表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/240

ヴァラク④


移送馬車に乗っている彼らは、魔狼出没の報告が多いとされるヴァラク北西の赤砂荒野へ向かっている。

彼ら以外にも、いくつかの小隊が向かっているはずだ。

現地に着いたが何もなかったため、虚しく無駄足に終わった…そういう事も珍しくはないがしかし、彼らの場合はそんな心配は必要ないようだ。


なぜなら、点在する岩陰に隠れるように、獣らしき影がちらちら見えているからだ。


おそらくは偵察であろう。

狼は、それが魔に染まったものであっても、社会的な性質が抜けているわけではない。


それぞれの個体にはそれぞれの役割が割り振られている。

そして彼らは自分たちの役割に忠実だ。

そのため、はぐれということは考えにくい。


つまりは…



馬車からヨハンが外の一点を指差して言った。


「見えるか?ヨルシカ。あれは恐らく魔狼の偵察だろう。備えておけよ。相手は襲撃のタイミングを窺っているぞ」とヨハンは言った。


ヨルシカは目をこらして外を見た。


「なあヨハン、魔狼というのは森狼などとはどう違うんだ?いや、資料などは読み込んだが、イマイチ実感がわかなくてね」


ヨルシカの質問にヨハンは少し長くなると前置きして口を開いた。

その口元にはなにか本人でも自覚しない程度の喜色が滲んでいる。

彼は術師だし知識を披露するのが楽しいのだろうな、とヨルシカは思い、ヨハンの言葉に耳を澄ませた。


「取り込んだ魔力にもよるが、個体差が非常に大きい。森狼も個体差はあるだろうが、その比ではない。ヨルシカ、君は剣をつかっていいものとして、その剣技を持たない6歳になったばかりの子供と戦って殺せるか?君を侮辱しているわけではない。つまり、そういうことだよ。ピンの魔狼とキリの魔狼では、それほどの差があるということだ。強力な個体はとことん強力だ。有名な例では、200年前に存在が確認された月魔狼フェンリークだろうな。月神の加護を受けたとされるその個体は、眷属を引き連れ、7つの街と15の村を滅ぼしたとされている。まあそこまで強大な個体は滅多にいないだろうがね... とはいえ、油断はしないことだ」


魔狼とはそこまで厄介なのか…とヨルシカは慄然とする。

ただ、ヨハンの表情はどこか悪戯めいている。


きっと油断をしないように警告しているのだろう。

ヨルシカは「脅かさないでくれよ…」とボヤいたが、ヨハンとしては油断するよりは警戒してくれるのならば、それに越したことはない。


「注意すべき点はあるかい?」とヨルシカが真剣な表情でヨハンに尋ねた。


ヨハンは頷いた。


「連中が襲ってきた場合、容易く殺せると思ったならば深追いはするな。罠の確率が高い。逆に、今攻め込むのは難しいと思ったなら踏み込め。一頭で襲いかかってきた場合、それは誘いだ。誘引されるなよ。追っていった先には十中八九群れが待ち構えているぞ」とヨハンは言った。


しかし、一番大事なのは、とヨハンは続けた。


「ナメられないことだ。ビビるな。君に絡んでいた傭兵共と同じだ。弱味をみせればカサにかかってくるぞ。心理的優勢を取られると厄介だ。殺れるときは出来るだけ無残に殺せ。目玉を剣の切っ先で抉りだし、首を搔っ切って引き千切ってしまえ。君が恐ろしい存在だとやつらに知らしめるんだ。そうすることで連中の足は竦み、得意の機動力には翳りが出るだろう。食いついてくる牙には迷いが混じる。そうなればもはや魔狼ではない、ただの野良犬だ」



この青年はどこか物騒な雰囲気が漂っている、とヨルシカは思った。


さりげなく周囲を見渡せば、他の冒険者たちは、引いた様子はあるものの、口出しはしていない。

もし誤った情報があれば、それは小隊の命に関わることなので、すぐに口出しするだろうとヨルシカは考える。


ヨハンの言っていることは正しい。

魔獣の類を相手取る時は、概ね気勢で優越されないことが肝要である。


ヨルシカ自身、銀等級でも上位の冒険者であるため魔獣を相手にするのは初めてではない。

しかし魔狼は初めてであったのでやや気負うものがあったことは否めなかった。


「無残に殺せ」というヨハンの言葉に、ヨルシカ苦笑を浮かべながらも“やるだけやってみよう”と腹を括る。


そして、時を置かずにヨルシカは自身の肌に刺すような殺気を感じた。それは人間のものではなく、もっと荒々しいものだった。


ヨハンが言う通り、襲撃が近づいているようだ。周囲の冒険者たちも、刺々しい雰囲気を漂わせている。

隊全体の雰囲気が臨戦のそれにかわる。

それはまるで、毒性を持つ生物が危険を察知し体色を瞬時に変容させるような光景を想起させるものだった。


馬車が停止する。

冒険者でもある御者が交戦の場をそこに決めたということだ。岩や木も少なく、地の面も荒れていなかった。


皆が馬車から降りる中、ヨハンがヨルシカの横に立って言う。


「来るぞ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン中編。完結済み。"酔いどれ騎士" サイラスは亡国の騎士だ。大切なモノは全て失った。護るべき国は無く、守るべき家族も亡い。そんな彼はある時、やはり自身と同じ様に全てを失った少女と出会う。
継ぐ人

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草

ローファン、バトルホラー。鈴木よしおは霊能者である。怒りこそがよしおの除霊の根源である。そして彼が怒りを忘れる事は決してない。なぜなら彼の元妻は既に浮気相手の子供を出産しているからだ。しかも浮気相手は彼が信頼していた元上司であった。よしおは怒り続ける。「――憎い、憎い、憎い。愛していた元妻が、信頼していた元上司が。そしてなによりも愛と信頼を不変のものだと盲目に信じ込んで、それらを磨き上げる事を怠った自分自身が」
鈴木よしお地獄道



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
[良い点] ヨルシカちゃん、ヨハン君はいいこやよ。たまに直ぐ殺すけど、めぇつぶっといてや。ホラいいこだ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ