生まれ変わった先で
「ねぇ起きて。綺麗な月だよ。雲がちょうど切れたんだ、 起きて」
心地よい疲労感に微睡んでいたレイが目を開けると、男が優しく微笑んでいた。
長い金髪に知性を湛えた青い目。男のすらりとした美しい肢体は何も纏っておらず、窓から差し込む月明かりに照らされて仄かに光っていた。
「本当だ。綺麗。満月か」
もっとよく見ようと窓に近づくが、寝台から降りたところでよろめき膝をついてしまった。
…立ち上がれない。みっともなさに顔を赤らめる。
クスクスと後ろで愉しげに笑う声がして、ふわりと毛布をかけられた。男は器用にレイを包むと、抵抗の声に耳を貸さず、彼女の体を抱き上げた。
「満月ですよ…ほら、連れて行ってあげますからよく御覧なさい。貴方とは何度もこの月を見てきましたが、不思議と飽きる事がありません。また次も一緒に見ましょうね」
ちゅ、と額にキスされる。レイは笑いながら「じゃあ早く戻って来ようかな」と言った。
レイを抱いたまま、男は窓枠に腰かけた。眉がハの字になっている。
「またその"前世"の夫を探すの?高等学校も卒業したんだし真面目に働くべきです」
「冒険者として真面目に働いているじゃない。社会のためになってる。でしょ、神官様?」
ニヤリと笑いながら見上げると、男は苦しそうに目を細めて見つめ返してきた。
「その顔、とっても怖いですよ。裏社会の人間みたいな凶悪なお顔です」
酷いなとパンチしようと思ったが、毛布にくるまれていて手が動かせない事を思い出す。勝ち誇ったように忍び笑いをもらす神官に怒ったレイは頭突きをした。
「グッ…。か、過去に囚われない貴方が唯一気にかけている事ですから、貴方にとって並々ならぬ想いがあるのでしょう。ですが…その人は転生していないかもしれないし、運良くこの時代に転生したとしても人じゃないかもしれない。万が一人だったとしてもその人は幸せに暮らしているかもしれませんよ?」
「自分でも突拍子のない事だというのはわかっている。でも探したい気持ちが抑えられない…。でもヴェルディの言う通りこの世に存在していないかもしれない。そうしたら、もう探したとしてもどうしようもない…」
ずっと考えてきた事だ。彼…ヴェルディからも再三この事を指摘されてきた。レイは小さな溜息をつくと、すかさず髪の間に手を入られた。
慰めるように、そっと頭にその大きな手を這わせられる。手の間から溢れるレイの金髪の感触にうっとりしているヴェルディの好きにさせながらレイは口を開いた。
「ただの自己満足なのだと思う。でも探さなかったらずっと心のどこかで後悔したまま生きていかなきゃいけなくなる。けじめのためにも、取り敢えず気が済むまで探してみたい」
「…貴方らしいね。貴方の心の中には既にその者が住みついている。それ程までに愛されるとは、嫉妬してしまいます」
「嫉妬しているのか?」
「ちょっと、ね。…勿論私は神官ですから結婚なんて禁忌ですので今のは冗談なんですけれど」
怒ったようにまくし立てるヴェルディに、レイは首を傾げた。
「不満そうだな。妻帯したいのなら還俗とかできないの?」
「神官は死ぬまでやめることができません。偶に駆け落ちした男達がいますが、執拗な追跡の上女共々惨殺されています。…生憎私は神官が天職だと思っておりますのでいいですけど。そりゃあ男ですからたまにこうして愛しい人と触れ合いたいと思いますが」
「結婚はダメだけど愛し合うのはいいの?」
「それくらいは神もお許しになるでしょう」
都合のいい神だなと思いつつ、レイは笑った。
「神のお言葉が記された聖典には、元々聖職者の未婚義務しか定められていません。”清らかな体を保つべし”なんて後の人間が勝手に作り出したルールなのです」
神官を信奉している一般市民からしたら十分衝撃的な言葉を美しい男はさらりと言った。
そうやってしばらく月を見ながら話しているとレイはうとうとしてきた。ベッドにそっと降ろされ、背後から抱きしめるように男が横たわる。
遠い闇の中で、かすかに囁き声が聞こえた気がした。
「でもね、貴方となら全てを捨てて逃げてもいいと思っていたのです」