つの』

「ミカミ、カオル……え? カオルさん?」

『はい。あ、お兄さんのお名前は?』

「俺ですか? ええと、佐々木耕助と言います。普通の佐々木に探偵小説の金田一さんの耕助で」

『ササキコウスケさん、ですね。よろしくお願いします』


 ……思い返してみると、大家さんは嘘はついていなかった。

・若くてスタイル抜群(マッチョ的なアレでは正しいし、大家さんから見たらものすごく若い)

・顔立ちの整った(これも正しい)

・真面目な人(確かに真面目そうではある)

 俺がカオルさんと聞いたから、勝手に綺麗な若い女性像を脳内で作り上げていただけで、元々この人が住んでいたのか。いやだってさあ、カオルって言われたら普通は女性のイメージじゃん。

 速やかに自宅に戻れと思っていたが、ここが自宅だったのなら戻っているのだから文句は言えない。

 いや言いたいけども。心の底からどっか行けと思うけども。

 ……ただ、ものすごーく申し訳なさそうな顔で頭を下げている姿を見ると、塩を撒いて退散してもらうほどの悪霊にも見えないし、そんなことをしたらこっちが悪人みたいじゃないか。

 そんなことを考えつつも、それじゃ一体どうしたらと頭を抱えたくなっていたら、俺の腹がきゅうううう、とかなり情けない感じで鳴った。

 そうだった。今日は午前中の作業前に親父とおにぎり食べただけだった。

 腹が減っていると、まともに頭が働かないもんだよ。

 赤パンの半裸マッチョは置いといて、とりあえず飯だ飯。

「ええと……すみません三上さん。申し訳ないんですが俺すごく腹が減ってまして、ちょっと弁当でも買って来たいんですけどいいですかね?」

『もちろんどうぞ。……あ、ちなみに駅前のコンビニの並びにあるお弁当屋さんは、味はそこそこですが、安くてボリュームがあるので学生さんたちに人気があります。ついでにはす向かいのスーパーは、夕方のタイムセールで肉がとてもお得に買えます。ご参考までに』

「そ、そうですか。どうもありがとうございます」

 地元情報をくれるマッチョにお礼を言いながらアパートを出る。

 鍵を閉めて駅の方へ向かいながら、俺は少しため息を吐いた。


(何で念願の都内一人暮らしだと思ったら、話も出来る半裸のマッチョの幽霊がついてんだよ。全然一人暮らしじゃねえじゃん。半裸マッチョと小デブの二人暮らしじゃん。彼女が出来ても絶対部屋になんか呼べねえし。いや透明感のあるマッチョが常駐なんて男友だちだって呼べねえわ。……まあ彼女は出来るか分かんないけど。終わったわ俺の都会生活)


 愚痴を脳内で垂れ流しながら歩いていると、あれ、と思いついた。

 ──待て待て。マッチョに普通に成仏してもらえばいいんじゃないか?

 彼もしっかり輪廻の輪に入った方が良いだろうし、こちらも助かる。

 そして俺は晴れて安くて快適な都会の一人暮らしだ。

 俺はスマホを取り出すと、小学校から付き合いが続いている唯一の友だちに電話を掛けた。

「あ、悪いな太郎、今ちょっといいか?」

 しばらく太郎から色々と情報を仕入れてお礼を言い電話を切ると、俺は笑みを浮かべた。


 よし。輝かしい未来に向かって、突き進むぜえ。


 そう決意を固めると、俺はマッチョお勧めの弁当屋へ向かって歩き出すのだった。





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