そして私は死んだ
あなたの魂が安らかに眠りますように。
あなたが先に逝った愛しい人達と再び相見えますように。
そして次の生を受けた時はどうか、幸せな人生を。
今度こそ。
王の呼吸音が聞こえなくなった時、伴侶は壊れたからくり人形のように何度も呟いていた。唯一人形と違うのは、濡れて光る幾筋も涙の跡だった。
☆☆☆☆☆
涙を流す正室の頬を撫でる。だが奴は気付かない。自分の手を見ると、見事に透けていた。やはり私は死んだのだ。
振り返ると、寝台に横たわる自分の体が目に入った。まあ大往生だろう。400年くらいしっかりと生きたし、国を治めていたけれど悪政という声はそこまででなかった。
皇太子も育ってきたし、そろそろ潮時だと思っていた頃だ。
心残りと言えば、こいつを残してしまったことか。正室は泣きすぎて消耗しているようだった。
今にも死にそうに見える。病床の私をよく看病してくれた。従者に任せれば良いものを…。
これは自分の特権だとばかりにふんぞり返って甲斐甲斐しく世話を焼いていた正室は私が死んだ今も寝台から離れようとしなかった。
だが正直なところ正室がこれほど心を砕いてくれたのは意外だった。
政略結婚で、結婚前は好きな相手がいたと聞いていたし、その後は打ち解けてくれたもののそれなりの猫は被っているのだろうと思っていたのだ。
飽きるほど長い間連れ添ったのに、こいつはいつも私を見ると蕩けた顔になり、話をしているだけで楽しそうな素振りを見せる。
仕事が忙しくて奴のところにいけないと、こっそりと拗ねまくっていて「お前は何歳だ」と呆れていたものだ。
人はこんなにも長く他人を深く愛せないから、猫を被っているとしか考えられなかった。王の寵愛が深い正室という地位を守るために。
それをうっかり漏らしてしまったところ、死ぬほど怒られた。
脅迫のように攻められて、挙げ句の果てにお願いを聞かされぐったりした私の髪を撫でて奴は「嘘じゃないのですよ。愛しています」と何度も囁いたのだった。
そう言ってくれると嬉しくて、でもこんな幸せなことは普通はあり得なくて。
信じていたのに実は違っていたなんて事になったら自分の身がもたない。
だから自分を守るために何度もつい疑ってしまうのだ。
それを知っていた奴は「可哀想な陛下。人を信じられないのはあなたの立場がそうさせたのでしょう。貴方が不安になるたびに私も付き合います。あなたが不安になるたびに私はあなたに愛を囁きます」と言うのであった。
憐れまれていたのは腑に落ちない。今もブツブツと「次こそは幸せな人生を」とか祈ってるが、何故この人生が不幸などというのだろう。
私は幸せだったのに。
深い絶望の淵に立たされた時も、この世から消えてしまいたいと思った時も、いつも傍にお前がいたから。
…もし次の生を受けたならまたお前を探そう。お前が与えてくれた分だけ私はお前を幸せにできたか分からないから、今までの感謝を込めて、来世のお前を目一杯幸せにしよう。
こんな性格のひん曲がった餓鬼のような私といると多分苦労するから、癒しとなる明るくて優しい伴侶を得て、自らの生きたいように生きて欲しい。
例え奴が覚えていなくても、私は影で支えてやるのだ。
愛しているから、そう決めた。